最強魔法使いはどうしてもラブコメがしたい

暮影司(ぐれえいじ)

  

「うおおおおお!」


 俺は魔力を集中させる。もはやどんな魔法でも扱えるという自信はあるが、いまだかつてこのような大魔法を使用した魔法使いはいるまい。


 召喚魔法。それは他の魔法よりも難易度が高く、大魔法使いと呼ばれる者しか使用できないクラスの魔法だ。物体ならともかく、意思のある生物を召喚するのは非常に難しい。まして、この世界にいる生物ならいざしらず他の世界、つまり異世界から召喚するなんてのはまさに至難の業。更に難しいのは、そうそういないレアな存在の召喚だ。時間軸すら異なる相手を召喚するということになるからである。


 違う世界の違う時間軸の非常に稀有な人物の召喚。


 今から俺が行うそれはこの世界で最強の生物、ダークドラゴンを召喚することよりも遥かに難易度の高いことに違いなかった。


「いでよ!!」


 俺はロッドを振りかざす。

 夕暮れの大草原に突如発生する稲光。ピシャーンという音とともに、草が燃える匂いと煙。その中から現れたのは――


「遅刻、遅刻ぅ~~~!?」


 よし、成功だ!

 伝説の”食パンを咥えながら走って登校する女子高生”を召喚したぞ!


「よっしゃ、後はぶつかるだけだ!」

「何をやってるんだ、君は~~~ッ!?」


 すぱーんとツッコミをいれてきたのは、サナディ。一緒にパーティーを組んでいる唯一の仲間だ。役割はレンジャーということになっている。まったくすぐに手を出すとか乱暴だろ。これだからリアルは……。


「あのな? 召喚するのダークドラゴンより難しいんだぞ? 二十倍は魔力を使ったぞ」

「なおさら何をやってるのぉ!? 大型のモンスターに襲われてる最中なんですけどぉ!?」


 たかが象より少し大きい程度のモンスターが暴れているってだけだろ。大げさなんだよこいつは昔から。


「適当に戦っとけよ負けヒロイン」

「負けヒロインとは何だー! ってほんとに何?」


 サナディは肩口まである金髪を揺らして小首を傾げる。ええい、幼馴染は負けヒロインという常識も通用しないのか。

 とはいえ、異世界に存在するというラブコメというジャンルの物語を読んでいるのはこの世界でおそらく俺だけだ。女子高生という概念すら理解できまい。


 俺は高い魔法力とありあまる魔力を使用して異世界から書物を召喚。それを読むことを趣味としていた。その中でもとりわけ魅力的だったのが日本のコミックだ。あのような絵をふんだんに使用した読み物を量産するなんてなんという文化の豊かな世界なのだろう。こんな竜やら天使やらがうろうろしていて剣だの魔法だの使っている世界の住人からすると憧れの世界だ。

 うっかり暴走した巨大サーペントにぶつかってそっちの世界に転生できないものか。ラッキースケベのスキルで無双したい。


 残念なことに俺はそんな夢みたいな存在ではなく、ただの魔法使いであり、他の人より多少魔力が強いだけだ。なんでこんなつまらない世界に生まれてしまったのか……。

 せめて敵が結構強くて、徐々に強くなって倒していくみたいな過程があれば楽しめるのだろうが、はっきりいってあらゆる敵が雑魚すぎて何も面白くない。やろうと思えば一人で魔王を倒してこれるだろう。倒したら最強の魔法使いなんて無職だし。存在理由を無くしちゃうからするわけない。


 よって日銭を稼ぎながら、異世界の書物を読んだり、魔法を使って遊んでいるわけだが、今はラブコメにハマっている。

 高校という概念はまだよくわからないのだが、とにかくラブコメにおける女子高生の比率は高い。異世界人はどれだけ女子高生が好きなんだよ。俺も好き。なんなのあの制服っていう衣装、可愛すぎるだろ。


 そんなわけで異世界から女子高生を召喚してみたのだ。魔王を倒すより遥かに膨大な魔力を必要としたが、その甲斐はあったようだ。パンを咥えたセーラー服の女子高生可愛い! この世界にいる妖精だのエルフだのではとても太刀打ちできない!


「何この世界!? 変な動物いるし!? ふえええぇ~~ん」


 あまりの可愛さにぼーっと見ていたら、遅刻して大急ぎで走っていたところをピンポイントで召喚した女子高生はどこへともなくあっという間に去ってしまった。なんてこった。


「あ~っ、曲がり角でぶつかってパンチラを見た後、教室で転校生として紹介されて、あーあのときのーから始まるという少女漫画みたいな典型的ラブコメが始まるはずだったのに」

「ねえ、ほんとに何言ってるの!?」


 サナディはこれほどベタな設定ですら理解できないようだ。マジックアイテムの詳細だの罠の解除の仕方だの勉強してないで少しは漫画を読めといいたいね。あと冒険者として旅をする仲間としては料理を覚えて欲しい。

 まぁ女子高生はおそらく数分で元の世界に帰る。この世界の説明をしている間に戻ってしまうだろうから、ラブコメ展開になるのはさすがに無理だろう。一瞬でも姿を拝めてよかったといったところだ。


「それよりベヒーモスをどうにかしてよ~」


 そんな名前なのかあのモンスターは。ほんとどうでもいいことに詳しいな。そんなことより金髪ツインテールのツンデレキャラとか、ぶりっ子あざとい後輩キャラなんかの属性を覚えるべきだろ。


 そうだ。


 俺はアイデアを具現化するべく、呪文を詠唱し始める。周囲には風が舞い、ロッドは光始めて、魔力の集まりが誰の目にも明らかになる。

 魔法の発動に身構えるベヒーモスとやら。お前のような下等モンスターが思っているような魔法ではないのだ。火だの爆発だのを起こさせるとしたら大間違いだ。


「変われ!」


 異世界召喚よりは魔力を使用しない変化の魔法。これでベヒーモスを別の生き物へと変化させるのだ。


「うごおお~!」

「よし、成功だ!」


 ベヒーモスは、美少女に変化した!


「ってまた何をしてるのよ~ッ!? 普通に退治しなさいよ!?」

「それじゃラブコメにならないだろ」

「だからラブコメってなんなのよぉ~!?」


 昔から一緒にいるのに話の通じないやつだ。これだからリアルは……。


「見ろ、この獣耳。可愛いだろ」

「どこがよ!?」


 このベヒーモス娘の可愛さがわからんとは。尻尾振ってるし。萌え。


「うごー」

「そもそも会話成り立たないじゃない!?」

「わかってねえなあ、話が通じないところがまた可愛いんだろうが」

「ええー!?」


 まるで中身はただのモンスターなんじゃないかと思うくらい知性のない動きを見せるベヒ子。知能が低い獣娘とかいいじゃないか。なんでもっと早くこれをやらなかったんだ。耳と尻尾だけが本物っぽい獣で、あとは獣の革で作ったであろうベストとスカートという服装だった。かーわいい!


「うがー!」

「ぷろっ!?」


 顔面パンチを食らった!

 ぽひゅーんとすっ飛ぶ俺。でも「ぷろっ!?」って言いたかったからちょっと嬉しい。


「ほら、そりゃ中身がベヒーモスだからそうなるよ」


 呆れた顔をしている幼馴染。全然わかってない。


「あのな、パンチを食らってすっ飛ぶっていうのはラブコメの王道なんだよ!」

「はあ? 鼻血出しながら何言ってるの?」

「鼻血を出すのもラブコメの基本なんだよ!!」

「馬鹿じゃないの……?」


 ブルーの瞳でこれでもかというくらい蔑んだ目で俺を見るサナディ。冒険者仲間が血を出してぶっ倒れているというのに。やれやれだ。


「ほら、追撃されるよ!?」

「む、むごっ!?」


 倒れたままの俺にマウントポジションをとってきたことで彼女の股間で俺の口が塞がれている。これこそいわゆるラッキースケベってやつじゃないですか!? 実際には本気で息が苦しいですけど! ぱんつも毛皮だからでしょうか!?


「もががが」


 あまりの苦しさにベヒ子をどかそうと手を出すと張りがあって弾力のある膨らみが両手に。ああっ、凄い! まさにラッキースケベ! 普通はこの後でパンチを食らうのだが順序が逆だったのが惜しいところ。

 もみまくったら、飛び退いて俺を睨みながら胸を抑えて赤面するベヒ子。いいぞいいぞ!


「見ろ、おっぱい揉まれて恥ずかしがってるぞ。可愛いだろ?」

「そんなの私でも恥ずかしいよ!? むしろベヒーモスの胸を揉みしだいて満足げににしてるやつと一緒に居たことが恥ずかしいよ!!」


 サナディは両手で顔を覆ってぺたんと尻を落とした。ベヒ子より胸が小さいからってそこまで落ち込むこともないだろうに。


 ベヒ子は獣耳をぺたりと寝かせて、しっぽも元気なく地面に垂らしている。ふーむ、これではラブコメになっていない。なぜだ。


「がうー、がうー」


 言葉が通じていないから? 違う気がするな。はっきりいって獣人とか好きだな。まともにコミュニケーションできないという属性、ありですよ。


「ぐるる」


 容姿が俺の好みじゃないから? そういうわけでもないな。はっきりいって獣娘とか好きだな。顔も猫顔というか丸っこくて目も大きくて可愛らしいことこの上ない。


「がああ~!」


 俺のことを好きじゃないから。んー、近づいた気はする。でも、はっきりいってそれはラブコメと呼べるのだろうか。


 とりあえずものすごい勢いで襲ってきたので、軽くロッドを振って動きを止めた。相手の動きを制止するくらいの魔法は詠唱なしのお茶の子さいさいだ。


「ぎゃにゃにゃにゃ!」


 悔しそうに牙を見せる元ベヒーモスの女の子。んー、なんだろう。なんか違う気がするんだ。


 俺の好きなラブコメっていうのは、赤面したりラッキースケベがあったり、スキンシップがあったり、たまに甘い雰囲気になったり……。あー、つまりあれか。好意だ。

 俺は再度ロッドを振る。魅了の魔法だ。本当は必要ないのだが、なんとなくピンクのハートのエフェクトなどをつけてそれらしくしておく。


「んにゃ~ん」


 ピンクのハートが当たるやいなや、マタタビを食らった猫のように、ほろ酔いの女子大生のように甘ったるい雰囲気になるべヒ子。これは可愛いぞ。


 制止の魔法を解くと、目をハートにしたような表情で俺にしなだれかかってきた。近い近い近い、いい匂いいい匂いいい匂い、当たってる当たってる当たってる! これだこれ、これこれー!


 可愛い女の子が俺のことを大好きで、いちゃいちゃいちゃいちゃしてきて~! くぅ~っ!?


「うがうがうが~」

「おいおい、くすぐったいよ」


 俺は膝枕をしてもらったり、頬ずりをしたり、あまがみをされたりした。これかー、これがイチャラブというやつかー。ちちくりあうというやつかー。なんと気持ちいいんだ。なんと心地いいんだ。最高だ。


「な、ななななな……!?」


 呆れ返っていたはずのサナディは俺たちを見て驚愕していた。なんだ、こいつも実はいちゃいちゃしたかったのか?


「なんだ。こういうことしたかったのか? いいぞ、おいでおいで」


 俺が手招きをして誘うと意外にもためらいつつ近づいてきた。なんだよ、俺には文句言ってたけど自分だって興味津々だったんじゃん。

 俺がサナディの手を掴むと最初はびくっとなったものの、すぐにおとなしくなった。

 そしてそのまま今までずっとただの幼馴染だと思っていた少女の顔を、ベヒ子の太ももへ持っていき、膝枕を味あわせた。

 いや~、まさかこいつも可愛い女の子といちゃいちゃしたかったとはな。そういうコミックも結構あったけど。


「え?」


 ベヒ子がサナディの頭をナデナデしているのを見るのは微笑ましい光景だったが、サナディのリアクションは間が抜けていた。どうしたんだろうか。百合じゃないの? ラブコメほどじゃないけど百合も好きだよ?


「は?」

「ほ?」


 首を傾げ合う二人。ベヒ子だけはニコニコとサナディの顔を胸にうずめた。いいなー、いいなー。でもこの尊い光景を目に焼き付けるのも悪くないよ。


「ふがう」

「え?」

「ぷはっ、ちっがーーう!!」


 ベヒ子をどんと突き放すサナディ。そのショックで魅了の魔法が解けたようで、さっきと違いべヒ子は正気を取り戻すや否や一目散に逃げていった。

 何がしたいのかわからず、俺は顎をさすりながら幼馴染を見やる。


「何が違うって?」

「そういうことじゃない」

「何が。お前もいちゃいちゃしたかったんじゃないの?」

「いちゃ……いや、だ、だから、その、そういうことして欲しいなら私がしてあげるって」

「……? なにを?」

「ラ、ラブコメっていうのはよくわからないけど、膝枕とかなら私がしてあげるって言ってるの。ベヒーモスなんかとしなくてもいいでしょ」


 ふうむ?

 こいつが膝枕を?

 どんな気の迷いだろうか。

 しかしまぁここで断るという選択肢はないだろう。一応、見た目は可愛い女の子なわけだしな。


「では失礼します」

「ど、どうぞ」


 草むらにお姫様座りするサナディの太ももに頬を乗せて体重を預ける。幼馴染ではあるが、おそらく太ももに触れるのは初めてのことだ。意外と柔らかいんだな。二つに分けた長いブロンドの髪がはらりと肩にかかる。癖のないさらさらの髪だ。


 そのまま、ぼーっと遠くを見ながら、ただただ膝枕という状況に思いを馳せる。


 ……さっきとはまるで違う。さっきのはエンタメだった。楽しい、嬉しい。ただし、それだけ。今はなんというか不安や心配もあるし、期待や特別感もある。いろいろな感情が混ざっているけれど、とにかくドキドキする。


 おそるおそるなのか、指の先だけで頭を撫でようとしてくる。その態度が俺と同じ気持ちではないかと思わせる。

 肉体的な距離がそのまま精神的な距離に繋がっているようで。触れ合う面積が多くなればなるほど、心の中まで伝わってしまいそうで。

 ベヒ子とはあれだけ頬ずりやらあまがみやら、さんざんいちゃいちゃしたはずなのに。今まで異性としてあまり見たことがない幼馴染が、触れるか触れないかくらいのボディタッチをしているだけでなぜこんな気持ちになる?

 

 俺は今、俺の気持ちがわからない。ただ、幼馴染を、サナディを妙に女の子として意識している。そして彼女もまた、意識しまくっている。だからこそ、軽口を叩いたり、過度な接触をしてこない。少しずつ、少しずつ。嫌われないように、傷つけないように。こちらを警戒している子猫と触れ合うように。優しく、優しく撫でてくる。その気持ちが、思いやりが、温かさが伝わってくる。ドキドキして、バクバクして、心臓は早鐘のように鳴っているのに。同時にぽかぽかして、ふわふわして、母親の胎内にいるときを思い出すくらいに心地よい。

 可愛い女子高生や魅力的な獣娘とはまるで違う。発生する感情の量が桁違いだ。なんだこれ、なんなんだこれ。


 ラブコメの定義は異世界人の俺にはよくわからない。ただ、俺が面白いと思っているポイントは明確にある。それは恋愛の途中過程を描いているということだ。お互いの距離が近づいていく、その過程が心をキュンキュンさせてくれるんだ。だからラブコメは基本的には告白が成功したら終わってしまう。


 そう、要するに一言で言えばだ。「こいつひょっとして俺のこと好きなんじゃね?」っていう気持ちなんだろうな。多分、きっと、好きなんだけど。それでもその答え合わせをしない。それがいいんだよ。魅了の魔法で俺のことを盲目的に好きっていうのは本来のラブコメじゃないんだよ。


 俺は首を少しだけ曲げて、上を見た。彼女はどきっとしたように、目を丸くしたが、すぐに伏せた。はにかむように、笑ったかと思ったら、きゅっと口を一文字に結ぶ。もにゅもにゅと唇を震わせながら、頬をどんどん赤らめる。

 俺は逆に冷静になって、こんなに睫毛長かったんだとか、眉毛も整えているんだなとか、細かいところに気付いていく。こんなによく顔を見たのは、いつ以来だろう。


 この幼馴染は、料理が下手で、すぐに暴力を振るうし、素直じゃないところがある。しかも金髪ツインテールで青い瞳で貧乳にコンプレックスがあるんじゃないか。なんだ、よく考えてみたら魅力的な女の子なのかもしれない。


 しかも、今のこの表情からすると。今のこの状態からすると。ひょっとしたら、ひょ~っとしたらこいつは俺のことを好きなのかも知れない。そしてそれは確かめない方が良さそうだ。


 だからこの世界のラブコメは、今始まったばかりだ。


 さぁ、俺たちの異世界幼馴染ラブコメを始めよう――



 って思ってたのに、キスしてくるんだもんなあ。


 これだからリアルは嫌なんだよ。はやく異世界に転生されないかな。

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最強魔法使いはどうしてもラブコメがしたい 暮影司(ぐれえいじ) @grayage14

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