第6話 アヤカシ堂の蔵

 時は少しさかのぼって、俺――番場虎吉がアヤカシ堂で働き始めた頃。

「虎吉にも武器を持たせる必要がある」という店長の言葉で連れてこられたのは、神社の奥にある蔵。

 なんでも、世界中の様々な魔道具や伝説の武器防具、呪われた品まであるらしい。怖い。

「うーん、虎吉にも扱えるもの、何かあっただろうか……」

 とつぶやきながら、店長はどんどん蔵の奥に入っていってしまう。

 追うべきか待つべきか、迷っていると、

「助けて……助けて……」

 と声が聞こえた。

 俺は半妖になって耳が良くなったから、どこから聞こえるかすぐに分かった。本の中だ。

 本に近づくと、

「アヤカシ堂の店長に捕まって、本の中に挟まれたんだ……助けてくれよぅ……」

 当時の俺は、「店長ならマジでやりそう」と思っていたのでまんまと本を開いてしまった。

「――うひゃひゃひゃひゃひゃ! だまされてやんの! お前も本の世界の住人にしてやr」

 パタン。

 俺の後ろから、誰かの手が本を閉じた。

「この本、持ってても仕方ないし燃やしておくか」

 店長だった。

「あ、あの、店長、」

「……私ならやりかねないって思ったんだろう?」

「すいませんでしたッ!」

 直角九十度に腰を曲げる。

「いい、そう思われるのはもう慣れた」

 そういうことを言われるのが一番効く。

「それより、お前に合いそうな武器を持ってきた。外で軽く練習しよう」

 そう言って、店長は俺の背を押して蔵を出た。

 境内に出ると、店長は何やら鉄の棒のようなものを俺に手渡した。

「これ、なんですか?」

如意棒にょいぼう、って聞いたことあるか?」

 それなら知っている。

『西遊記』で孫悟空が使ったと言われる、あまりに有名な武器だ。

「これが如意棒だって言うんですか?」

 ただの穴の空いてない鉄パイプにしか見えないが。

「目を閉じて何かイメージしてみろ」

 店長の言葉に従い、目を閉じる。

 しかしいきなりイメージしろと言われてもな……。

「なんでもいいぞ」

 という店長の言葉で、思わず店長の姿を思い浮かべてしまう。

 すると、手の中で如意棒が変形する感覚があって、目を開けた。

 如意棒の先が店長の胸像になっていた。

「ふむ、初めてにしては上手いな。あとは目を開けた状態でもすぐに如意棒を変形させられるように練習だな」

 店長は、自分の胸像を作られて、何故こうも冷静なのか……。

 こっちが恥ずかしい。

 その後、店長の指導を受けて如意棒を大きくしたり小さくしたり、基本的な操作を教えてもらった。

「あとはそうだな……男の子はこういうの好きだろう?」

 店長が如意棒を手に持つと、棒の先から球形を生やし、さらにそこから棘を生やした。

「うおお……かっこいい……」

「モーニングスターという、西洋に実際にある武器だ」

 とりあえずこれを作れるように練習しようか、と店長は笑う。

「虎吉が練習している間に、私は蔵の中を少し整理しようかな」

 と、店長は再び蔵の中へ戻っていく。

 なんでも、今日は俺に合う武器を探したついでに虫干しもしておきたいらしい。

 鈴や他の使い魔とともに、次々と衣類や書物、調度品などを取り出していく。

 興味深そうに見ていると、店長に本でスコン、と頭を叩かれた。

「いてっ」

「練習に集中しろ」

「いやいや、こんな面白そうなものを見せられて黙ってられませんよ男の子は」

「そういうものか」

 納得したようなしてないような顔をしながら、店長は俺に商品を見せていく。

「これは火鼠ひねずみの衣。火の中に入れても燃えない。かぐや姫が皇子おうじに求婚されたときに要求した代物のひとつだ」

「実在したんですね」

「さあ、どうだろう。結局物語の中では見つからなかったようだが……ここらにあるのは全部魔導書。魔術を習得することが出来るが、独特の文字と暗号が読めなければ習得できない」

「文字を覚える上に暗号まで……」

「そのくらい魔術というのは秘匿性ひとくせいの高いものだ。……ああ、これは、エクスカリバーだな」

「エクスカリバー!?」

 なにかすごいことをサラッと言われた気がする。

 エクスカリバーといえばRPGにもよく出てくるナンカスゴイ武器だ。

「いや、これはレプリカだよ。本物は泉の妖精に返されたから」

「あ、なーんだ」

「でもレプリカだとしても、お前には持たせられないな。この星を真っ二つにりかねない」

 冗談なのか本当なのか、店長はクスクス笑うばかりである。

「それよりも、自分の今使える武器の修練をしたまえ。如意棒だってかなりすごい武器だぞ? 変幻自在に形を変えられるからな」

「うーん、球体は出せるんですけど、トゲトゲがなかなか……」

「形を変えられるだけでも、お前には充分見込みがある。あとはイメージを如意棒に伝える練習だな」

 頑張れよ、と頭をポンポンでられ、店長はまた蔵の様子を見に行く。

 俺は店長に撫でられた箇所を手で押さえ、ぼうっとしたままだった。

「お、天馬にれたか?」

 急に後ろから声がしてギョッと振り向くと、男が宙吊りになって――いや、逆さまに浮かんでいた。

「ごめんごめん、驚かせたな。君がアヤカシ堂の新人君だろ?」男は逆さまをやめて空中から地面に降り立ち、真正面から俺を見る。

 金髪に黒い角、黄緑の着物を着ている。鬼……なのだろうか。鬼って宙に浮くものなのかな。

「俺の名前は斬鬼ザキ。君の名前を聞かせてくれよ」

「番場虎吉です」

「ああ、敬語はいいよ。長いこと生きてるとそのへんわりとどうでも良くなってくるんだわ」

 周りの歳なんか全然わかんないから誰に敬語使ったらいいかわかんなくなるしさあ、と斬鬼は笑う。鋭い犬歯が見えた。

「斬鬼もアヤカシ堂の店員?」

「そんな大層なもんじゃないよ。俺はただの使い魔。まあ天馬に拾われて飯も食わせてもらってるし、今の境遇には恵まれてる方なんだけどさ」

 天馬のやつ、使い魔使いが荒いんだよなあ。飯も風呂も関係なく急に召喚されてふんどし一丁で戦場に放り出されたこともあったし。

 なんて、斬鬼は笑いながら話す。店長マジ店長だな、と思った。

 すると、不意にカラン、と後ろから音がした。音のした方を見ると、いかにもアラビアンなランプが転がっている。

「ああ、蔵の中の品物か。蔵の中身取り出したときに落としちまったみたいだな」

 斬鬼はランプを拾い上げて「あ、汚れてる」と着物のそででランプを拭う。

「あ」

 俺は思い出した。

 アラビアンな魔法のランプは、こするとランプの魔人が出てくる。

 しかしそれを言う前に、ランプから煙が出ていた。

「お? なんだ?」

 どうやらアラビアンナイトに詳しくないらしい斬鬼は、ランプから出た煙に驚いて、地面に落とした。

 煙はどんどん大きくなり、やがて人の形をとる。

「ふあ~ぁ……」

 ランプから飛び出した魔人は、眠たそうに大きく伸びをする。足はなく、ランプの中に繋がっている。

「ランプに閉じ込められて身体からだ中がっちまっていけねえ。で、ランプから出してくれたご主人さまは誰かな?」

「わー、なんだこいつでっけぇ!」

 斬鬼はキラキラした目でランプの魔人を見上げる。

「えーっと、ランプをこすったのはこの人ですけど」

 俺は手で斬鬼を示す。

「ああ、貴方あなた様ですか。わたくしはランプの魔人ジンでございます。ランプから出してくれたご主人さまには三つの願いを叶えて差し上げるっていう契約がありましてね」

「えっ、マジで!? ランプ拭いただけで!?」

 うやうやしくお辞儀をする魔人に、斬鬼は興奮していた。

「えっ、でも急に三つの願いなんて浮かばないなあ」

「おやおや、無欲な方なんですな。まあゆっくり考えてください」

 ジンは人懐ひとなつっこい笑顔でニコニコと笑う。

「斬鬼はなにか欲しい物とかないのか?」

「うーん、妖怪には金とか必要ないからなあ。飯も食えてるから満足だし」

「邪魔なアイツを消してくれ、とかでもいいんですよ?」

 俺と斬鬼が話しているところに、ジンが割り込んでくる。

「いや消すとかはちょっと……やろうと思えば自分で出来るし……」

 と、斬鬼はサラッと恐ろしいことを言う。

「嫌な上司におきゅうをすえたい、とかないですか?」

「嫌な上司……」

 ジンの言葉に、斬鬼はピクリと反応する。

「……天馬のやつ、いつもいつも俺に雑用を押し付けて……時間とか関係なく召喚してくるから飯も風呂も寝てるときにまでび出してくるんだぜアイツ……あー、なんか思い出したらむかっ腹立ってきた……」

「上司だったら自分の手でやっつけるとか出来ないですもんねえ、わかります」

 怒りの炎を燃やす斬鬼に、ジンはわけ知り顔でうなずく。

「よし、ジン! 天馬を死なない程度にやっつけてくれ!」

「かしこまりました、ご主人さま」

 うやうやしく一礼すると、ジンは蔵の中に飛び込んだ。

 蔵の中でガシャーンやらドカーンやらひどい音がする。

「――コラーッ! 誰だ、ランプの魔人を喚び出したのは!」

 店長が蔵の中から飛び出してきた。ジンがあとを追って蔵から出てくる。

「ご主人さまのために、死なない程度に死ね!」

「ムチャクチャ言うな!」

 店長は懐からバッと御札を展開し、ジンが指から放つ電撃をバリアのように防ぐ。

「ご主人さま、この女をやっつけるには出力が足りません。『ジンを自由に』と願えば必ずや願いを叶えてしんぜましょう」

 ジンは斬鬼を振り返り、そう言った。

「斬鬼ィ……お前が喚び出したのかァ……」

「ヒィッ!」

 鬼のような形相で斬鬼をにらみつける店長に、斬鬼はすくみあがった。

「ジンを自由に! ジンを自由に! 助けてジン!」

「――ふっはっはっはっはぁ!」

 斬鬼の願いの言葉に、ジンは高笑いを上げた。

 ランプの中に繋がれていた足はランプから解放され、ジンは完全な人型となる。

「これで俺は自由だ! 封印され続けた恨み、今こそ晴らしてくれようぞ!」

 ジンの変貌へんぼうした口調に、俺と斬鬼は困惑する。

「はあ……厄介なことになった」

 店長はため息をつきながら俺と斬鬼の方へ飛び下がる。

「あのー……俺、なんかマズイことしちゃった系?」

「だいぶな」

 斬鬼のためらいがちな言葉に、店長は短く返した。

「封印されるようなやつには、それなりの理由があるってことさ。アレはアラビア世界で暴れまわって罰としてランプに封印された魔人だ。ランプから解放した者の願いを叶え、願いを叶え終わったらまたランプに閉じ込められる。それを千何百年繰り返してきた。ヒトへの恨みはひとしおだろう」

「この場にヒトは一人もいないけど、町に向かわせたらマズイってことね、オッケーやっつけましょう!」

 斬鬼がバッと手を広げると、指先が鎌のような形状に変化した。

「ジン、短い付き合いだったけどありがとな! もっかいランプに戻ってくれや!」

 十本の鎌となった両手で、ジンに斬りかかる。

「斬鬼はどういう妖怪なんですか?」

 俺は店長に訊ねる。

「アレは変わり種でな、鬼とカマイタチのハーフだ。本来妖怪は同じ種族としか子をなさないから、ハーフは珍しい。とはいっても妖怪も数が減ってきているし、純血主義とも言っていられないんだろうな」

「へえ……」

「おしゃべりしてないで手伝っていただけませんかねえ!?」

 店長と俺がのんきに話していると、斬鬼の怒号どごうが届いた。

「こいつ結構強いんですけどお!?」

「千年以上生きている魔人だからな、溜め込んだヒトへの恨みと魔力は相当なものだろう」

「そのとおり! 俺はこの時をずっと待っていたのさ!」

 ジンが両手を空に掲げると、黒雲が町全体を覆い始める。

「ほう、天候を操るほどの……」

 店長がそうつぶやいた。

「お前らはここで黒焦げになってろ! 『いかずちよ』!」

 ピシャーン! と雷が落ちてくる。光の速さはけようがない。

「ギャッ」

 店長、斬鬼、俺は頭上から雷に打たれ、思わず膝をつく。

 ジュウウ……と肌が焼ける音がする。

「キッツ……」

 全身火傷やけどだ。普通の人間ならほとんど助からない。

 身体を焼くような痛みに立ち上がれない俺と斬鬼――だが、店長はすっくと立ち上がる。

「ほほう、まだ俺の雷を食らいたいか。それ、『雷よ』! 『雷よ』!」

 ピシャーン、ドゴーンと雷が何度も何度も店長めがけて落ちてくる。

 しかし――店長の火傷はみるみる消えていくのである。

「黒猫様が愛したこの町に、手出しはさせない」

「馬鹿な! なんだその異常な再生能力は!?」

 ジンは店長に恐れをなしたようにおののく。

綿麻めんま! いるか!?」

「さっきからおりますよ~」

 蔵の中から、白く細長い布のようなものがふわっと飛んでくる。

「いけるか?」

「百合様がいけと言うなら」

「いけ!」

「かしこまり~」

 布はふわふわと宙を舞い――ジンに絡みつく。

「!? 何だこいつは、身体にみなぎる魔力が吸い取られていく――!?」

「そいつは私の使い魔。日本の妖怪、一反木綿いったんもめん。巻き付いた相手の魔力や生命力を吸い上げる。日本の妖怪を見るのは初めてか? 力を抜けよ」

 店長の言葉に従うように、ジンはみるみる魔力を吸われ、小さくしぼんでいく。

 そのジンの身体に、店長は弱体化の御札をペタペタ貼っていく。

「――これでよし。またランプの中で反省してもらおう」

 店長がランプを手に持ち、先端をジンにちょんとつけると、ジンは掃除機に吸われるちりのようにランプの中に吸い込まれていった。吸い込まれる直前に、綿麻と呼ばれた一反木綿は間一髪で離れる。

「ちょっとぉ、百合様、私まで吸い込まれちゃうかと思いましたよ。危ないなあ」

「悪いな、綿麻」

 綿麻に微笑む店長は、斬鬼に振り向いたときには鬼のような顔をしていた。

「斬鬼よ」

「ハイッ」

「夕飯食い終わったら私の部屋に来い。お仕置きタイムだ」

「ヒィィ……」

 斬鬼はガタガタと震えだす。それだけ店長の『お仕置き』の恐ろしさが伝わってくる。いったい何をされるというんだ……。

 それにしても、店長のあの再生能力。この人はいったい何者なんだろう。

 もしかして、自称ではなく本当に神なのでは――

「虎吉も、蔵の中のものに勝手に触るんじゃないぞ。呪いがかかっている危ないものもあるからな」

「は、はい……」

「それと、如意棒のレンタル代は給料から天引きだからな」

「えっ、レンタル代取るんすか!?」

「当たり前だろう、その如意棒だって立派な商品なんだから。ま、せいぜいはげめよ?」

 店長は意地悪そうにニヤリと笑った。やっぱ魔女だわ、この人。間違っても女神なんて清らかなものじゃねえ。

 まあとにかく、俺はこの如意棒を自在に操る事ができるようになり、ネックレスの形にして持ち歩いているわけである。

 以上が俺がアヤカシ堂に勤め始めた頃の、思い出話だ。


〈続く〉

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