女を口説く態度ではない

 しかし、屈辱的ではあるが、怒りを抑えて言わねばならない。

 大切な『家族』を守るために。


「私はここ数年ほど、従者の血しか吸っていない。……わかるだろう」

「ああ、わかるとも。以前ほどの覇気は微塵もない、ただのしなびた女だ」


 この上ない侮辱に、ヴィオレットはこめかみを引きつらせた。

 カルミラの民は、従者の血液だけでも生き延びることはできるが、強大な力を保持し続けるには、人間の生き血を摂取せねばならない。

 けれど、ヴィオレットはそれをするのが怖かった。

 血を吸った人間に嫌悪され、蔑みの眼差しを向けられることが。


「どこぞの輩が、私の姿を騙って人間の少女を殺して回っているのはまことにいきどおろしいことだ。だが私には犯人の目星もつかない。それの捜査は、お前たちに任せたい」

「まぁいいだろう。我々としても捨て置くことはできない」


 妙に物分かりがいい男に対し、ヴィオレットは怪訝な目を向けた。グレナデンは難儀そうに嘆息すると、背もたれに深く身を預ける。


「だが、別件でも近々赴こうと思っていたところでな。そちらの用件も聞いてもらえるか」


 嫌な予感しかしない。ヴィオレットはそれを思い切り態度に出してから促した。


「……言ってみろ」

「ハリー・スタインベックの件だ」

「――!」


 ヴィオレットは動揺を隠すことができなかった。右目の奥が鋭く痛み、顔をしかめる。

 そんなヴィオレットに冷たい視線を向け、グレナデンは傲然と言った。


「奴は我々カルミラの民の汚点だ。その『製造元』である貴女に責任を取ってもらいたい」

「責任……? わ、私に殺せと……」


 声が震え、語尾が途切れた。


「いいや、奴の『処分』も我々が執り行う。今の貴女にそれができるとは思えない」


 またもや侮蔑が降ってきたが、それに怒りを抱く余裕はなかった。


「ヴィオレット・L・マクファーレン」


 グレナデンは、もったいぶるようにヴィオレットのフルネームを口にした。少し間を置き、緩慢に言葉を紡ぐ。


「早急に子を成し、その血を残せ。貴女が継いでいる『L』の名を、一刻も早く子に継承しろ。力の一部を奪われ、屋敷に引きこもっている女を『君主』として戴くのはカルミラの民全体の恥辱だ」

「な……っ!」


 ほんのわずか放心したあと瞬時に頭が沸騰し、ヴィオレットは立ち上がった。弾かれた椅子が二転するほど、猛烈な勢いだった。


 子どもを作ることを強要されるなど、家畜同然。自由を愛するカルミラの民の女にはこの上ない屈辱。

 瞳に炎を燃やし、眼前の男を睨み据えた。

 グレナデンもまた、凍えるような目でヴィオレットを見つめてくる。そして冷えたままの声で、ただ淡々と言った。


「手頃な男を見繕えぬのなら、私でもよい」


 それは、『仕方がない、我慢してやる』という舐め腐った物言いだった。女を口説こうとしている男の態度ではない。


「グレナデン……っ!」


 怒りで戦慄きながら、その名を呼ぶ。


「それ以上、戯けたことを言ってみろ……! 私が本当に萎びているか、その身に刻み込んでやる……!」


 低く震える声は、凶暴な肉食獣のうなりの如し。

 けれど対するグレナデンは口角を上げるのみ。


「それはまこと愉快。貴女の力が如何に衰えているか、ぜひ教示願いたい」


 慇懃いんぎんに言ってから、悠然と立ち上がる。切れ長の目を細め、ヴィオレットの全身を視線で舐めた。


「いかに宵闇の女王とて、四肢すべてを折られれば身の程を知るに違いない。ひいてはさぞ慎み深い淑女となり、次の『春』には従順に出迎えてくれるだろうな」


 要するに、次回の発情時には屋敷に招待しろと言うことだ。折檻し、恐怖を教え込んだ上で。

 女を愚弄する言葉をよくもここまで思い付くものだ。その鼻柱を、いや、いっそのことくびをへし折ってやりたい、とヴィオレットの心中に凶悪なものが芽生え、室内に重苦しい圧が満ちた。

 だが――。


 ――やめなさい、ヴィオレット。

 わずかに残る理性が制止の声を発している。


 ――今のお前では勝てない。『力』を失った上に、しばらく人の生き血も飲んでいない。ここで激情に身を任せたところで、相打ちがいいところ。ここは敵地のようなものではないか。


 ――それでもやらねばならぬ。受けた屈辱は返さねば、この身に流れる血の矜持が腐る。

 そう、本能が闘争せよと叫び、肉体を突き動かそうとしている。例えこれが、グレナデンの計略だとしても。


 ヴィオレットの激憤と、グレナデンの冷眼がぶつかる。まさに一触即発。

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