第30話 そうです私が地球人です
「何だね君は!ずいぶん知ったような口をきくじゃないか」
「フリズスキャルヴの映像だけで、地球人を知った気にでもなったと?」
いやいや。
地球人の実力を知らないのは、君たちの方じゃないかね。
今、イーノの頭の中では…とある破壊の合言葉で目潰しをくらう悪役大佐の声で。フリズスキャルヴの映像だけで地球人を知った気になっている評議員たちへの、余裕たっぷりな感想が読み上げられていた。もちろん、イーノ自身のだ。
「何だ君は、とおっしゃいましたね?」
意味ありげに、余裕の笑みを浮かべるユッフィー。
その得体の知れない態度に、評議員たちがざわついた。
さすがに、エンブラやリリアナも訝しげな顔をする。
「そうです、私が地球人です」
ユッフィーの声だが、いつもとは明らかに違う口調で。アバターボディの中から、イーノが大胆不敵に宣言した。
そして、アバターボディによる変身を解除する。ユッフィーの身体が光り、真っ白なシルエットがぐんぐん伸びて。背が高くなった代わりに胸やお尻は引っ込み、小柄な少女から成人男性の形に変化する。
「アバターボディ!?ということは、彼女の正体は…!」
驚愕のあまり、エンブラが言葉を失う。
今、氷都市でアバターボディの使用を許可されている地球人は二人。ロシアの英雄ミハイルと、夢渡りで勇者の落日に居合わせた情報提供者の「あの男」しかいない。まさか異種族、それも異性に化けていたなんて。
光が収まると、そこには地球での普段着姿の。くたびれたジーンズにカジュアルシャツ姿のイーノが、本来の姿で立っていた。夢渡りでは地球から私物を持ち込めないので、全て夢魔法によるイメージの具現化だ。アバターボディが視力を補正するので本来は不要だが、愛用の眼鏡まで再現している。
「市長様、神殿長様、評議員と市民のみなさま、初めまして。夢渡りで勇者の落日の現場に居合わせた地球人の、イーノこと伊能篤敬と申します」
「彼の正体には早々に気付いていましたが、ご本人の志を尊重し今日まで内密にして参りました」
リリアナ、エンブラ、そして評議員と市民たち。最後に、共に冒険した仲間たちにイーノが丁寧にお辞儀をしていく。
その横で、アウロラが一同に事情を説明する。今日この場に顔を出しているのは、イーノの夢召喚初日に彼に応対したアウロラのアバター、少女神フノス。彼女はエルルと共に、イーノの最初の理解者となり。その後も一貫して良き隣人だった。
「やりましたねぇ、フノス様ぁ♪」
「エルルさんのおかげです」
エルルとフノスが、やり遂げた者の満足げな笑みを浮かべて微笑み合う。
よりによって自分が仕える女神のアウロラと、娘も同然のエルルに隠し事をされていた神殿長エンブラは、難しい顔をしていたが。
「ユフィっち、おっさんだったんすか!?」
「な、なんじゃと…!?」
ゾーラが、とてもそうは思えないといった顔をすると。
オグマは、開いた口がふさがらない様子だった。会場内も騒然としている。
「よっ、変なおじさん!」
ミハイルだけは、ひとり大笑いしてイーノに向けてサムズアップしていた。
イーノがこの場面でかました、日本の有名なコメディアンの得意ネタを知ってるとは、どんだけ日本通なのか。
「さて。本当は今すぐにでも、この場でお詫びしたい方がいらっしゃるのですが」
オグマに手を合わせて、ごめんなさいしつつも。
イーノはこれまでの行動について、会議場に集まった一同へ簡単に話をする。
「みなさんには、ごく普通の常識かもしれませんが。地球人の間では、夢渡りに関する秘密の真相は未だ、科学で説明できない迷信とされています」
それ故に、自分は夢渡りで見た…あの大量の遭難者を出した「勇者の落日」の光景をよく出来た映画か舞台だと思い込んでしまい。楽しい夢として、手に汗握って夢中で見入ってしまった。
それだけに、後でアウロラから「あの夢は事実」と知らされたときの落胆と後悔は大きかった。夢は現実でないと決めつけ、氷都市への夢召喚を拒み地球の常識に従う道もあった。けれども、それを選ばなかった。
「私は、非現実的な
けれども、氷都市での地球人は戦力外のお荷物扱い。そこで一計を案じ、アバターボディの力で「ドワーフのユッフィー」になりきって。
宿敵に敗れ故郷を失い、長く引きこもりになっていたアスガルティアの賢者オグマを立ち直らせ弟子入りを果たし。志願兵として予備役冒険者の訓練に潜り込んだ上で厳しい強化訓練を耐え抜き、調査隊に加わって成果をあげた。
その過程で他の冒険者たちとも交流を深め、勇者の落日での生存者であるベテラン冒険者のミキ・クワンダ・アリサからも一目置かれる存在となった。
「怪しい男と思っていましたが、認識を改めねばならないようですね」
当初、イーノを快く思っていなかったエンブラも。ここまでの実績を見せられるとさすがに評価しないわけにはいかないようだ。
「ふふっ。ドワーフ以上に、頑固一徹なドワーフらしいとは思わぬか?オグマよ」
おぬしも、良い弟子を持ったではないか。
アリサが楽しそうに、オグマに問いかけると。
(ま、待て。落ち着け。わしは別に、オカマを掘ったわけではない)
オグマは未だに、頭の中でガラスが割れたような顔をしていた。だっふんだ。
現実を受け入れられないオグマが、ユッフィーとの熱烈な一夜を追想する。
ユッフィーがオグマの隠遁する小屋に押しかけてきたときも、大雪原のイグルーで精神体になって夜這いをかけてきたときも。あの柔肌の暖かさは、今も鮮明に覚えている。
最初は、女神アウロラも用いている「神々のなりきりごっこ」用の玩具、アバターボディで。二度目は、そのアバターボディでの変身を魂に覚えこませたイーノ自身の
確かに心地良かったのだが…騙された気分だ。地球人たちの言う、ネカマに引っかかったような。
その様子を見て内心を察したアリサが、笑い声が漏れぬよう手で口を押さえながらほくそ笑む。
(オグマが何故立ち直ったか、謎であったが。ユッフィーがよほど好みじゃったか)
「オグマよ。地球人の『なりきり』力、恐るべしじゃな」
何も言えない。そんな様子のオグマが、つい哀れになって。
「みなさま、お師匠様が悲しむのでユッフィーの姿に戻ろうと思います」
イーノは再度、アバターボディの設定を切り替えてユッフィーに変身する。そしてオグマの所につかつかと歩いて行って、そのままぎゅっとハグを交わした。
「オグマ様、黙っていて申し訳ありませんでしたの。けれど、わたくしたちの未来に希望の火を灯したのは、他ならぬオグマ様。今後も変わらずお慕いしておりますわ」
あのとき、オグマがユッフィーの弟子入りを認めてくれたおかげで。エルルを元気づけ、オグマ自身に再起の決意を固めさせ。ベテラン冒険者三人からも一目置かれる存在となった。
そのことに対する感謝は、イーノとしてもユッフィーとしても生涯忘れはしない。
オグマの強張った身体に触れるユッフィーの豊満な胸は、やはり柔らかかった。
「ユッフィーさぁん、さすがの女子力ぅ♪」
「ああ…また、よろしくのう」
エルルが満面の笑顔で、はやし立てると。
悪い夢から覚めたように、オグマがユッフィーを抱き返した。
「まったく…変なおっさんっすね」
「抱擁で包容力を見せる、女子力のある…ね」
思わず、ゾーラがつぶやいた。隣ではオリヒメが苦笑いを浮かべている。
オグマとユッフィーは、周囲からも奇異の目で見られていた。中には、大きな声をあげて笑う者もいる。
ミキやアウロラ、ミハイルは穏やかに微笑んで師弟を見守っていた。
ヘイズルーンファミリーの一員として、抱き合うユッフィーとオグマの肩に手を置いて誇らしげに胸を張るエルルを。
神殿長エンブラが、頰を緩めて見ている。奇妙だが、娘は家族を得たのだと。
市長リリアナが、ひとり拍手を始めると。他の者たちもそれに追随する。
やがて、満場から拍手が沸き起こった。
「まさか、こんな形の『勇者』がいようとはな」
クワンダが何とも言えない顔をすると、ミキもアリサも同意を示した。
「あやつは、蒼の民ではないが…」
「勇者に『なりきる』人ですよね!」
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