スポイトホルダーたちの色争奪戦

ちびまるフォイ

色づく世界をもたざる争い

道にスポイトが落ちていた。


道に石ころが落ちているのは納得できる。

空から女の子が降ってくることもまあ許容できる。


道にスポイトがあるなんて、なんだか不自然だった。


「近くに大学や研究室もないのにどうして……」


スポイトを手にとってみるがなんの変哲もなかった。

すでにスポイトの中には液体が入っているようだ。


「きれいな色だな。金かな?」


スポイトを押し出して中の液体を外に出す。

液体の金かと思ったけれど、手にとった水滴に重みは感じない。

それどころか触れた感覚もない。


いくらスポイトを押して中を引き出しても、

中に入っている金色の液体が減ることはなかった。

常に同じ一定量が保たれ続けている。


「どうなってんだこれ」


スポイトを割ってみようかとも考えたが破片で怪我しそうなので辞めておいた。

ポケットに入れて帰宅すると、スポイトのことを話せる状況ではなくなっていた。


「あんた大変よ! 世界から金色が盗まれたって!!」


「金色が盗まれた!?」


テレビでは金色が盗まれたことで、全世界から金色が失われていると言っていた。

犯人は色スポイトで金色を抽出したまま逃走したという。


「え……うそだろ……」


犯人はすでに逮捕されたがスポイトは持っていなかったという。

金色が失われたことで、ギラギラ輝いていた近海もただの灰色の延べ棒に見える。


「ああ、私の自慢の金のネックレスがこんな石くずに……。

 もう金色を盗んだやつはただじゃおかないわ」


「ダ、ダレダロウネー……」


俺はしばらく家に帰れないなと確信した。


しかし、問題は金色だけに収まらなかった。


「大変です! りんごが灰色になっています!!」

「バナナが灰色です! どうなっているんでしょう!?」

「なんてことだ! 虹がすべて灰色一色になっているじゃないか!」


世界で天変地異の報告が相次いだ。


金色を閉じ込めたスポイトは俺だけが所持しているが、

空っぽのスポイトは世界各国あらゆる場所に所持されている。


そのスポイトホルダーたちが世界から色を抜き始めたのだ。

世界は灰色へと色を抜かれてしまった。


『世界のみなさん、この放送が届いているでしょうか。

 我々はブルーホルダー。青の占有者です。

 現在、青色は我々の手で預かっています。独占する気はありません。

 

 ただ、青色を使いたい人はしかるべき使用料を我々に献上してください』


「何いってんだこいつ……」


顔をマスクで隠した青色の所持者の演説はまたたく間に広がった。

青色を求めている人はお金を払って青色を取り戻す。


「ああ海が青い! 空が美しい! 青色を買ってよかった!!!」


青色のライセンス料を払った人は感動して叫んでいた。

俺は青色が失われたままなので灰色にしか見えない。


このアコギ極まりない商売は他のスポイトホルダーにも広まった。


『俺がレッドホルダーだ。赤色が使いたいやつは来な。

 ただし、女だけだ。金はいらねぇ、支払いは女だけだ。ぎゃははは!』


『私が銀色を所持しています。銀色を取り戻したい方にはお譲りします。

 ですが、譲るに値する人間かどうかはこちらで判断いたします』


『みんなー、黄色って使いたくない? 使いたいよね?

 私、黄色もってるんだー。欲しい人はDMで連絡してね♪

 黄色を使わせてあげる代わりに美味しいご飯が食べたいな♪』


色を好きに扱えるという特権を手に入れたスポイドホルダーたちはやりたい放題。

俺も同じことはできるが、持ってないふりを続けていた。


そんなある日。


「なぁ、みんなで赤色を奪還しないか?」


友達から話があると招集された。


「実は、赤色のスポイトホルダーの家を特定できたんだ。

 アイツの寝込みを襲ってスポイトを回収しちまおうぜ。

 そうすれば俺たちが赤色を手にできる」


「や、辞めたほうがいいんじゃないかな……」


「なにびびってんだよ。色を持っているだけで偉そうにしているクズなんだぞ」

「俺はやめとくよ……」

「腰抜け」


宣言通り友達は深夜に襲撃を敢行した。

しかし、赤色のホルダーは襲撃者の対策も万全で友達は灰色の血を吹き出して死んだ。


「言わんこっちゃない……」


友達の死が大々的に報道されるや、スポイトホルダーたちへの襲撃がはじまった。

なまじ広く自分がホルダーだと知らしめたために狙われることとなった。


「どうしよう……もし、俺が持っているとバレたら……」


すでに色の強奪戦は国家レベルでの戦争段階まで広がっていた。

スポイトホルダーが国にいるだけでお金が集まってくる。

これを放っておける訳がない。


「〇〇さん、ですね?」


「は、はい……」


「我々は国家より派遣された超色保護団体CPAです。

 色検知機により、あなたの自宅からスポイト反応がでました。

 あなたは色を所持していますね」


「所持していたら……どうなるんですか」


「色を民間人の手に独占させるわけには行きません。

 我々の手でしっかり管理させてもらいます」


「管理って……それこそあんたらが色を独占したいだけだろう!?

 俺は……俺は金色を政治や戦争の道具になんてさせたくない」


「おい金色だ。探せ」

「はっ」


俺の言葉を待たずに部隊は土足で家に入っていく。

灰色の自動小銃がこちらをにらみつける。


「あんたらに使われるくらいなら……」


俺は隠していたスポイトを取り出すと、その場で叩き割った。

中身の金色はあっという間に空気の中へ消えてしまった。


「貴様! 一体何をした!!」


スポイトホルダーだけが事実を知っていた。

もう世界に金色が戻らないということを。


金色が失われたことが広まっていくと、

他のホルダーも自主的に破壊したり戦争の末に破壊されていった。


人の命を失われるほど大規模な色戦争はやっと集結し、

もっと早くに辞めておけばと灰色に成り果てた世界で誰もが後悔した。


「もう特権なんてこりごりだ……」


色が失われた白黒の世界で過ごしてからしばらく経った頃だった。

家の前にふたのしまったビンが転がっていた。


「誰だよ、俺の家の前にゴミ捨てたのは……」


ビンのフタを開けると、ふわんとラベンダーの香りが広がった。

フタを開けっ放しにしていても匂いが消えることはない。


「なんだろう、これ……」



その頃、世界からラベンダーの香りが消えていることを、

芳香剤の会社が真っ先に気がついた。


のちに俺は香りのボトルホルダーとして世界で指名手配されることとなる。

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