10
「ここで大将の痕跡が途切れてる……」
そう言ってケインたちが立ち止まったのは人通りの少ない路地裏だった。
「ここで途切れてるって……。えっ、どういう事?」
勝平が辺りを見渡す。雫の姿はどこにもなかった。
「雫の『衡神力』は途切れてる、でも雫の姿はどこにもない。ヤられたのかと思いきや、死体や大きな血痕も残っていない。ってことはよぉ」
カービーは深刻そうな表情で続けた。
「雫の奴、異世界に逃げ込んだってことだろ?」
「異世界にって……。ここから?」
「ああ、そうとしか考えらんねぇ。アイツは簡単にくたばるようなヤツじゃねえのはわかってるだろ?」
「そうだけど……。ケイン君、調べられる?」
勝平がケインに尋ねる。ケインはポイフォンを操作しながら返事をした。
「ちょいとまってねん。確かこの間大将から、痕跡調べてどこの異世界に飛んだかわかる機能入れてもらったんだよねー」
「ずいぶんタイムリーじゃねぇか」
「ただねー、時間経っちゃうとわかんないらしくてねぇ。とりあえず試してみるよん」
「ああ、頼むぞ。ここまで来て最後の足取り掴めないのはイテェ」
「そうだね。雫君も大変な目に遭ってるかもしれないし、早く合流しないと」
勝平が力強く頷いた。
その時、ポイフォンからピコンピコンと音が鳴った。
「うおっ!? あっぶなー」
「どうしたのケイン君?」
突然、声をあげたケインに勝平が声をかける。
「いや。異世界まで辿れる痕跡があと少しで消えそうだったんだよねぇ」
「ってことは雫の行った先がわかったのか?」
「なんとかねー。いやー危なかった危なかった……」
そこでケインがあっ、と声を出した。
「ただ、『どの』異世界に行ったかは分かったんだけど、詳細な場所まではわかんなくてさぁ」
「あ? お前それじゃあ探しようがねぇじゃねぇか。『この世界』くらい広かったらどうすんだよ」
カービーがチッと舌打ちをする。
「多分近くまではオレっちたちも飛べると思うんだけどさぁ。後は向こうに行ってからまた大将の痕跡を辿るしかないねぇ」
「やれやれ……。世界を跨いで振り出しに戻っただけか……」
「でも雫君に少しずつ近づいてるよ」
ハァとため息をつくカービーを勝平がまあまあと宥める。
「そんじゃさっそく……」
そう言うとケインが制服のポケットをゴソゴソと漁りだした。それを見てカービーがギョッとする。
「ケインオメェ……。『転送装置』をポケットなんかに仕舞ってんじゃねえよ……」
「お、落としでもしたら一大事だよ、ケイン君……」
勝平も呆れたように言う。だがケイン本人はケロっとした表情をしている。
「いやいや、ポケットに入れとけって言ったのは大将だって! いつでも異世界に行けるようにしろってさぁ」
「まあ確かに……。そのおかげで雫君は無事……、かどうかはわからないけど逃げられて、僕たちもこうして異世界に行けるんだけどね……」
「俺なんて危なっかしいから寮の部屋に厳重に保管してあるぜ」
「僕もだよ。でも確かにこういう一大事のときにはいちいち部屋まで戻ってられないから、ケイン君が正しいのかもね」
「そうそう、そういうこと。……っと、あったあった」
ケインは漁っていたポケットから、万年筆が二つ、並列回路のようにくっついたものを取り出した。
「じゃじゃーん! 異世界渡航機~!」
「うるせぇ。とっとと準備しやがれ」
カービーがケインの頭を小突く。するとケインはグチグチと文句を言いながら異世界渡航機と呼ばれた物を地面に置いた。
「そういえばさぁ」
そう言いながらケインが異世界渡航機の棒の部分を両手で持って引っ張った。すると巻物のように半透明な膜が棒と棒の間に現れた。
「オレっちたち、神機持ってないけど大丈夫?」
「「あっ」」
勝平とカービーが同時に間の抜けたような表情になる。すぐに元の顔に戻った勝平がアワアワとし始める。
「ま、マズいよ二人とも! 異世界行くのに、それも雫君が誰かに追われてる状況で丸腰で行くのは!」
「そうは言ってもな……。俺たちの神機は一昨日の戦いで壊れちまってるし……」
「雫君の家になんか武器あるんじゃないの!?」
「勝手に入るわけにもいかねぇだろ。まあ「アイツ」いるかもしれねぇけど」
「カービー君、不良でしょ!? それぐらいやってきてよ!」
「百歩譲って不良であっても犯罪者じゃねーよ! ……そもそもアイツんちに行くのは時間的に無理だ」
「ええー、そんなぁ……」
勝平が涙目になってカービーとケインの二人を交互に見る。それを見てケインがグッと親指をサムズアップした。
「へーきだって勝平! いざって時には男の子には拳があるから!」
「不安しかない!?」
勝平はショックを受けたような顔になった。先述のとおり、勝平という人間はお世辞にも体格が良いとは言えなかった。むしろ簡単に化粧をすれば女子に見えるほど華奢な体つきであった。非力な自分に拳でどうしろというのか。
「なんにせよ、雫のヤツが昨日のうちに異世界に飛んだんだったら、急がねぇといけねぇ。手遅れになっちまってるかもしれん。さっきも言ったが一旦戻ってる時間はねぇぞ。覚悟決めろ」
そう言うとカービーは右手を握りしめ、反対の手のひらにバシンッと打ち付けた。勝平と違い逞しい体つきのカービーは拳でどうにかできると思っているのだろうか。
「でももし、『あの人たち』に遭ったら……」
「関係ねぇ。ダチがアブねぇんだ。行くしかないだろ。……それに雫を見つけて連れ戻すだけだ。戦う必要はねぇよ」
「うぅ……。わ、わかったよ! 僕も覚悟決めたよ! 雫君を助けに行こう!」
「へっ。それでこそ男だぜ、勝平」
やけくそのようにガッツポーズを決めている勝平を見て、カービーがニヤリと笑った。
「よーし、準備完了! ゲートを開くぜぃ!」
ケインがそう言うと足元の異世界渡航機を中心に高さ三メートルほどの光の円柱が出現した。
「おまっ! いきなり広げんなや! 一般人に見られたらどうすんだ!」
「周りは確認したからヘーキヘーキ! ここは人通り全然ないし! ……さっ。早く行こうぜぃ」
そう言うとケインは光の円柱に飛び込んだ。すると一瞬でケインの姿が消える。
「まったく……。忙しい野郎だな……」
「あはは……。でもケイン君の行動力には助けられることも多いよね」
そう言ってカービーと勝平の二人はケインと同じように光の円柱に入っていった。
三人が入った後に光の円柱は徐々に薄くなっていき、消えた。
だが完全に消える前に、一人の少女が慌てて三人の後を追うように光の円柱に飛び込んでいった。
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