3.フィラでのオレ
ユウの闇を祓ってから、数日後。
オレと朝日はエルトラ王宮の庭にいた。今日は、夜斗兄ちゃんがフィラに連れて行ってくれるらしい。
「フィラって遠いんだよね? どうやって行くの?」
「もう少し待ったらわかるよ」
朝日はそう言って全然教えてくれない。
しばらくぼけーっとしていると、空から「キュウゥゥ……」という鳴き声と大きな鳥が飛んでいるような音が聞こえてきた。
音がする方を見て、オレは思わずあんぐりと口を開けた。
でっかい羽の生えた恐竜みたいなのがこっちに向かって飛んできている。
「朝日! 何あれ!」
「飛龍よ。あれはユウの飛龍で、サンって名前なの」
朝日はそう言うと、「サン!」と叫んで大きく手を振った。
そのでっかい空飛ぶ生き物が庭に降り立つ。近くで見ると、かなり大きかった。
「サン! 久し振り!」
朝日がその、サンに抱きついて頭を撫でてやっている。サンの背中から夜斗兄ちゃんが降りてきた。
「夜斗兄ちゃん! これ……サンだっけ。すごいね!」
「そうだな。……ほら、サン。ユウの息子のアキラだ」
サンはキュウゥ……と鳴くと、オレの顔をじっと見た。そしてすりすりと頭をオレの身体に擦りつけてくる。
「分かったみたいだな。フェルティガで感じたんだろうな」
「サン、よろしく!」
頭を撫でると、サンが小さく「キュウ」と鳴いた。
夜斗兄ちゃんがオレを抱えてサンの背中に乗せてくれた。急に視界が広がってびっくりする。
そして朝日と夜斗兄ちゃんも乗ると、サンは「キュウゥ!」と鳴いて庭を飛び立った。
「うわー!」
みるみるうちにエルトラ王宮の庭が遠ざかる。
白い空。青い海。緑の大地。
テスラって……すごく奇麗な島だ。
「すごーい! 飛龍ってすごいねー!」
「そうだな。怖くないか?」
「うん! ねぇ、飛龍ってサン以外にもいっぱいいるの?」
「10頭ぐらいしかいないな。すごく貴重なんだよ。その中でも太古の昔から生き残ってるのは、1頭だけだ」
「そうなんだ。飛龍って不老不死なの?」
朝日も知らなかったらしい。オレの後ろから身を乗り出し、興味深そうに夜斗兄ちゃんに聞いている。
「いや、寿命が極端に長いだけじゃないかな。何千年とか……。実際は病気や怪我がもとでもっと早く死んでしまうこともあるが、神獣って話だしな」
「へえ……」
「――そうだ、暁。ヨハネと仲良くなったって?」
夜斗兄ちゃんがふと思い出したように聞いたので、俺は「うん!」と元気よく頷いた。
「ヨハネはさ、何でも上手だし目標もちゃんとあってすごいんだ! 夜斗兄ちゃんみたいにカッコよくなりたいんだって」
「まあな~」
「少しは謙遜しなさいよ……」
朝日が溜息をついている。そして
「暁、やっぱりテスラの子達といた方が楽しい?」
と聞いてきた。
家で言ってたこと、やっぱり気にしてたみたいだ。
「うーん……まぁ、そうだね」
「何の話だ?」
夜斗兄ちゃんが不思議そうにオレの方を見た。
ちょっと迷ったけど、思い切って相談してみることにした。朝日がわざわざ言い出したのも、きっと「夜斗に聞いてみなさい」ってことなんだと思うから。
「あのさ……。オレ、日本の学校のクラスの子達、嫌いじゃないんだけど何か居心地悪いんだ。特に、女子の集団。違和感があるというか、何だか邪魔くさいというか……」
「……ふむ」
「でも、テスラの子達は集団でいても全然大丈夫。でも、朝日はそういうのないって。だから、それはオレだけなのかなって……」
「ははーん……」
「でもさ、おじいちゃんもばめちゃんだけ大丈夫だったって言ってた」
「まあ、それは……奇跡ってやつだろうな」
夜斗兄ちゃんはそう言うと、何かを思い出したのかちょっと溜息をついた。
「えっ! じゃあ、夜斗もあったの? 違和感みたいなの」
朝日がかなり驚いた様子で声を上げる。
「俺はそんなになかったけど……それでも、ミュービュリの人間に一目惚れすることは絶対ないと言い切れるな。ヒールさんと瑠衣子さんは、本当に奇跡だと思う。だから朝日みたいな特別な人間が生まれたんだろ」
「……」
「ちなみにリオは、あんまり長居したくないとは言ってたな。まぁ、フェルティガエには多かれ少なかれあるんじゃないかな」
「そうなんだ……」
「でも、それは暁が悪いぞ」
夜斗兄ちゃんがちょっと厳しい口調で言った。
「ちょっと雰囲気が合わないくらいでイライラするな。暁はミュービュリで生きていくんだろう? ずっとかどうかはともかくとして」
「うん……」
「まだまだ未熟者ってことだな。修業しろ」
「えーっ、これって修業の問題なの!?」
ちょっと不満に思って声を上げると、夜斗兄ちゃんは「そうだぞ」と言って真剣な顔をした。
「フェルティガエの扱う力は自分の精神状態に強く影響を受ける。ムラがあると満足に扱えない。……その見本が傍にいるだろうが」
「……」
オレがじっと朝日を見ると、朝日は少しきょとんとしたあと「私のこと!?」と素っ頓狂な声を上げた。
夜斗兄ちゃんはそんな朝日には構わず、
「で、どうするかというと」
と言葉を続けた。
「呼吸法とイメトレ、習っただろ」
「うん……」
「それをちゃんと実践してみろ。波長とか関係ない。誰も俺に害を及ぼさない――そういうイメージだ。そしたら多分、気にならなくなる」
「そうなのかな……」
「やってから言え」
「……はぁい……」
いつもは優しい夜斗兄ちゃんにかなりキツく叱られたので、ちょっと凹んだ。
そうか……オレのわがままだったのかな。うーん……。
でも確かに、テスラのオレと同じぐらいの年の子達って短気な子とか乱暴な子っていない気がする。
もちろん、機嫌が悪くなったりちょとした喧嘩はあったりするけど、いわゆる「キレる」っていうのがない。
小さい子は、わがままだったり、言うこときかなかったりしてたけど。
ヨハネも、すごく落ち着いてるよね。
……そうか、自分の感情をそのまま他人にぶつけるってことをしないんだ。
だって、もし自分のフェルティガを何も考えずにそのままぶつけたら、大変なことになる場合だってあるよね。
そういう訓練なんだ。
「わかった。オレ、頑張る」
「おう」
夜斗兄ちゃんはちょっと笑うと、オレの頭をぐしゃぐしゃっとした。
* * *
高い崖を越えると、深い森林が広がっている。しばらくすると、開けた場所が見えてきた。
赤茶けた、植物が何も生えてない土地が少しだけあるけど、大半は奇麗な緑の大地になっている。
ところどころに家がある。畑があって、作業をしている人が見える。
サンは一声鳴くと、ゆっくりと下降した。村の端……森のそばに降り立つ。
「朝日! 暁! いらっしゃい!」
赤ちゃんを抱きかかえた理央姉ちゃんが待っててくれた。
「こんにちはー」
オレはサンから降りると、元気に挨拶した。理央姉ちゃんは相変わらず、すごくきれいだ。
「理央! この子がマオちゃん?」
朝日が嬉しそうに駆け寄る。
「そう。半年前に生まれたの。マオニューリ=フィラ=ピュルヴィケン。マオって呼んでね」
「ちっちゃー……ぷくぷく……」
理央姉ちゃんが見せてくれた赤ちゃんを覗きこむ。指も足もすごく小さい。
「可愛いね!」
「ありがとう。……あ、そうだ、ヤト」
理央姉ちゃんが少し離れて立っていた夜斗兄ちゃんの方に歩いて行った。
「……あの話、いくつか頼まれてるんだけど……」
「断っとけ。俺はエルトラにいるんだし」
「別にそれでもいいって」
「尚更断っとけ。俺は嫌だ。無責任な気がするから。それに、今はそういう気にはなれない」
夜斗兄ちゃんは吐き捨てるようにそう言うと、オレ達の方を見て
「今日はリオの家に泊まるんだろ? 俺はいったん戻るぞ」
と声をかけた。
「うん! ありがとう、夜斗!」
朝日が笑って夜斗兄ちゃんに手を振った。
理央姉ちゃんは諦めたように溜息をつくと、黙って夜斗兄ちゃんとサンから離れた。
夜斗兄ちゃんはサンの背中に乗ると、すぐに飛び立っていった。
なんか……急に不機嫌になった気がする。
「夜斗、あんまりフィラにいないの?」
「そうね。用事が終わったらすぐエルトラに戻っちゃうのよ」
理央姉ちゃんは肩をすくめると、ゆっくりと歩き出した。
「何か……夜斗兄ちゃん……さっき怒ってた……」
オレが言うと、理央姉ちゃんはそっとオレの頭を撫でてくれた。
「私が余計な話をしたからよ。大丈夫、機嫌なんてすぐ直るから」
「余計な話?」
「ヤトも、もう31だしね。だから……何て言えばいいかな。そろそろ伴侶を見つけないと……」
「縁談が来てるってこと?」
朝日が言うと、理央姉ちゃんは「そうそう」と相槌を打った。
「フィラも村としてだいぶん形になって来たし……やっぱり三家が中心にならないとね」
三家って言うのは……名前は忘れちゃったけど、夜斗兄ちゃんや理央姉ちゃんの家と、朝日の父親の家と、ユウの家の三つのことらしい。昔フィラが平和だった頃、その三家が村の中心になってたんだってさ。
「本当はヤトにも戻ってきてほしいけど、エルトラと繋いでくれているのも助かることは助かるのよね。それに、肝心のヤトに全くその気がないから……」
「そうなんだ……。今は理央が村長みたいな感じなの?」
「そうね。今フィラにはあまり年配の人は戻って来れてないし……」
そして理央姉ちゃんは、「こっちよ」と言ってオレ達をいくつかの家が並んでいる方に案内してくれた。
町では新しい家もいくつか造られようとしていた。
主に、大人の男の人たちがせっせと作業している。
「ここ穴開けてー」
「了解」
男の人が手を翳すと、土にボコッと穴が開いた。別の男の人がそこに柱を立てている。
すると、別の少し小高いところで作業していた人がうっかり木材を落としてしまった。
その人は「危ねぇ!」と叫んで自ら飛び降りると、木材を掴んでふわりと地面に降りた。
足に
真似したくなってウズウズしたけど、基本の修業を頑張るって決めたばっかりだから、ぐっと我慢した。
もちろん、普通に作業をしている人もいる。でも、フィラではフェルティガが日常的に使われていて、みんな協力しながら一生懸命に復興作業に取り組んでいるんだな、と思った。
歩いていると、途中でフィラの人と時々すれ違った。
「こんにちは」と挨拶すると、嬉しそうに挨拶を返してくれる人、ちょっと驚く人、怯える人、なぜかオレ達に手を合わせる人、様々だった。
朝日とオレがフィラの三家の出身ってことは、内緒なんだって。だけど――戦争を終わらせた、ちょっと特別な存在、と思われているみたいだった。
理央姉ちゃんの言う通り、若い人が多いかな。
子供は、戦争が終わってから生まれた子ばかりだから、みんなオレよりずっと小さい。
戦争の傷が癒えてなくて、おじいちゃんやおばあちゃんはまだエルトラにいるんだって。
すると、若い女の人二人とすれ違った。オレが挨拶すると、女の人たちは黙っておじぎしたけど……。
――呑気なものよね。
――この親子がいるからヤトゥーイさまはフィラに戻ってこないんだわ。
――託宣の
ふと、そんな会話が聞こえてきた。
思わず振り返ると、女の人達はぎょっとした顔でオレを見たあと、慌てて去っていった。
「……どうかした?」
理央姉ちゃんが心配そうにオレを見た。
「えっと……」
何が起こったのかよく分からないし、それに言わない方がいい気がする。
「別に……何も……」
「……」
理央姉ちゃんは何も言わなかったけど、そっとオレの手を握った。
そして「この家よ」と言って、周りより少し大きめの、青い屋根の家を指差した。どうやらそこが、理央姉ちゃんの家のようだった。
そして「どうぞ入って」と言って、にっこり笑いながら家の中に案内してくれた。
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