第一章 未確認重要事項保護局

水先案内人


 吉川茜さんが待っていました。

 いわずと知れた血のつながらない私の姉、イシスです。

 その姉が跪いて、私の足元に口づけをしていいます。


「私、イシスはアナーヒターを主とし、すべてを捧げていますが、いま改めてここに奴隷として、支配される者であることを誓います」

 首には金のチョーカーが輝いています。


 ところでヒロトとアナーヒターの呼び分けは、何処でつけているのでしょうね……

 エールさんが、どうしていいか分からずウロウロしています。


 姉が、

「私がイシスです、前のヴァルナ評議会議長であり、アナーヒターの『しもべ』でもあります」

 エールさんがひれ伏しています。


「挨拶は不要です、マレーネより聞いていますし、チョーカーがすべてを物語っています」

「貴女には水先案内人になってもらいましょう」


 ?


「テラの水先案内人ですよ、アナーヒターは人としての世界は知っていますが、見えない世界があるでしょう?」

「このテラのはぐれアンドロイドたち、野良の世界、そして浮遊幽子集合体、さらにいえば物の化どもの事とか、そこで貴女の知識が必要でしょう」


「そのチョーカーにかけて、貴女は貴女のあるじのお役にたつのですよ」

「勿論、身も心もすべて捧げて、おわかり?」


「承知いたしました」


「アナーヒター、しばらく外出は控えてね、貴女は誰が見ても女神と感じますから」

「サリーさんもエールも、悪いけど外出は駄目ですよ、貴女たちも半端ではないのですからね」

「身の危険はナノマシンが自動的に守りますが、目立つことは避けたい、しばらく対策を練らなければね」


「でも、それなら姉さんはどうなのですか?」

「半端でないというなら、姉さんもそのカテゴリーに絶対に入るでしょうに」

「私は貴女たちと違い、この辺りでは見慣れた存在になっています、何といってもここの住人ですし」


 確かに見なれた存在は、そんなに注目を浴びないのかもしれませんが、しかし姉の美貌は半端ではありません。

 信奉者がそれこそ『わんさか』いるはずです。

 ここは注意しなくては……


 薫さんが頭の中に呼び掛けてきました。

「マスター、この際、魔法をご使用ください、光学迷彩です、光の透過・回折を用いれば可能でしょう」


「重力操作で空間歪曲させれば完璧ですが、巨大質量を姉上様のご自宅で操作するのは、避けた方が無難でしょう」

「盗聴装置などは、姉上様が完璧に削除されておられますので、この程度の事で二三日は問題ないと考えます」

「あと熱を遮断されることをお勧めします」


「このぐらいされておけば、姉上様のご自宅内なら大丈夫です」

「姉上様のご自宅の周囲には、ナノマシンが防御しています、マスターならお感じになられるでしょう」

「悪意を持つ者がくれば、ナノマシンが自動即応するでしょう」


「取りあえず、外出は一旦この宇宙船にお戻りになり、マレーネが安全を確保した地点に転移されることを勧めます」

「新婚旅行は、このテラでの拠点を確保してからにいたしましょう」


 姉はマサチューセッツ州ケンブリッジに住んでいます。

 チャールズ川を隔てて、ボストンの対岸に位置するこの町は、アメリカ有数の学術都市です。


 有名なハーバード大学や、マサチューセッツ工科大学がキャンパスを構えていますが、そのほかケンブリッジ・カレッジ、レスリー大学、ロンギー音楽大学が、それぞれケンブリッジ市内にキャンパスを構えているはずです。


 姉の自宅は平屋の一軒家で、そのケンブリッジの郊外、ボストンの地下鉄のレッドラインの起点、エールワイフ駅近くにあります。


 学生が多く、その為か独身が多いこの町は、アメリカ北東部で最も家賃が高く、長く居住する者が少なく人口の流動が激しい町です。

 たしかに何かの理由をつけて移り住むには最適ですね。


 でも姉はどこに勤めているのでしょうね?

 このお家って、独身の女が一人で住むには分不相応と思えますし、ミレニアム懸賞問題の賞金百万ドルがあるとしても不思議です。

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