第2話 あれは誰?

 僕は見てはいけない気がしたのに、そっとカーテンを開けた。

 雨が勢いを増した外の景色の中から茉優花まゆからしき人の姿を探した。


 滝や太い糸のように雨どいから落ちてくる水が視界を遮っていたが、わずかな隙間が出来た瞬間に見えてしまった。

 大きなバイクが去って行く。

 バイクに乗る相手に、雨に打たれながらも大きく手を振る者がいる。


 僕にとってこの世で一番愛しい背中が見える。


「……茉優花まゆか……」

 誰なんだ?

 茉優花は誰といたんだ?



 ピンポーン……。

 静寂の部屋の中には相変わらず雨音が響き、一度鳴るインターホンが僕の胸を騒がしくした。


「健ちゃーん! 開けてー!」


 ただ送ってもらっただけだよな?


「健ちゃんったら! 寝てるのー?」

 僕はソファベッドで寝たふりをした。

 ずぶ濡れだろう茉優花にバスタオルを差し出したい衝動を抑えながら、気持ちを落ち着けるのに必死だった。

 僕が返事をしないので、茉優花は合鍵で家に入って来た。


「健ちゃん、寝てんの? お風呂入ろうっと」

 茉優花は慣れた僕の家で半同棲みたいになっていた。部屋の借り主の僕の了承など得ずに当然のように風呂場に向かった。


「もしも〜し。あっ、さっきはありがとうね」

 脱衣所で茉優花が誰かと親しげに電話で会話をしている声がする。

 大好きな茉優花の声。

 僕は狸寝入りをしてしまったことに、罪悪感を覚えて茉優花に謝ろうと思った。


「えー? お金? 大丈夫、大丈夫。また、持って行くから。ああ、健ちゃん? 寝てるみたい。健ちゃんの給料日はねぇ、いつもどおり! 月末だから明後日あさって持って行くよ。うん、バレやしないって」


 どう…いう…ことだ?

 僕のなかで、茉優花と言う彼女像がガラガラと音を派手に立てて壊れていく。


 僕の大好きな茉優花。

 君を送って来たヤツと電話で話しているのかい?

 いったい何の話をしてるんだよ。

 僕は馬鹿じゃない。

 きっとこれは良くない話だ。


 いや、僕はいろいろと大馬鹿者だった。

 せば良いのに、僕は何も聞かずに茉優花とそのまま穏やかな時間を過ごした。


 偽りの時間。

 分かってはいるよ。

 ただ僕は愛した茉優花とずっと一緒に居たかっただけなんだ。








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