婚約破棄!?よろしいならば戦争だ!
Last
婚約破棄!?よろしいならば戦争だ!
グランドール大陸にあるグランドール王国。
その王都にある貴族の令息、令嬢達が通う学園の会場で卒業パーティが間もなく始まろうとしていた。
煌びやかな照明の下、様々な料理が並ぶ中で、ある者は不安気に辺りを見廻し、ある者は期待に満ちた笑顔で学友達との会話に興じていた。それは学生で無くなり貴族の一員となる事に対しての期待や不安であろうか。
それとも……
やがて会場の大扉が開かれ、五人の令息達と一人の令嬢が入場してきた。その中の一人、金髪碧眼の見目麗しい青年が壇上へ向かう。
「皆、卒業おめでとう。これより卒業パーティを始めるが、その前に私……いや私達に少し時間を割いて貰う。
――グランドール王国王太子である私フィリップスは、ルードル侯爵家令嬢シルヴィアとの婚約破棄を今この場を持って宣言する!」
会場内で騒めきが起こった。そして会場中の視線が件の侯爵令嬢シルヴィアに集まる。
「承りましたわ、王太子殿下。それではパーティを始めてくださいな」
皆が固唾を呑んで事の成り行きを見守る中、シルヴィアは眉一つ動かさず冷静沈着に答えた。
ただ、カーテシーを取らず頭一つ下げる事も無く、艶のある銀髪を肩から払う仕草は妙に威風堂々としたもので、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。そんなシルヴィアの近くにいた友人の伯爵令嬢マリアンヌが声をかける。
「ちょっとシルヴィア様、もう少し悲痛な表情でもしてくださらないと……」
「ん~……とは言われても、別に胸が痛む訳でも無し、悲痛な表情というのもよく分かりませんわ。私、演技の指導は受けておりませんのよ?」
その会話を聞いていたシルヴィアのもう一人の友人、子爵令嬢ソフィアが名案を思いついたという体で手をポンと叩く。
「あまりの衝撃に茫然自失となった、という風にしてみてはいかがでしょうか?」
「あら、それは良いわね。それで行きましょう」
「はぁ……本当にこの茶番、やらなくちゃいけないのかしら……」
溜息を吐くシルヴィアと何やら盛り上がる友人二人。
そんな様を見てか、王太子の取り巻きの一人である宰相嫡男のオーウェルが声を荒げる。
「何をこそこそと話しているのかは知らんが、貴様らの悪事は全てお見通しだ! これより王太子殿下直々に断罪されるがよい!」
そうして振り向くと、いつの間にか壇上に上がっていたピンクブロンドの髪の女性の肩を抱いた王太子がキッとシルヴィアを睨む。
「シルヴィア、学園で貴様が行った、ピュークナー男爵家ベティーナ嬢に対する数々の嫌がらせ、最早、看過する事は出来ん!」
「嫌がらせ……?」
「惚けるな! 貴様がベティに対して暴言を吐き、教本を破り捨て、階段から突き落とそうとした事は明らかである!」
「身に覚えのないお話ですが、証拠はありますの?」
「ベティが貴様にやられたと証言したのだ! 証拠などそれだけで十分だ!」
「証言だけで十分というのなら私も証言いたしましょう。私はやっておりません」
「ええい! 屁理屈を捏ねるな!」
そう大声を上げてシルヴィアに躍りかかってきたのは、王太子の取り巻きの一人である騎士団長子息のアルベルト。
今まさに掴み掛ろうとするその一瞬、シルヴィアは彼の左手の小指を掴むと何の躊躇いもなく、折った。
彼がうぐっと呻き声を上げる合間にも、彼女は手首を取り、捻り上げ、背後を取る。そうしてそのか細い体の何処にそんな膂力があるのか、体格の良い、大柄な男を突き飛ばす。
倒れるテーブル、散乱する料理、沸き起こる小さな悲鳴と小さなどよめき。
「きっさまぁぁあっ!」
憤怒の形相で立ち上がるアルベルトは、腰に帯びた剣を抜く。
「やめろ! アルベルト!」
王太子が抑止の声を掛けるが、怒りに我を忘れたアルベルトには届かない。
赤い髪から料理のタレやら汁を飛び散らせながら、シルヴィアに向かい剣を振り上げる。
シルヴィアは躱すために退くどころか、更に一歩踏み出す。振り下ろされる剣の内側に入り込み、くるりと回転しながら腕を取り投げ飛ばす。宙に投げ出され、天地が逆さになった身体。
アルベルトの頭が床に当たるというその瞬間に一閃、シルヴィアが彼の頭を蹴り飛ばす。
ゴシャッと嫌な音を立て、倒れ伏すアルベルト。最早ピクリとも動かない。
シーンという音がしているのかという位、静まり返る会場。
「フン、飼い犬の躾すらなってないようですわね」
そう言ってシルヴィアに近づくマリアンヌとソフィア。
「シルヴィア様こちらを……」
ソフィアがシルヴィアに手渡したのは拡声の魔道具。
こうなってしまった以上、仕方がないと腹を括る事にしたシルヴィアは魔道具を起動させる。
「卒業生、及び在校生の諸君! これが王家、王族である!
今、私に襲い掛かってきた暴漢は確か卒業生の一人だったと記憶している。つまり、彼は正式な騎士では無い!」
この国で騎士爵を得るには、学園を卒業し、騎士団の入団試験を通過し、数か月から一年近くの訓練を経てからになる。因みに入団するだけなら割と簡単に合格はできるが、そのあまりの訓練の厳しさからか脱落者が後を絶たないようだ。
「諸君! 御存知の事ではあろうが、王都内での帯剣、或いはそれに準ずる武具の携帯は正規の騎士のみに許されている。更には、こういった貴族の集まる会場では譬え正規の騎士であろうとも、護衛の任務に就いていないのであれば帯剣を許されてはいない筈である」
これには少し語弊がある。王都内での帯剣が許されていないというよりかは、貴族街でのが正しい。
しかし、これも形骸化しており、貴族の護衛――正式な騎士でない――は武装しており、何か問題が起これば雇った貴族が責任を取るという形になっている。
また、多くの貴族が集まる会場でも、殆どの貴族が護身用に懐や袖口に短剣や暗器の忍ばせている。
「諸君! 王族が創った法である。にも拘らず何故、法を破った者を見逃している? 何故、法を遵守するよう命じない? 何故、このような殺人鬼を侍らせている? 王族だからである」
「諸君! 爵位とはなんだ? 遥か昔、先祖代々に亘って連綿と受け継がれてきた爵位とは? 長い歴史の中で、新しく興った家もあれば、没落した家もあろう。そんな中で我等は、貴族として誇りと矜持、そして礼節を重んじるよう教えられてきた。それがどうしたと言わんばかりに嘲笑う者がいる。そう、王族である」
「諸君! 先程の遣り取りを見聞きした者は多かろうが敢えて言おう。王族は高位貴族の侯爵家の言は信じず、低位貴族の男爵家の言は信じるという。改めて問おう。爵位とはなんだ?――そして王族とは?」
「諸君! 諸君等の中には既に何人かは気付いている者もいるだろう。否、既に皆、気付いているか。
今回はたまたま我が侯爵家であった。我が侯爵家が標的にされた。生憎と私は悪運が強いのか、未だ両の足で立つ事が出来ている。
これがもし仮に、何かの縁、或いは何かの気紛れでもって、我が侯爵家以外の家が標的にされたとしたら? 諸君等の中でどれ程の者が対応できる? そう既に他人事では無いのだと、賢明な諸君等は理解している筈である」
王太子フィリップスとその取り巻き達は、話の流れが拙い方へ向かっていると感じていた。彼等は拡声の魔道具を持っていないというのもあったが、それは大声で叫べば何とかなるかもしれない。だが、何と言ってシルヴィアに抗弁するのか。
アルベルトが剣を抜いたのも良くない。どう転んでも正当防衛が成り立つだろう。
唯々、王族の権威でもってシルヴィアを断罪、追放し、フィリップスは好いた女を、取り巻き達は王族に恩をとそれしか考えていなかった。この様な展開になるとは誰も予想していなかった。
そして最も拙いのが、王太子フィリップスと侯爵令嬢シルヴィアとの個人対個人の問題ではなく、王族対貴族の組織的な対立になろうとしている事だ。
彼等がどういった対応を取るべきかと頭を悩ませている間に、伯爵令嬢マリアンヌがいつの間に手にしたのか、拡声の魔道具を持ち、些か芝居がかった口調でシルヴィアに問い掛ける。
「シルヴィア様、私個人ではとてもではありませんが、あのような大男を捻り潰す事など出来そうにありませんわ。我等個人の力はとても弱いのです。しかしながら、ここに集った我等の力を合わせれば、どうにかなるのでしょうか? 我等はどうすればいいのでしょうか?」
「よろしい、ならば戦争だ!」
シルヴィアの発言を聞いた者達は、頷く者、戸惑う者、眉を顰める者、友人と顔を見合わせる者、恋人の腕に縋る者と様々な反応を見せた。
そんな彼等にシルヴィアは告げる。
「諸君! 我等は戦争を知らぬ世代だ。無論、小さな小競り合い、盗賊団の討伐といった戦闘行為があるのは知っている。だが、大規模な戦争が起きたのはもう140年程昔の話だ。経験した者は誰一人としていないであろう。故に皆が不安に思うのもわかる。実際、私も不安だし、戦争など野蛮な行為でしかないと思っている」
「だが、諸君! 我らの胸に宿っている誇りと矜持、そして何者にも侵す事の出来ない、譲れない想いがある事を私は知っている。そう我らをこの場に立たせてくれている愛すべき領民だ!
私個人の話ではあるが、幼い頃、私は領民の一人である老婆から果物を貰った。私が礼を述べると彼女は当然の事だと言う。私達、侯爵家がしっかりと領地を治めているから、平穏安寧に暮らせるのだからと。彼女の手は農作業の為か酷く荒れていたが、私にはとても愛おしいものに感じられた。
だから私は彼女等の暮らしが少しでも良くなるよう、勉学に励み、己を研鑽してこれたのである。諸君等にもその様な愛すべき領民がいる筈である」
「諸君! そんな愛すべき領民が、王族という名の無法者の手によって、傷付き、倒れ、路頭に迷うかも知れないのだ。我等が守らねば誰が守るというのだ。
決断の時は来た! 平原で、山岳で、湖畔で、森林で、多くの者が傷付き斃れるだろう。しかし恐れる事は無い。我らのこの熱い想い、必ずや邪知暴虐なる王族を打ち倒す乾坤一擲の一撃となろう!」
「諸君! 今こそ立つ時である! 戦争を、一心不乱の大戦争行おうではないか!」
オオーッ! と何やら盛り上がる会場。その様を見て宰相嫡男のオーウェルが叫ぶ。
「そ、そんな事、許されるものか! これは国家反逆罪だ!」
「うるせぇ!」
「すっこんでろ!」
「王家の犬がしゃしゃり出るな!」
オーウェルと卒業生達が言い争っていると、誰かが投げつけたであろうローストビーフの一切れがビシャッとオーウェルの顔に張り付く。
「誰だ! こんなことをするのは!」
怒りを露わにローストビーフを投げ捨てて問い質すオーウェルであったが、誰も名乗り出ない。しかもクスクスと小さな笑い声がしている。実に貴族らしいやり方である。
「馬鹿にするな!」
そう言って彼は手近にあった果物を取ると、全く関係のない令嬢に投げつけた。
「何をする!」
「うるさい!」
「彼女は関係ないだろうが!」
「やられたからやり返しただけだ!」
「てめぇ!」
そうして投げ付け合う料理の数々。やがて皿やフォーク等の食器も飛び交うようになり、会場は大混乱に。
結局、警備の人間によってその場は治められ、卒業パーティは中止、即刻解散する事となった。
後日、卒業パーティを混乱に陥れた者達への咎は、不問とされた。幸いにも、大きく負傷した者がいなかったので、というのは建前で、関係者である自分の息子を守る為、宰相が手を廻したのだろうと誰もが思った。
ただ、シルヴィアだけは参考人として王宮に召喚される事となったのだが、既に彼女は領地に戻っており召喚に応じる事は無かった。理由は、王太子による誹謗中傷、騎士団長子息による襲撃に、精神的に参ったので領地で療養する為という事だった。
フィリップスの婚約破棄、シルヴィアの断罪、混乱の卒業パーティ、全てが有耶無耶のまま鎮静化するかと思われた。
だが、シルヴィアの行った演説は一部の人々の心に燻ぶり続け、やがて大火となり、大きなうねりとなって王国中に吹き荒れる事となる。
――動乱の群雄割拠の時代の始まりである。
「征くぞ! 諸君!」
そう声高に宣言する銀髪の令嬢の姿があったとかなかったとか……
婚約破棄!?よろしいならば戦争だ! Last @Last_Word
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます