ドワーフの村 (1)

 



 私の住んでいた場所にはなかった森というものに足を踏み入れると、植物が自由に生きている自然に驚いた。


 生きているのか死んでいるのかわからない枯れ木ではなく、地に根を張り枝につけた葉でさえも脈を持っている。水分の多い地面で泥だらけになったが、乾いた空気ではなく、濃いくらいの植物の吐息が漏れ続けている。


 群生しすぎた緑の空気は鼻を刺すくらいの衝撃だったが、馴れると肺に心地よいものだ。


 滝の下流にあるマテリヤの村はドワーフの集落だった。入り口にドワーフの門番がいて、クローサーが言葉を交わすと快く迎え入れてくれた。人の住む村は初めてだ。


 本当にあの屋敷以外に人が住む場所があった驚きから私は戸惑いと緊張を覚えた。クローサーが私の手を握り、見上げると微笑んでくれた。その手に導かれるまま私は人の住む世界に足を踏み入れた。


 村の様子は私の住んでた屋敷と全く別ものだった。地面は相変わらず泥でぬかるんでいたが、見上げるほど高い木の上や剥き出しで盛り上がった根の隙間を使い、自然の形そのままに変形する家が等間隔で並んでいた。門番に最初は村長に挨拶をと言われ、案内され集落を進んだ。


 村の奥の開けた場所に、樹齢何年かも計り知れない背の高い大木が光を受けて佇んでいた。複雑に絡み合った木の根っこの隙間と共生するように家があり、リスや鳥が枝で休む。小さな扉は木に形を合わせ、歪曲した煙突からは煙がもくもくと出ていた。


 根を登り、小さな扉から背をかがめたクローサーが先に中に入ると、私も続いた。木の中の家は天井が高く、木製の家具に囲まれていた。家の中では白髪の老人が揺り椅子で小窓からの光を浴びていた。


「長老ーーッ、起きてらっしゃいますかー?

 旅人をお連れしましたよー」


「そんなに大声でしゃべらんでも聞こえとるわ!

 老人扱いしよって……ああ、ようこそ稀人の方」


 皺くちゃな老人は手を差し出しクローサーと握手を交わした。続いて私も進み出て老人の手を握り目を見交わした。優しい茶色い瞳は私の目から頭の耳に移動するとクローサーを見上げた。


「この子は砂漠の先の地で保護した子です。私は吟遊詩人ですが、教会まで彼女を案内しています」


「そうか……あの地にまだ人がいたのか」


 悲しげな瞳が私を見つめ返すと憐れみの目をして何度も頷きながら私の傷だらけの手をさすった。


「ゆっくりしていかれなさい。ここは太陽の滝の村、土を浄化する光が君の傷を癒してくれますように……」


 老人は悲しげなその瞳を閉じた。



 長老の家を出ると待ち構えていた村人に囲まれた。カラフルな花が一人でに動いているのかと思った。住民は鮮やかな服を色とりどりに着ていて、木の上や家々から次々と出てきた。


 旅人は珍しいようで、手を降られ歓迎してくれた。私の住んでいた屋敷にドワーフの奴隷もいるには居た。彼らは単純な水汲みや地味な作業を嫌い、道具の修理や屋敷の修繕は嬉々として励んだ。無愛想で、気難しく、頑固な彼らは意見を曲げず、ほとんどのドワーフは屋敷の主人に反抗してなぶり殺されて死んだ。


 それを見ていたので驚いた。ここのドワーフの人もヒューマンのクローサーより頭二つ分小さいという事、大人は髭を蓄える男が多く肌が黒いものが多いということ、その点に変わりはなかった。


 だが、この住民は色鮮やかな染色を施された服を着ていて、その色のように明るく、満面の笑みを包み隠そうとしなかった。コロコロと動き回り、みな明るかった。


「まぁー! 黒髪のヒューマンなんて初めて見たわ、ようこそマテリヤの村に」


「綺麗な顔してるわー」


 若い女の人に囲まれてクローサーを見上げる顔はうっとりとしていた。この顔を綺麗だと思うのは私だけではないようだ。共感もしたが、私は手に力を込め離されないよう両手で掴んだ。大勢の人に囲まれて恐ろしさもあった。


「母ちゃん! この女の子うさぎの耳が染色されてる」


 子供のドワーフが私を指差すと、母親だという女に口を塞がれ羽交い締めにされていた。私の獣耳は奴隷の証に生まれた時に染色された。この村には奴隷というものは存在しないのだろう。


「君は兎の亜人だね、ようこそ」


 若い男のドワーフが握手をしてこようとしてくれたが私はクローサーから手を離すことをやめたくなかった。


「すみません、この子は閉ざされた空間で育ったようでまだ人に慣れていません」


 周りのドワーフが私の耳に目を集中させた。


「そうか、可哀想に。お腹が空いてるだろう。良かったら村で歓迎の祭りをさせてくれ。みんな、宴会の準備だ!」


 村の人が腕を突き上げ歓声をあげた。その顔には待ちわびたものを喜ぶ笑顔に溢れ、私たちは突き動かれるまま移動させられた。


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