ネリアの夢

イネ

第1話

 ネリアは、フィリピン島に住む6才の女の子です。お兄さんとお姉さんと一緒に毎朝バスに乗って、遠くの学校まで通います。

 バスの運賃は片道8ペソ、往復で16ペソです。それから、学校でパンやジュースを買うために、お兄さんとお姉さんにはおこづかいが9ペソずつ、小さなネリアには毎日4ペソがお母さんから渡されます。

 バス代と全部あわせると、ネリアが一日にもらえるお金は20ペソで、お兄さんとお姉さんはそれぞれ25ペソ。ちょっぴり不公平です。

「おまえはチビだからお金をたくさん持っちゃいけないんだよ」

 お兄さんが舌を出して「べぇ」とやりました。


 ある日の放課後、帰りのバスがなかなかやって来ないので、ネリアは一人で家に向かって歩きだしました。フィリピンではバスが時間通りにやって来ないことはよくあるのですが、その日はなぜだか待ちきれなかったのです。

 2時間以上も歩き続けて、途中でお姉さんたちが乗ったバスにも追い越されて、ようやく家にたどり着いたとき、ネリアは自分のポケットの中に8ペソ残っていることに気が付きました。帰りのバス代がういたためです。ネリアはそれを、こっそりキャンディーの缶の中にしまいました。

 翌日の帰り道、時間通りにバスはやって来ましたが、ネリアはそれに乗りませんでした。前の日と同じように一人で2時間を歩き、そしてまた8ペソ、缶の中にしまいました。

 それから毎日、ネリアは歩いて帰るようになったのです。


 ところがいよいよ、ネリアのキャンディーの缶をお兄さんが見つけてしまいました。

「なんだい、これは。こんなにたくさんのお金を持ってちゃいけないだろう」

 お母さんのところへ連れて行かれると、ネリアは正直に話しました。けれどもお母さんもお姉さんもあんまり驚いて、おろおろと顔を見合わせるばかりだったのです。

「没収だよ、没収!」

 お兄さんがまた「べぇ」とやりました。

 夜になってお父さんが帰ってくると、ネリアはひどく叱られました。一人で歩いて帰るのはとっても危ないことなのです。

「いいかい、ネリア。明日からはちゃんとお兄さんお姉さんと一緒にバスに乗りなさい。わかったね? さて、けれどもこのお金は確かにおまえのものだ。ドレスでもお人形さんでも、好きな物を買うといいよ」

 ネリアはようやく元気づいて、それから思いきって言いました。

「わたし、豚が欲しい!」


 週末、ネリアはキャンディーの缶をしっかりとにぎりしめて、お父さんと町のマーケットへ行きました。ネリアのおこづかいで買える豚は一匹しかありませんでした。小さな小さな、まるで猫のくらいしかない子豚です。

「妹が豚を買ったよ! 妹は豚のオーナーだよ!」

 お兄さんまではしゃぎました。

 けれども豚だなんてエサ代はかかるし、とてもとても大きくなるのです。

「いったいどうするつもりかしら」

 お父さんもお母さんも頭を抱えてしまいました。

 ところがネリアは、子豚を連れて近くの養豚場へと出掛けていったのです。養豚場のおじさんは、ネリアの提案に思わずうなりました。

「よし、いいだろう。まだ小さいから、あの母さん豚にあずけてみようか。きみの豚には、なにか目印をつけたらどうだい」

 それでネリアは、自分の髪を結わえていた青いリボンをほどいて、子豚のしっぽに結びつけました。


 それから半年がたつと、ネリアの豚は丸々と太って、子供をたくさん産みました。ネリアが訪ねて行くとおじさんは、もうすっかり大人どうしでするみたいに帽子をとってあいさつをします。

「やあ、また産まれたよ。するとこうだ、エサ代に寝床代、それから手間賃を差し引いて、きみの取り分はこれくらいでどうだろう」

 おじさんは、産まれる子供を全部ネリアから買い取ってくれましたから、ネリアは今ではもう成功した実業家です。お父さんやお母さんより稼ぐときだってあるのです。

「お金は大事にとっておきましょう。おまえの将来の夢のためにね」

 ネリアのお金はお母さんがあずかってくれました。一度、ひどい台風がやってきて家の屋根が飛んでしまったときには、そこから修理代を払わなければなりませんでしたが、それでもネリアが学校を卒業するまでには、もうどこへだって行けるぐらいのお金が貯まっていたのです。

 そしてネリアは遠い国を選びました。フィリピン島に別れを告げて、家族とも豚とも離れ、一人、船に乗って旅立ったのです。


「まぁ、ネリアったら。今さらそんなもの植えたって、実が成るには何年も何十年もかかるのよ。私たち、もうおばあさんじゃないの」

 となりに住む友人のベラが、垣根の向こうから心配そうに声をかけました。

「りんごなら私の庭からもいで好きなだけ食べなさいな。ほら、あそこのいちばん大きいの、私がとってあげる。ねぇ、ネリア。ネリア、あなた聞こえてるの?」

 ネリアは、新しく植えたばかりの小さなりんごの苗木に、時間をかけてたっぷりと水をやってから、ようやく顔をあげました。

「ちゃんと聞こえてますよ。ところでベラ、そのりんごの実、どうしたの? 空から降ってきたの?」

 エプロンの端でりんごをきゅっきゅっと拭きながら、ベラはあきれて言いました。

「ネリア、りんごは空からふってきやしないわ。毎年、私の庭に成るんじゃない」

「そうね。けれどもそのりんごの木、あなたが植えたの?」

「いいえ、私が生まれる前からあったんですよ。きっと私のおじいさんか、そのまたおじいさんが植えたんでしょう。さぁ、さぁ、とにかくいらっしゃいな。私、あなたに紅茶も淹れてあげる」

 二人はゆっくりと木陰のテーブルでお茶を楽しみ、午後にはたっぷりと昼寝もしました。

 ネリアは、イギリスに住む80才のおばあさんです。3人の子供と、5人の孫と、そのまた子供たちへ、いつか美味しいりんごを食べさせてやるのが、彼女の夢です。

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