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「……」

ソフィアと雫の間の距離は三メートルほど離れている。雫を睨むように見続けたまま、ソフィアは動けなくなっていた。

「ソフィアさん。自分の武器をよく見て。どこまでが刃なのかわかってないとさっきみたいにカラぶっちゃうよ。それと相手との距離がどれだけ離れてるのかを見るんだ。有利な距離にいるのは相手と自分のどっちなのかを考えてごらん」

「わかってます……、よッ!!」

雫に挑発されたと思ったソフィアはがむしゃらにヴァルハニーロを振り回した。だが今度は距離が離れすぎているせいで雫に簡単によけられてしまう。

「はぁ……、はぁ……」

無茶苦茶に攻撃していたせいでソフィアは息が上がっていた。それに対して雫の方はまだ余裕があるような表情をしている。

「ソフィアさん、一回頭を冷やしてごらんよ。無茶苦茶にやったってオレには攻撃当たらないよ?」

「……」

呼吸を整える間に幾分か冷静さを取り戻したソフィアは、雫に言われたことを考えていた。

(自分の刃の位置……。自分と相手の距離……)

ソフィアはヴァルハニーロを握りしめた。

(黒川君の方は二刀流の刀……。手数は多そうだけど、私の方がリーチは長いはず……!)

ソフィアは慎重に雫の刀を観察していた。ゲーム的な考え方かもしれないが、明らかに槍のソフィアの方が攻撃範囲は広い。

だが

(うかつに近づいたらまたさっきみたいに懐に潜り込まれて私の刃が当たらない位置に来られる。だったらどうすればいいか……)

ソフィアは必死に考えを巡らせていた。戦闘の素人であるソフィアに出来ることはたかが知れている。だが、きっと何か勝てる方法があるはずであると自分に言い聞かせた。

「ほーら。ボーっとしてるとまたこっちから行っちゃうよー!」

雫は再びソフィアに向かって突っ込んで行った。今度は両手の刀を振りかざしている。

「ウッ……!」

すでに雫はソフィアの有効射程を超えて接近している。このままだと一方的に攻撃を喰らってしまう。

「ほ~ら、切っちゃう────、ってグエェ!」

「させません!」

ソフィアは雫が刀を振り下ろす瞬間に、雫に向かってタックルをかました。まさに素人同然のタックルであったが、勢いがついていた、雫のがら空きのボディには思いっきり突き刺さるようにヒットした。

「グおぉ……! み、鳩尾に……、は、入った……」

慌てて距離を取る雫であったがダメージが大きいのか左右によろめいてしまう。

「隙ありですっ!」

ソフィアはヴァルハニーロを勢いよく雫に向かって突き出す。

だが寸前で雫は刀を使って突き攻撃を横に受け流す。

「へへへ……。やるじゃんソフィアさん。今のはちょっと焦ったわ」

「当たったと思ったんですが……」

距離を取りながらソフィアが悔しそうに言う。雫の方も態勢の立て直しが出来たのか、再び刀を構えた。

「いいねぇソフィアさん。なにも攻撃できるのは手に持っている武器だけじゃない。自分の拳や体そのもので攻撃することもできる。特にソフィアさんのヴァルハニーロみたいな有効射程が特殊な武器は、いかに体を使って距離を取るかが重要になってくるんだ」

「やっぱり……。わざと私を煽ってけしかけたんですね」

ソフィアは呆れたように言った

「さあね。でも怒らせないと、優しいソフィアさんは攻撃してこないと思ったんだよね。でも……」

雫は悪びれもせずにあっけらかんに言うと、ニヤッと笑った。

「安全装置があるとはいえ、勢いよく槍で突いてくる人にそんな心配はいらなかったかも」

「……フーンだ。さっきのお返しですよ。一発は絶対に喰らってもらいますからね」

「おお怖い怖い。……でもソフィアさんの攻撃がオレに当たりますかねぇ?」

「またそうやって挑発して!」

ソフィアは雫に向かって連続でヴァルハニーロを突き出した。雫は両手の刀を振って突きをすべて受け流す。

「だからそんながむしゃらな攻撃が当たるわけ────」

「それはどうですかね」

「なっ!?」

雫はヴァルハニーロの上空からの振り下ろし攻撃をⅩ字に構えた刀で受け止めた。そして驚愕した。

ソフィアがヴァルハニーロをから手を離し、素手の状態で雫の真横に向かって走ってきたからであった。

「妙なことを……!」

雫が慌ててソフィアの方向に向き直ろうとする。ソフィアは雫の側面に回り込んで────はいなかった。

「よしっ!」

途中で急ブレーキをかけたソフィア。結果的に雫だけが体ごと90度振り向く形となってしまった。

そしてそのまま腕を思いきり伸ばし、地面に落ちる前のヴァルハニーロを拾う。

「ていやぁッ!!」

「ガあッ!」

そのままソフィアは渾身の薙ぎ払いを雫の背中に向かって放った。ヴァルハニーロの刃は見事に雫の背中に当たり、悲鳴と共に雫は吹き飛ばされた。

「や……やったやった! 当たりました! イエーイ、どうですか黒川君! 悔しいですかー?」

今度はソフィアが雫を煽るようにそう言った。だが言われている雫本人はあまりの痛さに顔をしかめて話を聞いていなかった。

「いったぁ……。ソフィアさん、手加減無しの全力でぶん殴ってきたな……」

『いい作戦だったぞ、ソフィア・ヴェジネ。実戦だったら雫を仕留めていたな』

マーベルがスピーカー越しにそう言った。

「さ、作戦……?」

雫がヨロヨロと立ち上がりながら疑問を口にした。

「そうですよ、作戦ですよ!」

ソフィアが満面の笑みで雫に向かってピースをした。

『雫。お前のガードを崩そうとソフィア・ヴェジネが連続で攻撃を行っていたように感じただろうが……。実際は『フリ』で、隙を作るための演技だったわけだ。油断しきっているお前が焦って態勢を崩すようにするために』

「そ、そんな単純な……」

『そう。単純な作戦だ。だが雫、君がソフィア・ヴェジネを怒らせて冷静さを欠かせたと思っていたようだが、実際はそれを利用されたようだったな』

「そうですよー。あれれー、そんな単純な事にも気づかなかったんですかー?」

「ぐっ……! 一発当てたくらいで……!」

雫は悔しそうな、苦虫を噛み潰したような顔になる。

『一発は一発だ。安全装置が無かったら死んでいたのは君のほうだ』

「そうですよそうですよ。私の勝ちでいいですよね?」

「か、勝ちとか負けとかあったのか……。ていうか最初に攻撃当てたのオレの方じゃ……」

雫は大きなため息をつくと、ソフィアに苦笑いを向けた。

「まあいいや。おめでとうソフィアさん。あなたの勝ちだ。……正直、一方的にボコボコにして終わりかと思ってたから、驚いたよ」

「へっへーん! これは私が立派な戦力として認められたってことですよね!?」

「調子に乗んなよ箱入り娘が」


その後、研究室に様子を見に来たカービーたちが見たものは、痛そうに背中をさする雫と、不満げに頬を膨らませて不貞腐れているソフィアの姿であった。

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