第18話 クロガネのリベンジ

「――それでは次のニュースです。東京都〇〇駅の線路が盗まれる事件が起きました」

 それはいつもどおり参拝客もおらず暇を持て余した鳳仙ほうせん神社の面々が居間で夕方のニュースを見ていたときに流れた。

 映像は、〇〇駅のホームから映されていて、線路の金属製のレールがすべて何者かによって持ち去られていた。

「この線路の窃盗事件により復旧工事の間、〇〇線が運行できなくなり、何十万人の足に影響が……」

 アナウンサーは感情をまじえず淡々と事実を語る。

「線路を盗む、とはまた奇っ怪な事件だな」店長は湯呑ゆのみのコーヒーをすする。

「盗んでどうするんすかね、線路なんて」俺は首をかしげる。

「さあ……金属だし売ればカネにはなるんだろうが……」

 金属盗難はわりとよくある話ではある。金属はかして形を変え、再利用が出来るので、盗んで売ることで利益を得るのだ。

 しかし、どうしてわざわざ電車の線路である必要があるのか? 駅ということは駅員や乗客など、それなりに人の目のある場所である。見つかるリスクを冒すくらいなら工事現場で銅でも盗んだほうがよほど容易たやすい仕事であるように思われる。まあ盗まれる方だって馬鹿ではないので最近は監視カメラなどを設置し、防犯には努めているだろうが。

「それでは次のニュースです。……」

 しかし俺の疑問はそこまでで、ニュースの話題が変わる頃には、みんなそんな事件は忘れてしまった。

 それがおよそ一ヶ月前のことである。


「すっかり秋になってしまったなあ」

 店長は社務所の受付に座って、両肘りょうひじをつきながら青く高い空を見上げる。

 今年の夏はいろんな事が起きすぎて、夏が終わらないのではないかという錯覚を覚えたほどだ。

 日本の夏、妖怪の夏。

「秋になると、落ち葉が余計に増えてき掃除が大変なんすよねえ……」

 俺はほうきでせっせと落ち葉を掃きながら、ふう、とため息をつく。

「焼き芋でもしたいところだが、神社から煙が上がったら火事だと思われて消防車でも呼ばれそうだな」

 落ち葉の山を見ながら、店長は苦笑する。最近はそうそう簡単にき火も出来ない。それも時代の流れであろう。

「さて、この大量の落ち葉、どうしようか――」

 店長が社務所から出て俺の隣に立ち、落ち葉を眺めていたときである。

 次の瞬間、俺は寒気を感じるほどの戦慄せんりつを突然覚えた。店長も同様のようだった。

「――なんだ、この禍々まがまがしいほどの妖気は――」

 店長が呟いた瞬間、俺達は神社の結界が消えるのを見た。

 ――いや、消える、というのはあまり正確な表現ではない。何かに引き裂かれて、かき消えたような……そんな感覚だった。

「馬鹿な……結界が、斬られた……!?」

 イービルがたびたび人間の子供に結界の要石かなめいしを壊させるので場所を変えたり要石の形を変えたり、結界を破られないよう、店長は頭を悩ませ、様々な対策を敷いてきた。

 結界の要さえ壊されなければ、店長の許可無しにはどんな妖怪でも容易には神社に侵入できない。それだけ強力な結界だった。

 それを……一撃で斬られた。要とか関係なしに、強引に。

 それは、なにかとんでもない妖怪が、神社を強襲する前触れであることは間違いなかった。

「総員、構えろ。――来るぞ!」

 店長の言葉に、俺は如意棒を構え、鈴は店長の影に潜る。店長は懐から御札を取り出し、侵入者を出迎える。

 すると、神社の周りを覆う鬱蒼うっそうとした木々を飛び越え、何かが頭上から降ってきた。店長を狙って落ちてくる。

 店長がさっとかわすと、石畳に刀が突き立った。

「――クロガネか!」

 妖猫の青年――クロガネが石畳から刀を引き抜く。彼はもともとチビな少年の姿をした妖怪であったが、以前俺も巻き込まれた『蠱毒こどくの術』で妖力を浴びた結果、身長の伸びた青年へと成長したのだった。

「機は熟した。『蠱毒の術』で十分な妖力を手に入れ、飛び込み自殺の多発する駅の線路を使って弁財天を殺すための妖刀を作らせた。今度こそお前の命をもらう」

 クロガネはぎらりとした妖刀を店長に向けた。

「あの線路を盗んだのはお前か!」

「――『惡一文字あくいちもんじ』。電車に飛び込んで自殺した人間の多い駅の線路を刀に打ち直し、刀鍛冶かたなかじも斬ることで怨念おんねんをたっぷり宿した妖刀となった」

 刀鍛冶も斬った、という言葉に、俺は息をんだ。

 しかし、店長は険しい顔をする。

「刀鍛冶だけじゃないだろう」

「……ど、どういうことですか……?」

 俺は聞きたくないと思いながら疑問をぶつけずにはいられない。

「シロガネとコガネ、どこにいる?」

「――!」

『クロガネ様、どうして、どうして……』

 コガネの悲しい声が、妖刀『惡一文字』から聞こえる。

「――お前、仲間まで斬ったのか!」

 俺は愕然がくぜんとした。怒りよりも、クロガネをそこまで突き動かしたことに対する恐怖のほうが強い。

「神様にはわからないだろうがな、お前一人を殺すのに多大な犠牲が必要なんだよ!」

 クロガネは叫ぶ。白目の部分は紅く染まり、血の涙を流す――彼の妖気が濃く膨れ上がっていくのを感じる。

「この犠牲を踏み越えて、俺はお前を――神を殺す!」

 復讐者は禍々しい妖気を放ち、店長を見据えた。

「鈴、十六夜丸いざよいまるを取ってくれ。今回は遊びはなしだ。殺す気でいかないと私が死ぬ」

 不老不死であるはずの店長に「自分が死ぬ」とまで言わしめる殺気。彼女は十六夜丸を手に取り、クロガネに向ける。

「――いざ、尋常じんじょうに、勝負!」

 店長は片手で十六夜丸を振り回し、四方八方に風刃ふうじんを飛ばす。が、惡一文字は一撃一撃が重い。女性用に作られた軽い刀である十六夜丸では不利であった。

「ハァッ!」

 惡一文字からも闇色の刃が飛んで、受け止めた十六夜丸が――パキン、と折れた。

「――!?」

 店長も予想外だったらしく、目を見開きながら十六夜丸の受けきれなかった闇刃を首をかたむけてける。刃が頬をかすめた。

 次の瞬間、さらに予想外のことが起きる。

 かすった頬の傷口から、黒いひび割れのような傷が広がっていくのだ。

「!?」

 店長は片手で頬を押さえてクロガネを睨みつける。

「惡一文字の濃い妖力は相手の神性が高いほど効果が高い。弁財天ほどの知名度のある女神ならば妖力にむしばまれ身体がひび割れて砕け散るだろうよ」

 そのクロガネの言葉を真に受けるなら――まともに食らえば弁財天――店長は、死ぬ。

「お姉ちゃん!」「店長!」鈴と俺は加勢するべきか、足手まといにならないか、躊躇ちゅうちょしてしまう。

「鈴、お前は影から出てくるな! お前が盾になってもお前ごと斬られてふたりとも死ぬ! 虎吉も手を出すな!」

「ハッ、仲間思いの女神様だな。じゃあその仲間の目の前で死ね」

 店長は影に手を沈め、ショットガンを取り出す。以前の戦いではクロガネに散々「卑怯だぞ!」と言わしめた武器であるが、このくらいしないと今回は本当に死ぬ、と察したのだろう。

 ドン、ドン、とショットガンの引き金を引く店長。しかし、クロガネはたやすく弾丸を刃で弾き飛ばす。

「天馬百合、お前スピードが遅くなったか? いや……妖力が増した分、俺が速くなったのか」

 そのまま刀を構えて、弾丸のように懐に飛び込む。御札を使う暇すらなかった。

 ――ドスッ。

 妖刀が――惡一文字が、店長の腹に突き立ったのが見えた。

「店長――ッ!!」

 何も出来ず、立ち尽くした俺が叫ぶ。

 店長の腹は、硝子ガラスが割れるように穴が空き、その傷口から黒いヒビがパキパキと広がっていった。妖刀から放たれる妖気が店長の身体に注ぎ込まれているのか、ヒビはどんどん広がっていく。

 ゴポッ、と店長が血を吐いた。

「ハハ、やった……やったぞ……やっとだ……やっと一族のかたきを討ったぞ……ハハ、クハハハハハハハ!」

 すでに正気を失った復讐者は発狂したように高笑いをする。悪夢のような光景。

 しかし。

 しばらくすると、ひび割れの進行が止まり、逆にヒビが修復されていく。

「――ハ?」

 クロガネは当初気づかなかったようだが、腹に開いた大穴すら閉じていくのを見て、彼は高笑いをやめた。

 腹の穴が閉じると、今度は妖刀『惡一文字』が店長の身体の中に吸収されていく。

「……なんだ……なんだこれは……どうなっているんだ……?」

「……ゲップ。クク、ありがとなボウズ。こりゃ美味うまい妖力だ」

 動揺を隠せない様子のクロガネに、店長(?)がニヤリと笑う。

 店長の様子がおかしい。白目の部分が真っ黒に染まり、いつもの魔女の笑みとはまた違う、純粋に邪悪な笑みを浮かべている。

「……お前は、?」クロガネは呆然とした様子で呟くように問う。

「ん~、これから死ぬやつに名乗ってもなあ……」

「なんだと――」

 次の瞬間には、店長(?)の腕がクロガネの胸を貫いていた。

 クロガネが先ほどの店長のように口から血を吐く。

 誰が見ても致命傷だった。

「まあいいか。俺の名はネイクス。蛇の悪魔ネイクスだ。縁があったら地獄でまた会えるかもな?」

 ――ネイクス? 蛇の悪魔ネイクスだと?

 俺は理解が追いつかない。

 ネイクスは以前、悪魔ばらいの際に俺たちアヤカシ堂が祓おうとした悪魔だ。

 最終的にその悪魔は店長の身体の中に封じられた(というか自分から飛び込んできた)。

 その悪魔が表に出てきたということは、店長は――?

「――迎えに来ましたよ、姉さん」

 突如、頭上から声が降ってきた。

 エネルギー体の翼を生やした因幡いなば白兎はくとがふわりと降り立った。

「因幡さん!?」

 俺の言葉を無視して、因幡さんは手に持った鳥かごのふたを開ける。

 鳥かごに吸い込まれるように、小さな太陽のような黄金の魂が鳥かごの中に収まった。

「さて、姉さんの魂は確保した。このまま天界に帰還する」

「ま、待てよ! 店長の身体がまだ悪魔に乗っ取られてるんだぞ!」

 そのまま翼で飛翔しようとする因幡さんに、俺は抗議の声を上げる。

「? その身体は姉さんのれ物でしかないだろう。僕は姉さんの魂さえ無事ならそれでいい。悪魔が地上で暴れるならそれをしずめる適任者が他にいるはずだ」

 我関せず、という態度で、因幡さんはヒュン、と羽を残して消えてしまった。地面に落ちた羽は、静かに崩壊し、エネルギー体のちりとなって風に吹かれて消えていく。

 残されたのは途方に暮れた俺と、鈴と、悪魔と、臨死りんしの復讐者。


 血溜まりの中で、クロガネは走馬灯を見ていた。

 シロガネは自分が小さい頃から、よく面倒を見てくれていた。従者でありながら兄のような存在だった。

 アヤカシ大戦の際も、今の自分のように血溜まりの中に倒れ伏す両親に追いすがろうとする自分を、一所懸命に逃がそうとした。

 両親の死体の傍らに立っていた天馬百合を親のかたきと追い続け、居場所を探し続けて日本中をシロガネとともにさすらった。

 旅の途中で、みすぼらしい子犬の妖怪を拾った。彼もまた、アヤカシ大戦で親を失っていた。

 その子犬にコガネと名付け、「俺達の仲間だからお前も猫妖怪だ」なんて教えたら本気にして。

 シロガネとコガネとの旅は、復讐の旅とはいえ楽しいことも苦しいことも一蓮托生いちれんたくしょうだった。

 同じかまの飯を食い、寒い夜は焚き火をしながら身を寄せ合うような。

 天馬百合に復讐することを忘れてしまいそうな、不幸なことばかりでもない旅だった。しかし、俺達はこの目的のために集まったメンバーでもあった。

 実際に天馬百合の居場所を突き止めても、女神にもてあそばれて、半妖風情ふぜいに邪魔されて。屈辱くつじょくを味わった。

 俺たちには力が足りなかった。復讐するために手段を選ばない、覚悟が足りなかった。

 だから『蠱毒の術』で妖力を蓄え、『惡一文字』という対女神用の武器をこしらえて。

 妖刀を完成させるためには、怨念が必要だった。

 シロガネは覚悟ができていたようだった。コガネには申し訳ないことをした。

 刀鍛冶を、シロガネを、コガネを斬って、その妖刀はようやく完成したのだ。

 もう後戻りはできない。天馬百合を殺すまで、もう俺は止まれない。

 そして、殺した。殺したはずだった。

「――……ごめん。シロガネ、コガネ…………」

 俺の復讐は、完遂できたのだろうか。

 それが確認できないことだけが、心残りだった。

 指先が、足先が、冷たくなっていくのを感じる。

 俺は、復讐者として地獄に落ちるのだろう。

 シロガネとコガネも、それに加担したものとして地獄に落ちてしまうだろうか。

 だんだんと、意識が遠のいていく。

 血の海に沈むように、クロガネは――猫宮一族の最後の生き残りは死んだ。


〈続く〉

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