夜伽

※ヴィオレットとシェリルの「夜伽」となります。

百合要素が多分にございますので、苦手な方はご注意ください。


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 今宵、ヴィオレットが寝所に侍らせているのは、ラスティではなくメイドのシェリルだった。いつものメイド服を脱ぎ捨て、簡素だが質の良い寝間着ネグリジェに身を包んでいる。

 ヴィオレットも似たような格好だが、露出が多めのデザインで上にショールを羽織っていた。


 ラスティには枕だけを押し付けて寝所から追い払った。子どもではないのだから、自分の寝床くらい探すことはできるだろう。


 ヴィオレットはシェリルを鏡台に座らせ、短い栗色の髪に櫛を入れてやっている。

 いつもはシェリルがヴィオレットの髪をくしけずっているが、今このときは立場が逆転していた。従者を慈しむのも主人の務めだ。

 鏡に映るシェリルは、あるじの優しい手使いに恍惚の表情を浮かべている。


「ヴィオレット様。今日は本当にお疲れ様でした。……本当に、大事だいじございませんでしたか?」


 とろけていた少女の顔が、しっかり者のメイドの顔に戻り、ヴィオレットはわずかに口ごもる。

 本当に大事がなかったか、と言われれば肯定しがたいが、庇護すべき従者に弱音を吐くわけにもいかない。従者には強く凛々しい主人の姿を見せるのも、カルミラの民の義務だ。


「問題ないわ。オルドリッジ夫人の助力もあったし」

「近々、御礼に出向かねばなりませんね」

「そうね。……まぁどうせ来月あたりに、兄弟姉妹きょうだい誰かの誕生日会があるだろうから、そのときでいいでしょう」


 つい嘆息が混ざった。本音を言えば、毎月のように開催されるそれに出席するのはもう懲り懲りだ。

 かつてはオルドリッジ家各員の従者の誕生日会にまで呼ばれていたが、エドマンドに八つ当たりしてからは、それには招待されなくなった。


「いいえ、来月はございませんよ。次は再来月、次兄のウィリアム様です」

「……ああ、そう」


 物覚えのよいメイドを持って鼻が高いが、ヴィオレットからしてみれば、そんなことに記憶容量を使うなど無駄の極みだ。


「シェリルはしっかりしてるわね」

「恐縮です」


 と、メイドは鼻息を吐いて胸を張った。そのしたり顔も可愛らしい。

 それからはまた黙して髪の毛のケアに徹した。豚毛のブラシが、少女のもつれた髪を解きほぐし、艶を出していく。


「もう髪は伸ばさないの?」


 ふと気になって問いかけると、シェリルはやや戸惑いを見せた。


「はい……短い方が楽ですから」

「結えばいいじゃない」


 かつて、少女の栗色の髪は背中まであった。それを女中の仕事には邪魔だと切ってしまったときのことを思い出すと、ヴィオレットの心はきりりと痛む。


「伸びかけのときに困ります。ハネたり顔にかかったりで、見苦しい姿をさらすことになります」

「そんなの、気にしないのに……」


 悲しい気持ちを紛らわすように、ヴィオレットはシェリルのうなじにくちびるを寄せた。途端、少女は婀娜あだめいた吐息をこぼす。


「さぁシェリル、こちらへきて」


 手を取り、優しい声で寝台へ導く。だがそれは房事――すなわち吸血行為への誘いに他ならない。

 ベッドの傍らまでやってくると、ヴィオレットはシェリルを姫君のように抱き上げて、シーツの雪原へとそっと横たえた。


 抵抗することなく無防備な様を見せるシェリル。その小柄な体躯にヴィオレットは覆い被さる。四肢を踏まぬように丁重に、けれど逃れ難いように脚の間に膝を割り込ませた。もはやショールは邪魔で、ひらりと片手で払い落とす。

 燭台の炎が、少女の紅潮した頬を照らし出した。のぼせ上ったような表情のまま、シェリルがつぶやく。


「あの、ヴィオレット様……」

「なぁに?」

「あの……」


 わずかに視線を泳がせたあと、シェリルははっきりと言った。


「今宵は、わたくしだけのヴィオレット様になってくださいますか?」


 いつもはワガママなど言わない少女の切願に、ヴィオレットは目を見開く。最近はラスティばかりに構い過ぎていたし、今日は本当に心配をかけてしまった。


 いや、もともとシェリルは、従者たちの中では『末妹』のポジションにいたはずだ。甘やかされ可愛がられて、皆を『お姉さま』と呼んで後をついて回っていた。

 ――それらがすべて喪われた、あの日、あのときまでは。


「ええ、もちろんよ。私の可愛いシェリル。……寂しい思いをさせたわね」


 心の痛みを押し殺し、ヴィオレットはシェリルの頬を撫でる。


「ああ、うれしい……」


 うっとりと甘えた声がいじらしく、ヴィオレットの吸血衝動が高まる。けれどすぐさま牙を立てるのはあまりに性急、あまりに無粋。

 まずは優しいキスから。額や頬、鼻先、顎、ほくろの上。最後にくちびるをついばむ。おずおずと差し出された舌を食み、少女の咽喉から漏れた吐息を耳で愉しむ。


 それから、花を愛でるように指先でシェリルの全身をまさぐり、最後に夜着の襟元をはだける。

 成熟し切らぬままヒトの摂理から外れたシェリルの肉体は、まろみを帯びた少女のまま。だが、乳房はヴィオレットのものよりも格段に豊かだった。


 左の膨らみにそっと口づけ、赤い跡を残す。戯れに先端をかじると、びくっと震えたあと、身を捩って逃れようとするから、優しく拘束する。


「はぁ、ヴィオレット、さま……」


 シェリルの息はすでに激しく乱れていた。これから始まる『交情』に心身を逸らせているようだ。

 二人の喉が、同時にゴクリと鳴った。

 ヴィオレットの口内に控える牙が鋭く伸び、柔肌を突き破るときを今か今かと待っている。いよいよ我慢も限界だ。


 少女の細い首筋を軽く吸うと、身体がぎくりと強張った。最初に訪れる痛みはどうしようもなく、それを恐れるのは仕方ない。

 わずかな憐れみを感じながら、肉に牙をめり込ませた。


「――っ、あぁ――」


 シェリルの身体が跳ね、悲鳴が途切れた。くちびるを噛み締めてこらえたのだろう。

 甘い甘い体液がヴィオレットの口腔に流れ込んでくる。舌先で吟味し、ゆっくり嚥下した。すぐにもっと欲しくなり、強く啜って大量に求める。


 背中に回されたシェリルの腕が、ヴィオレットの身体をへし折らんばかりに締め付けた。

カルミラの民の従者となった者は人間を遥かに上回る剛力を手に入れる。みしっと音を立てたのは床か寝台か、はたまたヴィオレットの背骨だろうか。

 さりとて、その痛みさえ心地よい。従者へと最大限の愛を与えている証拠なのだから。


 ある程度満足したあとは、舌先で柔肌をなぶりつつ、少しずつ啜っていく。あまりズルズルと水音を立てるのは好ましくないため、慎重に、緩慢に。

 だが、それがシェリルへの甘い加虐となる。


「ひッ――ううっ」


 歔欷きょきの如き悲鳴がヴィオレットの心に染み入る。同時に胃袋へ流れ込んだ血液、そこに含まれる不可視のエネルギーが全身へと行き渡り、力がみなぎる。


「ああ……うれしい、ヴィオレットさま」


 あるじから愛される喜悦に、感極まったような声をあげるシェリル。けれど、吸血本能に支配されていたヴィオレットの心に、わずかな理性が戻る。

 ――この娘は、本当に心から喜んでいるのだろうか。

 カルミラの民の誘惑能力が作用して起こる、まやかしの感情ではないだろうか。


 それを思うと、ずきりと心が痛んだ。その疼痛を無視して、強くシェリルを抱き締める。


「……ィオレット、さま……」


 感極まり涙を流すシェリル。その涙は美しく、まやかしであるとは到底思えない。思いたくはない。


 今や、ヴィオレットの手中にあるのはこの娘だけ。従者を増やすことは容易だが、到底そんな気になれない。

 だから今はこの娘を、心の底より慈しみたいと強く思う。



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ネグリジェ:上下繋がった寝間着。当時は男女ともに着用。セクシーなものを想像してはなりません。

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