街 (2)
お菓子屋の女が紹介してくれた店には、人喰いワニがいた。
いや、失礼か。爬虫類の亜人だ。そのままワニの頭が蝶ネクタイの服を着た人の体にくっつき、トゲトゲしい尻尾は太く、床を引きずる。店の奥から出てきた姿にギョッとして私は後ずさり、クローサーの影に隠れた。
「おやおや、ワニの亜人は初めてですかな? 兎さん」
「しゃ、喋れるのか」
「はい、いらっしゃいませ」
シックな雰囲気の店内は所狭しと物が陳列され、色々なものが揃っていた。武器は少しだけだったが、防具類が多く見られ、鎧やブーツ、羽付き帽子にその他よく分からない広げられた皮や鱗が天井にまで吊るされている。全体的に埃っぽく、客は一人もいなかった。
「なにかお探しですか?」
「私ではなく、この子が商談に」
「んー?」
細い瞳孔の目が私をまた見下ろし、ガパッと口を開けて微笑んだ?恐れてはいけない、私は金を手にしたいのだ。
負けてはダメだと一歩前へ進み出た。
「ピグ、ピグミ、素材を売りに来た」
「見せて」
声がした方に顔を向けた。カウンターの奥から尖った猫の耳がピクピクと動きながら突き出ている。
豹紋の尻尾、柔らかそうな山吹色したくせっ毛を腰まで伸ばした、ずいぶん若い猫科の亜人の男だった。
私はワニに背中を向けないようにじり寄って店奥へ、カウンターの向こうにいる男を見上げた。さっきの女のように、こちらも猫科らしさのある可愛らしい顔をしている。
私はクローサーのカバンから一枚布を取り出した。藍色の糸で織られた輝く絹だ。
「驚いたな、これは貝子糸か? こんなに大量によく見つけたものだ。それに色までついている」
「貝子糸を採取してドワーフの土魔法で染色してもらった。その村は太陽の恵みと魔力を持つ土の隠れた名跡、大地の力を込めた糸だ。人の手で丁寧に加工された糸は、虫を寄せつけず肌荒れも防いでくれる」
猫とワニが小声で喋りながら、絹を細かくチェックしている。しっかりとした強度にも驚いているようだ。布の面積を測り軽量している。
見るからに目を輝かせる二人、私がじっと見返すと猫の亜人は慌ててつまらなそうな顔をする。
「いいだろう。素材自体が欲しかったが布にしてしまっていて仕方ないが、まぁ買い取ってやろう……」
「さらに、今日はもうひと工夫したものがこちらに」
「「おおっ!」」
その声を聞いてよし、と心でガッツポーズをした。
「先程言い忘れていたがこちらも同じく、とある聖地に住むエルフが状態魔法を込めながら丹念に織った布。その上からさらに効果を強める刺繍は絵によって強みが違う。たとえばこれは鹿の子柄といい、鹿の肌模様を描いている。鹿は神の使い、司祭や魔法使いの装備に強い意味を持たせるだろう」
私の饒舌ぶりに三人は舌をまいて黙っていた。私自身こんなに喋れるようになっていたのに驚きだ。欲求とは、人の能力を極限まで高めてくれるのだろう。
「見てわかる通り、この美しい色の光沢と模様は芸術作品と言っても過言ではない。幼い私でもわかる。さらにドワーフとエルフは仲は良くないので、これらはまたとない品。この合作の布を作れる地は私だけしか知らない。なんならこの店で情報ごと売ってもいい。制作場所を知るのはこの店だけ、専売できる」
布の山に埋もれて唖然とする二人に私は口角を少し上げ笑いかけた。その表情を見たクローサーが顔を引き攣らせ、一歩引く。私が必死に交渉しているのに、無粋な男だ。
必死にペンを走らせ計算をするワニと、無意識だろうか上の空で絹を撫で続ける猫の店主。私は時間が勿体ないとばかりに、タンタンと足を鳴らして二人を急かした。
ワニが腰を低くし、手のひらサイズの重そうな麻袋を重ね金額の紙を提示した。
「お、お待たせ致しました。この金額でいかがでしょうか?」
「ぬるい」
口をパクパクしてワニが悲鳴をあげた。固まるクローサーの体によじ登り、私は相場もわからないのに、ジャラジャラ鳴る金貨の袋が積まれたカウンターを見下ろした。
もう充分すぎたかと見計らっていると、店主がカウンターに潜り倍の袋を積み上げた。
「あんたには感服した! 俺達もせこせこせず、これからは路線を変えていいものだけを作って胸張って品を売る! 素材の良さは採取レベルの高さ。冒険者はそれ相応に皆が生命張ってんだ、もってけッ」
血走った目をした猫の亜人はガリガリと服の設計をしだした。次々と紙が宙を舞い、店内を駆け回り出したので騒がしくなった。ドワーフの集落とエルフの集落の案内をクローサーに紙に書いてもらい、煽りすぎたかもしれない後ろめたさから、私達は金をバックに詰め込むと、そろそろっと忍び足で扉に向かった。
静かに出ようとして、肩を叩かれた。凶暴そうな牙の並んだワニがいつの間にか背後にいた。
「店主の創作意欲に火がついたようです。ありがとうございます……あと先程の商品の説明と口上、参考にさせていただきます」
ワニが微笑んで扉を開けてくれた。私達は無事店外に出て、お互いホッと胸をなでおろした。
「すごかったなピグミ、口調ひとつで素材があんな大金になるとは」
「みんなの誇りがあったおかげ」
「そうだな、仕事とはすごいものだよな」
少し寂しそうな顔をしてクローサーは私の手を取ってくれた。クローサーの意見には同感だ。仕事とはすごい。
私が見つけたあの糸が技術の輪を巡ってお金になった。あの素材はまた人に使われてどこかで誰かの助けになり、またどこかで誰かの技術が始まる。
人の営み、技術の輪っか。仕事ということに強い関心を持つ日になった。
その輪を自ら離れたクローサー。私は理由をまだ知らない。繋いだものを離さないで。このまま離れていかないで。
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