ニンジン娘と灰色の狼

「ダイケン様。連れてまいりました」


 いわゆる執務室のような場所に通され、俺はネギーラの後についていく。

 礼儀はわかんないけど、顔を上げないほうがいいだろう思って顔を伏せていたが、やっと許可が出て顔を上げると、そこにいたのは駄犬だった。

 ダイケンっていうのは、飼い犬だった駄犬だった。

 ギャグじゃない。本当。


「ハルヨシ。俺様はダイケン・シュスールだ。狼族の正式な後継者なんだぞ。敬え」


 駄犬は高級そうな椅子に踏ん反りかえっていた。

 駄犬――もうこの言い方も違う。 

 だいたい、犬じゃなかった。狼だった。

 狼の顔に人間の体をしている奴は、大きさは140センチくらいで、声も変声期前の甲高い声だった。多分、子供なんだろう。

 

「ハルヨシ」


 ネギーラがいらだったように俺の名を呼び、しかたなく頭を再び下げた。


「よしよし。今日からお前は俺専用の召使だ。こき使ってやるから覚えておけ」


 ああ、いらいらする。

 そう思ったが、なんだから隣のネギーラから冷え冷えとした視線を感じたので、おとなしく頭を下げたままにした。


***

 

「それでは、ハルヨシ。仕事内容はこのキャロから聞くように」


 駄犬、いやダイケンの部屋から出た俺にネギーラは一人の女性をつけた。

 女性、まあ女性に間違いない。

 葱男の次は、今度はニンジン女だった。オレンジ色の逆三角の顔をしていて、髪はネギーラより少し薄い緑色、それを高い位置でポニーテールにしていた。長袖から出ている手は顔を同じくオレンジ色をしていた。


「はじめまして。ハルヨシ。私は使用人頭のキャロです。坊ちゃんの直属ということを聞いております。おかしなことはしないようにしてくださいね」

「おかしなこと?」

「たとえば、いたいけな坊ちゃんにキスをしようとしたり」

「するわけないだろう。あんた馬鹿か?」

「減点10ですね。後ほどネギーラ様に伝えておきましょう」

「は、え?それはちょっとすみませんでした」

「一度はチャンスをあげましょう。それでは、仕事の説明をしますね」


 キャロは根に持たないタイプらしく、ちょっとした詫びで許してくれて、俺の仕事について説明してくれた。そのほかにも飯の時間、風呂の時間も教えてくれたけど、風呂に入っている姿を想像して、なぜか野菜の姿煮を想像してしまい、あわてて首を振った。


 俺の仕事は、要はダイケンの小間使いだった。

 掃除全般は別の者がやるから、ダイケンのそばにいて、彼の命令を待つ、そんな役割らしい。

 所謂パシリかと理解したが、あの駄犬に使われると思うといやな気持ちになった。

 が、俺に選択肢はないようだし、気持ちを入れ替えて、ダイケンの部屋に向かった。


「入れ」


 ノックをすると、奴の偉そうな声を聞こえ、俺は部屋の中に入る。


「ふははは!来たか!まっていたぞ。ハルヨシ!どうだ、女になって俺様の召使だ!絶望的だろう?」


 奴は羽織っていた赤マントを振り払い、高笑いをした。

 

 ――確かにいやな役割でわけがわからない。だが絶望的ではない。しかもなんかこんな風に高い笑いされたら逆に凹んでなんかいられない。


「なんだ?ショックをうけていないようだな」

「いや、別に。坊ちゃん」

「坊ちゃん言うな!」

「だって、他の人みんなそう呼んでるぞ?」

「他はいいんだ。他は。お前はダイケン様と呼べ」


 ダイケンは、ざまあ見ろというような態度でいたので、なんだから対抗意識が燃え上がる。絶対にあいつにいやな思いをさせる。

 そう決めると、俺は勝負に出た。


「それならダイケン様と呼ぶからな。俺一度死んだんだろ? 生き返らせてくれてありがとうな。しかも女の子じゃん。めっちゃくちゃ嬉しい。一度女の子になりたかったんだ」

「は?」


 ――効いてる。俺の反応は予想外だっただろう。この駄犬め。


「女の子はいいぞ。ああ、ダイケン様にはこのよさがわからないだろうなあ。残念。お可哀想に」


 重ねて言ってやると、奴の体が怒りのためプルプルと震え始めた。

 人狼って気持ち悪いと思っていたが、そんなことなかったな。

 狼の顔が困っていて、握りこぶしを作っているぞ。


「くそう!全然堪えてないじゃないか!」

「うん。全然。さあ、ダイケン様。俺は聞きましたよ。これから家庭教師の人が来られるようじゃないですか。さあ、勉強しましょうか」


 キャロから聞いたダイケンの苦手な予定を言ってみると、彼は泣きそうになる。


「お茶の準備でもしてくるな。じゃあ、がんばれよ」


 俺はざまあ見ろと思いながら、部屋を後にした。


 ――ちょろい、ちょろい。大体、俺を召使にしていじめる予定だったらしいが、甘いな。


 お茶にクッキーのお茶セットを置いたトレイを持って戻ると、すでに家庭教師が来ていた。

 家庭教師も野菜の一種かと思ったが、意外にも狼だった。

 灰色の狼で、ちょっと知的な感じがした。


「おやおや、これはかわいいお嬢さん。ダイケン様が異世界から連れてきた子ですか?」

「は?え?」


 なんか距離が近いぞ。

 いつの間にかトレイを奪われ、それは使っていない方の円卓に置かれた。そして家庭教師は俺の手を握る。

 人狼っていっても、手は人間と同じなんだな。

 そんなことに感心していると、距離はどんどん縮まり、俺の腰に別の手を置きやがった。

 気色悪い!


「おお、これは失礼。人間の姿のほうが好みですかね」


 そこじゃない!

 と突っ込みを入れそうになったが、奴は顔を変えやがった。

 ワイルド系の色男になり、腰をさすってくる。


「き、」

「レパード!やめろ」


 張り倒そうと思った矢先、ダイケンが声を上げて、レパードと呼ばれた家庭教師は俺から離れた。その場に座り込みたくなったが、それは情けないと必死に気を保った。

 男に迫れたくらいなんだ。

 手を握られ、腰を触れたくらいだぞ。

 だけど、これでちょっと痴漢された女の人の気持ちがわかったぞ。


「ダイケン様。やきもちですか?ははは。まだまだお早いですよ」

「そんなものではない。ハルヨシは俺の召使だ。気安くさわるのではない」


 俺のって、まあ、仕方なくそうだけど。

 何か気に食わないなあ。


「俺の、ですか。ダイケン様。言われるようになりましたね。さあ、少しお茶でも飲みましましょうか」


 さっきの浮ついた様子はなんだったのか、レパードは狼顔に戻ると、トレイを置いた円卓に、ダイケンを招く。

 ああ、俺、召使だった。

 自分の立場を思い出し、円卓に近寄る。

 ポットに入ったお茶をカップに注ぎ、二人の前に置いてから、とりあえず壁際に移動した。

 我ながら召使っぷりに褒美を上げたいくらいだ。

 いや、召使っぷりっていうのもなんだけど。

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