第24話 シャドー・ロンド誘拐事件

 その日、鳳仙ほうせん神社には珍しく参拝者が来ていた。

 パンパンッ、と二礼二拍手一礼の音が響く。

 俺は社務所の受付から、その参拝客を見る。

 やや太り気味の眼鏡の男は、参拝を終えると社務所へとやってきた。

「すみません、縁結びのお守りをひとつ」

「はい、ありがとうございます」

「フヒッ……」

 営業スマイルを浮かべて応対する店長――天馬てんま百合ゆりに、男は妙な声を出し脂汗を浮かべる。

 いや、でも気持ちはわかる。こんな美人が笑顔を見せてくれたら変な声も出るしビビる。

「袋にお入れしますか?」

「い、いえっ、そのままでっ」

「かしこまりました、どうぞ」

 店長が社務所の受付に並んだお守りの中から縁結びのものを出し、男に手渡す。

 男は何を思ったのか、両手でお守りごと店長の両手を包んでしまう。

 店長はかすかに眉をひそめた。

「アッ、アッ、ご、ごめんなさいっ!」

「いえ、お気になさらず」

 男は代金を払うと足早に社務所を去った。

「手汗すごかった……」

 店長は顔をしかめながらはかまで手を拭う。

 と、しばらくしないうちに、

「アーッ!」

 と、さっきの男の叫び声がした。

 何事かと社務所を出ると、

「お、お嬢ちゃん、そのぬいぐるみは……!」

「え、な、なに……?」

 買い物から帰ってきた鈴が、さっきの参拝客に絡まれている。事案にしか見えなかった。

「あの、お客様? うちの子になにかご用事ですか……?」

 店長は危機を感じたのか、鈴と男の間に割り込み、鈴を背中に隠すように守る。

「えっ、巫女さん子持ちなんですか?」

「そういう意味ではありません」

 店長からは営業スマイルが完全に消えていた。

「そ、そのお嬢ちゃんが持ってるぬいぐるみに興味がありまして……」

「ぬいぐるみ?」

 俺は鈴の持っている黒い竜のぬいぐるみを見る。

 たしか、黒猫さんが鈴を引き取った際に買い与えてくれたものだとかで、鈴がその後何十年も大事にしているものだ。

「それ、三十年前のアニメ『マジカル☆にゃんにゃん』に出てくるマスコットキャラ『シャドー・ロンド』のぬいぐるみですよね!? 今はもう入手不可能と言われている超激レアグッズなんです! いやあ、本当に縁結びのお守りが効いたのかも!」

 男はフンフンと鼻息荒く熱心に解説してくれる。誰も聞いてないけど。

「はあ……そのシャドー・ロンドがなにか?」

 店長は興味なさそうに訊ねる。

「お願いします、そのぬいぐるみ、僕に譲っていただけませんかっ?」

「はあ?」

 パン、と手を合わせて懇願する男に、俺も店長もあっけにとられる。

「もちろん、タダでとは言いません。そんなにお金は出せないけど、僕が払える範囲でお金は払います! どうか、どうかなにとぞ……!」

 店長は頭を下げる男を感情のない目で見下ろし、静かに口を開く。

「……アヤカシ堂は願いを叶える店。代償と引き換えにどんな願いも叶う店」

「店長……?」

「……しかしながら、望みを叶えられない場合もある。鈴。君はそのぬいぐるみ、このおじさんに譲ってもいいと思うかい?」

 店長はゆっくりと鈴を振り返る。

「僕、おじさんって年齢じゃないんですけど……」

「や……やだ。これは黒猫様からいただいた、大切なものなの……」

「店長及び店員が願いを拒否した場合、いかにアヤカシ堂といえど願いを叶えることは出来ない。申し訳ございませんが、お引取り願えますか」

「くっ……」

 男はしょんぼりしながら石段を降りて帰っていった。

「キャラの濃いお客さんでしたねえ……」

「イービルとは違う意味でもう会いたくない人種だな」

 やれやれ、と店長は肩をすくめる。

 こうして、この奇妙なとある日の出来事は終わった。……はずだった。


 翌朝。

 俺がいつもどおり神社に出勤すると、なにやら様子がおかしかった。

 狛犬の兄弟――狛村こまむら獅子戸ししどが店長になにやら報告しており、鈴は――目を赤く泣きらしていた。

「なにかあったんすか!?」

「虎吉か。……あのぬいぐるみが盗まれた」

「えっ!? あの、シャドーなんたらが!?」

 どう考えても犯人はあの男である。

「ぬいぐるみを洗濯して外に干していたのを狙われたようだ。狛犬が気づいて追いかけたが、流石に狛犬が町中を走ったら目立つから追跡できなかった」

「洗濯物を狙われたって……洗濯干し場は神社の裏でしょう?」

「まさか普通の人間が石段を避けて急斜面の厳しい林の中を登ってくるなんて予想してなかった。なんて執念だ……」

 店長は悔しそうに歯噛みする。

「虎吉、なんとか匂いで追えないか?」

「俺を犬か何かだと思ってます? まあ匂いさえわかれば追えると思いますけど、昨日の匂いなんてもう忘れちゃったしなあ……」

 うーん、と悩む俺たちに、泣き止んだ鈴が口を開く。

「私、ぬいぐるみに乗り移ってみる」

「? どういうことだ?」

「ああ、そういうことか」

 鈴の言葉に首をかしげる俺と、合点がいった様子の店長。

「鈴はあのぬいぐるみに魂移たまうつししていてな。要は、離れていてもあのぬいぐるみに憑依ひょういできる」

「そうか、それでぬいぐるみの居場所を特定できれば……!」

 希望が見えてきた。

「鈴、やってみてくれるか」

「うん」

 鈴は目を閉じ、魂を分けたぬいぐるみへと意識を集中させた。


 鈴が目を開けると、見知らぬ部屋の中だった。

 女の子のフィギュアやゲームソフト、それらを入れていたのであろう箱が所狭しと積み上げられている。

 鈴は自分がぬいぐるみ――シャドー・ロンドの中にいるのを確認した。

 まずは自分が閉じ込められているガラスケースから脱出しなければならない。

 ガラスケースの中を押してみたり叩いてみたり、最終的に引き戸のようになっていることに気づいてケースの中から出る。

 窓から外の様子を見られないだろうか。うまくいけば窓から脱出も出来るかも。

 鈴は背中に生えている翼をはためかせ、空中に浮かぶ。

 窓から外を覗くと、駄菓子屋が見えた。鈴がよくお菓子を買いに行く場所だ。

 シャドー・ロンドがいる場所を特定し、さらに窓を開けて逃げようとすると――

「ぬ、ぬいぐるみが動いてるっ!?」

 あの男が部屋に入ってきたところだった。

 しまった、見つかった――!

 しかし、男が驚いたのは一瞬のことで、次の瞬間には目を輝かせていた。

「やっぱり三十年も前のぬいぐるみには付喪神つくもがみが宿るんだ! すごいぞ、電池もないのに動くぬいぐるみを持ってる人間なんて世界に僕ひとりだ!」

 そして男は愛らしいものを見るようにシャドー・ロンドにほおずりしようとする。

「やめて! 触らないでよ、この泥棒!」

「あぁ~、気の強いシャドーたん可愛いんじゃ~」

「気持ち悪い!」

 鈴は魂を神社に戻すと、すぐに半泣きで百合たちに報告した。


 その夜。

 ピンポーン。

 男の家のチャイムが鳴る。

「ん? そろそろ頼んでたフィギュアが届いたのかな?」

 男が出ると、そこには――牛がいた。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの巨大なミノタウロスが、男を見下すようににらみつける。

「ひ、ひいぃっ!?」

「お前か、この泥棒野郎!」

 ミノタウロスは男の襟首えりくびつかんで持ち上げた。男は足を宙にばたつかせる。

「失礼しまーす」

「み、巫女さん!? お願い、助けてくださーいっ! 化け物に襲われてるんですぅっ!」

「ああ、そいつ、私の使い魔だからな」

 店長はそっけなくそう言って、俺と鈴とともに男の部屋へ入っていく。

「きったない部屋だな」

「いや、店長とどっこいどっこいでしょ」

 と言ったらチョップされた。

「ほら、鈴。あったぞ」

 店長はぬいぐるみを拾い上げ、鈴に渡す。

 鈴はぱぁっと嬉しそうに目を輝かせた。

「ああっ、僕のシャドーたん!」

「お前のじゃねーよ」

 俺も思わず無表情になる、この厚かましさ。

「このぬいぐるみは返してもらう。神社も出禁だ。警察に突き出されないだけありがたいと思うんだな」

 店長は啖呵たんかを切ると、さっさと男の家を出ていった。俺たちもそれに続く。

 ミノタウロスに放り投げられ、ドスンと尻餅をついた男は、夢でも見ていたかのように茫然自失ぼうぜんじしつとしていたのであった。


「しっかし、まさか美濃みのさんが店長の使い魔になっちゃうとはな~。あ、幽霊列車の件でも助けていただいてありがとうございました」

 美濃さんはホルスタイン種のミノタウロスで、外国からわざわざ黒猫さんと力比べをしにやってきたという。結局俺たちに倒され、店長に御札に封印されてしまったのだが、その後いつの間にか店長と召喚契約を結んでいた。幽霊列車の事件では、列車の前に身を投げだした俺が列車に轢かれる前にその豪腕で列車を止めたというのだから驚きだ。ちなみに『美濃』という名前は店長がつけたらしい。

「なぁに、いいってことよ。お前らと一緒にいればそのうち黒猫も帰ってくるんだろ? そのときに腕試しすればいいことだしよ、それまでに俺も更に強くなるぜ」

 最初に会った時は乱暴な性格に見えたが、こうして話してみると意外と気さくで、自らの筋肉にストイックである。

「このぬいぐるみも、黒猫様との思い出がたくさん詰まってるの」

 鈴はそう言って、大事そうにぬいぐるみを抱きしめる。もう放さないというように。

 三十年前のぬいぐるみなのに、そのぬいぐるみが今も綺麗な状態で保存されているのは、店長や鈴がそれだけ大切に扱っているというなによりの証左である。

 俺はなんだか胸が温かくなるような、優しい気持ちで鈴を見つめるのであった。


〈続く〉

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