第17話 ストーカー妖怪、現る

「はぁ!? ストーカー被害!? お前が!?」

「何よその『ありえねー』みたいな態度は!? あまりにも失礼すぎない!?」

 俺が驚いた相手――花田はなだ香澄かすみは、俺の幼馴染の一人である。

 たしかに女性に向かってストーカー被害にっているのが信じられないみたいな態度は流石さすがに失礼だったかもしれない。

 だが、香澄は男勝りでとても気が強い。ストーカーなんて言葉とは縁がないと思っていた。逆にストーカーなんてぶっ飛ばしてしまいそうだ。

「しかし香澄お嬢さん、ストーカーなら神社よりも警察に相談したほうがいいんじゃないかな?」

 店長は鈴が運んできたお茶を香澄の前に置きながら優しく語りかけた。

 香澄がこの鳳仙ほうせん神社に来るのは実に久しぶりのことのように感じる。新聞部と水泳部をかけもちして随分忙しそうに駆け回っていると聞く。

「いえ、きっと警察は信じてくれません」

「どうして?」

「私がそのストーカーに気づいたのは一週間前の夜のことです。部屋の電気をつけないままカーテンを閉めようとしたから外の様子が見えたの。街灯の下に男が立ってて……その男には、角が生えていたんです」

 その言葉に、店長はピクリと反応した。

「……妖怪が、人間をストーキング……?」

「その夜気づいてから、毎晩カーテンを閉めるときに確認したけど、いつもその男は街灯の下に立っているんです。雨が降ってても、傘もささずに……私、もう怖くて……」

 香澄は、思い出したように震えていた。

「それは、怖い思いをしたね」

 店長は香澄の恐怖を和らげるように、そっと香澄の震える手を撫でた。

「角が生えた男……鬼、でしょうか」俺は眉をひそめる。

「さあ、どうだろう。角が生えているというだけで鬼と断定するのは早計な気もするが……」

 ふむ、と店長は顎に手を当てて考え込む。

「その男の角の特徴は? 本数は何本?」

「額の真ん中に、一本……。なんか、こう……ドリルみたいな形の……」

「は? ドリル……?」

 俺は頓狂とんきょうな声を上げてしまう。

「他にどう言ったらいいか分かんないのよ! うーん、私に絵心があればいいんだけど……」

 香澄は新聞部なだけあって写真の腕は良いが、絵にはいまいち自信がないようだ。美術の時間でよく自画像を描かされることがあるが、香澄の絵は福笑いのようだったのを覚えている。

「うーむ、一本角の鬼は珍しくもないしな……とりあえずその男のいつも立っている場所に行って調べてみようか」

「百合さん……! ありがとうございます!」

 香澄は感激で目がうるんでいるようだった。無理もない。恐ろしい思いをしているところに心強い味方ができたのだ。

 しかし、俺の心配事は別にあった。

「店長、香澄から何を代償にもらう気なんですか?」

 俺はヒソヒソ声で店長に耳打ちする。

 そう、このアヤカシ堂は、依頼を受ける代わりに代価を渡さなければならない。あるいはお金であったり、あるいはその人の大事にしているものであったり、あるいはモノですらなかったり。

「そうだな……ひとまずどういう案件なのか確認しないと見積もりも取れない。お金で解決する事件ならいいがな?」

 店長は魔女のような笑みを浮かべる。久しぶりに『アヤカシ堂の聖なる魔女』を見た気がする。

 ……最近の店長は少し性格が丸くなってきたかな、と思っていたが、そうでもないのかな。

 香澄に代価のことをどう伝えるか、考えただけで頭が痛い。

 とにかく、アヤカシ堂のいつもの三人は、香澄に連れられて彼女の自宅へと向かったのである。


「ふむ、この街灯の下に毎晩男が立っているわけか」

 店長は街灯を見上げる。昼間なので当然明かりはついていない。

「で、あそこから見えるのが香澄お嬢さんの部屋というわけか」

 細い指が示す方向を見ると、たしかにそこは香澄の部屋だった。以前窓にむらがる妖怪たちをがしたりもしたのでよく覚えている。

「双眼鏡のようなものは使っていたか、覚えているかな?」

「いえ、多分使ってなかったと思います」

「目がいいのかな、結構離れてるんだけど」

 店長はそう言いながら背伸びをして、なんとか部屋を覗こうとするが、香澄の部屋は二階である。街灯の下からは角度の関係で見える範囲は限られている。

 俺が代わりに立っても、数センチ背が高い程度では大して変わらない。

「香澄お嬢さんが窓際に立ったらやっと見えるくらい、かな」

 ふむふむと店長は一人でうなずく。

「そうですね、私もカーテンを閉めようとしてやっと気づいたくらいですから。目が合って、ニヤッ……って笑われた時は心臓が止まるかと思いました」

 香澄はブルッと身を震わせる。

「ふーん……じゃあ香澄が窓際に立つまで、その男は何をしていたんだろう」

 俺は素朴な疑問を口にする。

「さあ……音楽でも聴いてたんじゃないの? そういえばアイツ、音楽プレイヤーみたいなの持ってたし、イヤホンしてたし」

「音楽……?」

 店長は香澄の言葉にピクリと反応する。

「――お嬢さん、ちょっと部屋に上げてもらってもいいかな」

「あ、そうですよね。ずっと外にいるのもなんだし、お茶くらいなら出せますよ」

 香澄は玄関のドアを開けて俺たちを迎え入れる。

 玄関に入った瞬間、俺は思い切り顔をしかめた。

「うっわ、なんだよこの音!」

「音?」

「コンビニの前だってこんな耳障りな音しねえぞ」

 最近のコンビニはモスキート音といって、若者にしか聞こえない不快な音を流すことで若者が店の前にたむろするのを防止しているらしい。

 俺はまだ若い上に半妖の血で聴覚も常人より鋭くなっているから、半妖になってからはコンビニは苦手になった。

「虎吉、あんた何を言ってるの……? 何も音なんてしてないわよ?」

 香澄は異星人を見る目で俺を見る。

「やはり……」

 一方、店長は俺の反応を見てげんなりしていた。

「虎吉、音の一つ一つ、元は追えるか?」

「うーん、いろんな音が混ざり合ってるから時間は掛かりそうですけど……」

「そうか、では私達は先にお茶飲んで休んでるからちょっとやってみてくれ」

「ええ……人使い荒っ……」

 一階の居間で香澄がお茶を淹れ、店長と鈴がティーブレイクしている間に、俺はキンキンする耳をこらえながら部屋をウロウロして音の出どころを追う。

 しばらくして。

「――だいたいわかりました。わかりました、けど……」

「けど?」

「……香澄。どうか気持ちを落ち着けて聞いてほしい」

「え、私?」

 香澄は自分を指差して不思議そうな顔をする。

「俺が聞こえてる音は多分特殊な音波か電波だ。隠してある場所から見ておそらく盗聴器か隠しカメラ」

「!?」

 香澄が息を呑む。

「まず電話の受話器の中。コンセントの中。ぬいぐるみの中。災害用の懐中電灯の中。時計の中。オルゴールの中。それから……」

「す、ストップストップ! 部屋の中のほぼ全部じゃない!」

「どうやって仕掛けたかは本人をめ上げてくとして、これ全部バラして盗聴器やらカメラやらを取り出すのは骨だな。そして――」

 店長はため息をつく。

「今までの内容も全部向こうに筒抜つつぬけってわけだ」

 ピーンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。

「虎吉、出ろ」

 店長と鈴は、香澄を守るように背に隠す。

 俺は注意深く玄関のドアを開ける。

 と、勢いよく扉を開けられて、なにか長く鋭いものが俺の胸を刺しつらぬかんと突進してきた。

 あらかじめ胸に如意棒を平たく伸ばしてよろいにしていた俺は、その得物を受け流し、掴む。

 ――長い、ドリルのように鋭い角だった。

 ブルル、とその角の持ち主である馬のような生き物が暴れる。

「犯人は鬼じゃない。――ユニコーンだ!」

 店長が殺人事件を解決する探偵のごとく、犯人を指差す。

「おとなしくしろ、このストーカー馬!」

 俺は全体重をかけて、ユニコーンを床に押し付け、取り押さえる。

「誰が馬だ! 俺は誇り高きユニコーンだ! 馬畜生と一緒にするな!」

 ドロン、と煙が上がって、ユニコーンは人型に変身した。

 前髪で隠れた額に、一本の長い角が生えた、男性の青年。

 たてがみのせいか、人型になっても髪は長い。

「やだ、イケメン……」

 香澄は手で口を覆って見とれているようだった。

 そう、たしかにこのユニコーンの青年は端正な顔をしていた。

 ただし、ストーカーである。

 その赤い瞳は光をほとんど反射していない。ヤンデレ目、というやつだ。

「香澄ちゃん、やっとえたね」

 店長が召喚した一反木綿いったんもめん綿麻めんまにグルグル巻きにされて抵抗手段を失ったにも関わらず、青年はニッコリと香澄に微笑みかける。香澄はまだ見とれているらしく、顔をほのかに染めている。

「お前の目的は何だ? 何故香澄お嬢さんにつきまとう? どうやって盗聴器を仕掛けた?」

「いっぺんに質問されても答えづらいんだけど」

 ユニコーンは店長の質問に苦笑を漏らす。

「つーか、なにお前ストーカーに見とれてるんだよ。怖かったんじゃないのか?」

 俺は呆れた目を香澄に向ける。

「なによ、ヤキモチでも焼いてんの?」

「焼いてねーよ」

「いや、だってね? こんな近くで顔見るの初めてだったし……フードかぶってたから口から上は隠れてて、ニヤリと笑うのは見えたんだけど、こんなかっこいいお兄さんだとは思わなくて……」

 香澄はテレテレと顔を赤くしてうつむいている。女とは面食いで現金なものだな、と俺は冷めた目で香澄を見ていた。

「では、一つずつ質問していこう。お前の目的は?」

「目的、というか動機になるのかな? 香澄ちゃんに一目惚れしたんだ」

 あまりにあっさりと言うものだから、香澄も俺も目を丸くする。

「だから、香澄ちゃんにつきまとう――いや、『つきまとう』は人聞きが良くないな。見守ってたのは、香澄ちゃんが好きだから」

 恥ずかしげもなくそう言い切るユニコーンに、香澄の顔がますますカーッと赤くなる。

「あ、あの、ユニコーンさん……」

「俺の名前はバトーだよ。申し遅れてごめんね。覚えてくれると嬉しいな」

 バトーと名乗る一角獣は香澄に優しい口調で微笑みかける。

「あの、百合さん……この人、悪い人じゃなさそうだし、そろそろ拘束を解いてあげても……」

「香澄お嬢さん、油断してはなりません」

 すっかりバトーにほだされた香澄の言葉を、店長は否定する。

「まだ訊きたいことがある。――何故、盗聴器やカメラを仕掛ける必要があった?」

「だって、好きな人のことは何だって知りたいだろう?」

 ストーカーの常套句じょうとうくのようなセリフを吐いて、「なんでそんなこと訊くんだ?」と言いたげな顔をしている。

「香澄お嬢さん、ユニコーンの美しい顔に惑わされてはいけない。ユニコーンは処女を護る守護獣だが、人外には人間の良識が理解できない。人間の価値観・倫理観が共有できないんだ」

「まあたまに同じ人間でもそういうのいますけどね」

 俺は口を挟む。

「え? いや待って……処女を護る守護獣、って……」

 香澄は動揺した視線をバトーに向ける。

「香澄ちゃんは俺の理想の処女なんだ!」

「いやぁぁぁ!?」

「キモッ!」

 バトーの言葉に悲鳴をあげる香澄と、思わず本音が口から出る俺。

「誰がキモいだと!? 突き殺すぞクソガキ!」

「いやキモいわ! しょ、処女って……」

 今度は俺の顔が赤くなる。

「香澄ちゃんは男勝りで気が強いから男が寄り付かないし、恋愛ごとにも疎いから女の子同士の恋バナにもついていけないのがすごく可愛いよね。まあ万が一、害虫が寄り付いても俺が全員突き殺してあげるから安心してね香澄ちゃん」

「やめて! それ以上喋らないで!」

 香澄はすっかり頭を抱えてしまった。いくら顔がイケメンでもこれはきつい。

「ところで、そこのお姉さんは巫女服ってことは巫女さん? 処女?」

 バトーの標的は店長に移ったらしい。処女なら誰でもいいのかこいつ。

「やだ、狙われてる……」

 店長は胸の前で腕をクロスさせて拒絶のポーズを取る。

「この人バツイチだぞ」俺がバトーに教えると、

「あ、じゃあいいです」バトーはスンッと興味を失ったようだった。

「馬刺しにするぞお前……」

 店長は禍々まがまがしい黒いオーラを放つ。

「この調子だと香澄お嬢さんの部屋にも大量に仕掛けられているな。仕掛けた場所全部吐かせて機械を除去しなければ」

 どうやって侵入し、機械を仕掛けたのかという謎はあるものの、とにかく俺たちは一日かけて盗聴器やカメラなどをすべて取り除いたのであった。

「で、どうします、このバトーってやつ。マジで馬刺しにします?」

 香澄の家を出て、綿麻に縛られたままのバトーをアヤカシ堂まで連行する。香澄の事件解決の代償として、この一角獣をもらうことにしたのである。香澄としても万々歳ばんばんざいだし、悪くない結果であろう。

「いや、ユニコーンには使いみちがあってな。その角を患部に当てたり粉末状にして薬として患者に飲ませると、あらゆる病気を全快させる力があるのだよ」

「いやァァァ! 角折られるゥゥゥ!」

 バトーは逃げようと暴れだすが、綿麻の能力で力を吸収され、束縛から逃れることは叶わない。

「どうせ角を折っても再生するんだから大丈夫だろう? 何度も魔法薬の材料が取れる貴重な人材だ、丁重に扱わなければなあ?」

「鬼! 悪魔! 誰か助けてェェェ!」

 ストーカーユニコーンの叫びがこだまする。

 ――こうして、アヤカシ堂は妖怪――いや聖獣か――によるストーカー事件を解決したのである。


〈続く〉

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