2.エルトラでのオレ
次の日になって、オレと朝日はテスラに行った。
ユウの顔をちょっと見たあと、オレはテスラの子たちが修業している部屋に連れて行ってもらった。
朝日は女王さまとか図書館に居る女王さまのお母さんと話があるらしく、離れ離れになった。
神官のおじさんに連れられて部屋に入ると、子供たちが一斉にこっちを見た。
ここにいる子は、オレより大きい子の方が多い。
テスラではオレが生まれる前に戦争があって、この子たちはそのときに親が死んだり、事情があって育てられなくなったフィラの子たちだって、朝日が教えてくれた。エルトラの女王さまの元で暮らしてるんだって。
みんなは、オレが日本……えっと、こっちでは何て言ってるんだっけ……ミューなんとか……。
まぁとにかく、日本から来てることは知らなくて、すごく遠く離れた島に住んでいる、ということになってるらしい。
だから、日本のテレビとかゲームとかそういうテスラにはないものの話をしちゃ駄目だって朝日が言ってた。
「アキラだー」
「元気だった?」
「いつまでいるの?」
みんなが一斉にオレに話しかける。でも不思議と、うざい感じはしない。
「1か月ぐらい。オレ、修業するの初めてだからいろいろ教えてね」
「えー、そうなんだー!」
「でも、アキラってフェルティガをすごく持ってるよね」
「そうなの?」
「うん。だから、そういう子は特にちゃんと修業しないと駄目なんだって。力が暴走したら危険だからって」
この中では一番年上らしい男の子が丁寧に教えてくれた。確か、去年も会った気がする。
「僕はヨハネーリュンっていうんだ。ヨハネでいいよ」
「よろしく、ヨハネ」
ヨハネはオレより2つ上の11歳だった。黒髪で、背も大きい。
どことなく夜斗兄ちゃんに似てるな、と思ったら、ピュルなんとかっていう血を引いていて、夜斗兄ちゃんと理央姉ちゃんの遠い親戚にあたるらしい。
修業では呼吸法を学んだり、イメージトレーニングみたいなことをしたりした。
合わせて、体術もした。体力をつけて正しい型でフェルを使った方がうまく使えるようになるんだって。
オレは朝日と一緒に空手道場に行ってたから、体術の方は得意だった。でも呼吸法とかはちょっと難しい。すぐ気が散っちゃって。
ヨハネはどっちもすごく上手で、みんなの手本になってた。小さい子の面倒とかもよくみてるし。
聞いたら、大きくなったら夜斗兄ちゃんみたいになりたいんだって。
12歳で基礎は終わるから、普通はフィラに帰るらしい。フィラは戦争で大部分が焼け野原になったんだけど、もうかなり復旧してるんだってさ。
だけどヨハネはエルトラに残って修業を続けるって言ってた。
「何でヨハネはフィラに帰らないの?」
「ヤトゥーイさんがエルトラに残ってるから。エルトラとフィラを繋ぐ仕事をしてるんだって。僕もそうなりたいんだ」
「ふうん……」
「アキラは将来、何になりたいの?」
「う……」
急に聞かれて、戸惑ってしまった。そんなこと、全然考えてなかったし。
そっか……。そもそもオレは、こっちの仕事をしたいのかな? それとも朝日みたいに大学とか行って、あっちで仕事する方がいいのかな?
「まだ、わかんないや。いろいろ見てから考える」
正直にそう言うと、ヨハネは「それでいいと思うよ」と言ってにっこり笑った。
そんなヨハネを見て……先のことはわからないけど、オレもこんな風に、オレより年下の子たちに頼られるようになりたいな、と思った。
そうして2週間ぐらい修業を続けていると、何となく自分の中にあるフェルティガを感じられるようになった。
オレの力は『闇の浄化』と『模倣』なんだって。
どっちもかなり珍しいらしんだけど、その分フェルティガを使うからちゃんと修業しないと駄目だよって先生に言われた。
『模倣』は要するにモノマネだから、修業しなくても見たり技を受けたりすればすぐできるんだって。
でもその力加減はオレ次第だから、ちゃんと基礎がないと威力が大きすぎてすぐ疲れたり、逆に小さすぎて何にもならなかったりする、ということだった。
それに、忘れるのも早くなるらしい。
まぁ、日本では使う用事もないしね。そんなに上手くならなくても別にいいんだけど、朝日がうるさいからさ。
あ、でも、夜斗兄ちゃんや理央姉ちゃんと話せるようにはなりたいけどなあ。
いつになったら許可してくれるんだろう。
「あ、暁」
今日の修業が終わって庭で休憩していると、何冊かの本を抱えた朝日が現れた。
「今日も図書館?」
「そう。アメリヤ様の許可をもらってね、テスラの歴史を学んでるの」
朝日は、大学の医学部を卒業してお医者さんの資格も取ったのに、まだ勉強したいことがあるからって言って、理学部の大学院に入り直した。
それだけ頑張ってるのに、テスラでもまた別の勉強をするんだ。
将来のテスラのためとか言ってた気がするけど……こういうところは、素直にすごいと思う。
正直オレは、あんまり勉強は好きじゃない。学校の授業と宿題でもうたくさん。
朝日は、今はそれでいいけど中学生とか高校生になったらそれじゃ駄目だよって言ってた。
朝日がオレの隣に座った。ボーっと西の塔を見上げている。
……何かを思い出しているのかな。
修業をしてみて、みんなが朝日は特別だって言っていた意味がちょっとわかった。
フェルティガエの人って多かれ少なかれその雰囲気を漂わせてるんだけど、朝日からは全く感じない。
朝日は自分の中に相当な量を蓄えることができて、今の時点でもかなり貯め込んでいるはずだって話だったのに。
つまり……底が知れない、らしい。
「あのさ……ユウってどんなフェルティガエだったの?」
「……闘う人」
「闘う人?」
「テスラは長い間戦争をしてたって言ったでしょ? フェルティガエ同士の闘いもあったの。ユウは、そのエキスパートだった。多分……最強だと思う」
「誰も勝てないってこと?」
「そう。夜斗は、1対1なら私しか相手できないだろうって言ってたかな」
「……朝日って闘う人だったっけ?」
「私はフェルを吸収するからね。フェルの攻撃は効かないから」
「はー……」
そうか。オレの両親ってテスラではそんなスーパーな人達だったのか。
じゃあオレも、負けないように頑張らないと。
「ユウの顔を見に行こうかな。暁も来る?」
「うん」
オレ達は立ち上がると、王宮の中に入った。東の塔の一階――大広間からすぐ近くの部屋だ。
この部屋はフェルティガで鍵がかかってて、朝日と許可された神官しか入れないようになっているらしい。
部屋に入ると、オレ達二人はガラスの棺の傍に座って、ユウの顔を覗きこんだ。
「――!」
オレはぎょっとして思わず後ろに仰け反った。
なぜって……ユウの左肩に、黒い塊が動いていたから。
「暁? どうしたの?」
朝日が不思議そうにオレの顔を見た。
「え、朝日、見えない?」
「何が?」
全く分からないみたいだ。
ひょっとして……これがオレのフェルティガなのかも。
「肩……ユウの左肩に、黒い塊がうごうごしてる」
「えっ……」
朝日の顔が真っ青になった。
「これ、何? オレにしか見えないの?」
「待って……ちょっと待って」
朝日は少し考え込むと、急に立ち上がり「暁はそこで待ってて!」と言い捨てて部屋を出て行った。
不安を感じながら待っていると、わりとすぐに、朝日がフレイヤ様と一緒に現れた。
フレイヤ様は先代の女王さまで、滅多なことでは北の塔から出て来ないらしい。
オレは、テスラに初めて来た日に面会したっきりだった。
そのときはわからなかったけど……今なら分かる。すごい力を持ったおばあちゃんだ。
そんなフレイヤ様がわざわざこの部屋に来るなんて。ユウはそんなにヤバい状態なんだろうか。
「アキラ。今も見えるか」
「あ、はい!」
「どんな状態か説明するのじゃ。われには見えんからの」
「えっと……」
オレはガラスの棺を覗きこんだ。左肩のところでうごうごしている。
「真っ黒い塊で、左肩のところにあって……左胸の方に行こうとしてじたばたしてるけど行けない、みたいな……」
「――闇じゃな。多分……間違いない」
そう言うと、フレイヤ様が何か結界のようなものを張った。
「よく聞け、アキラ。今から闇の浄化をしてもらう」
「えっ! オレが?」
「お前にしか出来ぬ」
フレイヤ様がずばっと言い切る。
びっくりしていると、フレイヤ様は朝日の方に振り返った。
「アサヒ、お前は少し離れていろ。蓋を開けたらフェルティガを吸収してしまうかも知れん。アキラの浄化が終わったら、再び棺にフェルティガを満たすのじゃ。どうしても漏れ出てしまうだろうからの」
「……わかりました」
朝日が青い顔のまま、扉のところまで離れた。胸のところで両手を握りしめている。
「よいか、アキラ。修業の呼吸を思い出せ。われが蓋を開けたらその見えている黒い塊に触れ、消えるところを想像するのじゃ」
「……はい」
「必ずできる。そして消えたらすぐに言うのじゃ。……よいな」
何が起きてるのか全然わからないけど――今ユウを救えるのは、オレしかいないんだ。
オレは目を閉じると深呼吸をした。最近ずっと習っていた……あの呼吸法を繰り返す。
だんだん心が落ち着いてきた。
自分の身体が、何かに覆われている感じがする。
「……いくぞ」
フレイヤ様の声が聞こえた。
オレが再び目を開くと、フレイヤ様が蓋を開けたところだった。すかさず両手をユウの左肩の上に重ねる。
温かい……だけどその奥に、嫌な気配が伝わる。
――消えろ……!
目を閉じる。さっき見た黒い闇が泡となって弾けるイメージをする。
その雫がオレの手に纏わりつく。払いのけたい気持ちをぐっとこらえて、その雫が蒸発して消えていく様子を想像する。
――ミ……カッ……!
黒い闇が何か言ったような気がしてぎょっとなった。
目を開くと、オレの手の下にあった闇は消えていた。
「消えた!」
慌てて叫ぶと、朝日が傍に駆け寄って両手をかざした。身体の前面からフェルティガを放出しているのが分かる。
「――十分じゃ」
フレイヤ様が蓋を閉めた。オレは思わず尻餅をついた。何だかくらくらする。
「暁……大丈夫?」
朝日がオレを抱き寄せると、膝枕をした。
「え……何?」
「じっとしてて。回復するから」
回復……?
でも確かに、今は起き上がるのもしんどい。
そのまま目を閉じて寝転がっていると、何だかポカポカしてきた。
そして――そのまま眠ってしまった。
* * *
目が覚めると、テスラでいつも寝起きしている部屋だった。
傍には朝日がいて「昨日はお疲れさま」と言ってにっこり笑った。
でも……何だか元気がない。
そのことを言うと、朝日が少しずつ説明してくれた。
ユウは左肩から腕を切り離される大怪我をしたんだけど、どうやらそのときに闇を取り込んでしまったんじゃないかってことらしい。
意識がなくずっと眠ってたからとり憑かれることはなかったけど、身体がある程度治って、精神がちょっと目覚めたらしい。
その隙に闇が活動を開始したけど、ユウに阻まれていたみたいだ。
だから……ひょっとしたら、精神の中でユウは闇と闘っていたのかもしれない。
目覚めると逆に危険だから目覚めなかったのかもしれないって、フレイヤ様は言っていたそうだ。
「でも……あのまま放っておいたら、ユウの精神がもたなかったかも知れないの。暁のおかげだね」
「……修業しておいてよかった……」
「そうだね」
多分、修業したから見つけられたんだよな。そうか。
「ただね……闇が動いていた間は身体を治す方に力を回せなかったみたいで……ユウが目覚めるまでには、まだ時間がかかるみたいなの」
「ふうん……」
「ユウが独りで闘ってたのに……全然気付かなくて……何もできなかった……」
朝日はそう呟くと、深い溜息をついた。
そっか……。それで元気がなかったんだ。
「仕方ないよ。朝日には見えないんだもん。闇の浄化はオレの役目だし」
「……」
朝日は少し驚いたようにオレを見た。
オレは背伸びをすると、ベッドから飛び下りた。
「朝日はフェルティガをあげるっていう重要な役目があるじゃんか」
「……そうだね」
朝日はようやくちょっと笑うと、ぎゅっとオレを抱きしめた。
「だから、暑い……」
「暁ぁ、二人で頑張っていこうねー!」
「わかったから、離してよー!」
じたばたしてみたけど、朝日の力は強くてびくともしなかった。
……でも、ちょっと身体が震えてる気がした。泣いてるのかもしれない。
そう思って、オレはしばらくの間、されるがままになっていた。
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