神楽坂探偵事務所事件奇譚録 第壱項 夜に舞うは紅い蝶

あかがね雅

第1話 路地裏にて


大正クトゥルフ

神楽坂探偵事務所事件奇譚録

第壱項 夜に舞うは紅い蝶



時は大正は東京。

未曾有の大地震、後に関東大震災と呼ばれた地震から数ヶ月。人々の生活は未だ傷の癒えないところはあれども、復興の兆しを見せていた。

しかし、その兆しの裏に深淵から出でしモノ達が『日常』を脅かさんと現れていた。

それらは認知すれば自我が崩壊する恐怖を身に纏った這い寄るモノ。


この物語は、予期せぬ来訪者達により『日常』からはみ出していった者達の物語であり、彼等が綴っていった事件記録である



~~~~~~


某所 繁華街路地裏


近頃浮浪者や娼婦などが軒並み行方不明になることが多くなっていた。

しかし警察や世間では誰一人として探そうとはしない。

それもそのはず。何せ彼らは居なくなっても別段困らないし、探す必要が無いような人物達だからだ。

ある方面では街の風紀が良くなっていくと言われる始末だ。


そんな世間に対し、恨み辛みをボヤきながら浮浪者のヤスは路地裏のゴミ漁りをしていた。

同じ浮浪者仲間の吉次郎と手分けして今晩の飯を集めているのだ。

「チッ。あーあ、こりゃ勿体ねぇ。まだまだ食えるとこあるだろうに」

ヤスはボヤきながら手に持っていた錆だらけの古びたバケツに残飯を投げ入れていた。

他の浮浪者仲間にも配る分を見積もって、自分の分と吉次郎の分と合わせれば結構な量になる筈だ。


そう思っていたヤスは吉次郎が漁っていた場所に向かっていた。

だがそこには吉次郎の他に誰かがいた。


女だ。

それもこんな路地裏に似つかわしくない洋装を着た女だ。


ヤスは只ならぬ様子を察知したのか遠目から様子を見た。ヤスは元はヤクザ者だったが、仕事でケチを付けてしまい落ちるところまで落ちていった過去があった。

ヤスは2人から見えない位置にあるゴミ捨て場に身を隠し、様子を見ていた。


女は何か呟き手をかざすと、それまで直立不動だった吉次郎はまるで夢遊病のようにフラフラとした足取りで女の後を追って行った。

それまで様子を見ていたヤスは息を飲んだ。

薄雲の隙間から現れた満月、その月明かりに照らされた2人。そこにあるはずの影が1人しかない。

無論、影がのびているのは吉次郎だ。だが女には影が無い

それどころが、月明かりに照らされて分かった事があった。

そこにいた女は血が凍るように悍ましく、胸が熱くなるほど美しい女だった。

ヤスは一瞬心奪われそうになったが、すぐ様現実に戻った。いや戻らざる得なかった。


何故なら女の双眸は紅く、まるで龕灯のように輝いていたのだ。


あり得ない。こんなのはあり得ない。


恐怖心を掻き立てられたヤスはバケツを放り出し、その場を逃げ出していった。



月明かりに照らされた紅い洋装の女は、まるで蝶のように吉次郎を舞い誘っていく。

その先には一台の馬車が停まっていた。

吉次郎は導かれるように馬車に乗り、女も続けて乗り込んだ。


2人が乗ったのを確認した御者は馬を走らせる。


かくして、吉次郎の行く末を知るものは空に煌々と輝く月だけが知っていた。







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