4 ひともムジナもおなじ穴(13)

 緊張がほどけて、あやねはほっと肩を下ろす。太白が優しく声をかけた。


「あやねさん、ありがとうございます。今回も助けてもらいました」

「わたし……なにも、大したことはしてないです。勝手に熱くなってしまって、申し訳ありません。歳星さんは、太白さんの育ての親のような方なのに」

「いいえ、僕のために怒ってくれてありがとう。僕ではいえなかったことです」


 元気のないあやねを力づけるように、太白は優しい声でいった。


「今日は情けない面ばかりお見せしました。あやねさんがいなければ、僕は暑さにダウンするだけで、最悪な結果になっていたかもしれない。あなたに頼りきりで、なにもしていないのは僕のほうです」


 あやねは太白を見上げて尋ねた。


「本当に……人間と妖かしの組み合わせは、不幸にならないと思いますか」

「思います」


 きっぱりとした返事に、あやねは驚いて目を開く。


「妖かしと人間の、寿命の違いによる不本意な別れは、夫婦のあいだだけで起こるものはありません。親子でもそうです」


 あ、とあやねは口を開けた。太白はゆっくりと、言葉を継ぐ。


「僕は、自分が生まれてきたことを後悔したくない。それは父や母が僕に向けてくれた愛情を、否定する行為です。だから僕は、自分が不幸にならないと信じているし、それを自分自身の力で証明していくつもりです」


 あやねは理解する。きっとそれは、そうめいな太白が、母を失い、父とも別れた哀しみを乗り越えるために、ずっと自分にいい聞かせてきたことなのだ。


「……太白さんは、いってましたよね」


 あやねは太白の手に触れて、励ますように力強くいった。


「自分が歩けないときは助けてほしい。それでフィフティフィフティだと。僕たちはチームだと。だから頼ってください。わたしも頼ります。協力していきましょう、だって、チームなんですから」


 太白は目をみはったあと、ふいに楽しそうに破顔した。


「ど、どうかされたんですか」

「いや、僕にも、時代遅れの男のけんというものがあったんだなと。口ではそういっておきながら、手助けされるのが恥ずかしいなんて」

「わたしにもありますよ。沽券というか、プライドですけど」

「そうでした。あなたは誇り高いひとだ。自分でできることは自分でする」


 ふたりは見つめ合い、笑みをかわした。


「今後とも、よろしくお願いします。あやねさん」

「こちらこそ。この仕事、きっと最後までやり遂げてみせます」


 ふたりはお辞儀をして、固く握手をする。

 太白と見つめ合うあやねの胸は、誇りと希望でいっぱいになった。

 だれかに力を認められ、評価され、必要とされること。

 だれかを喜ばせ、満足してもらうこと。

 それはあやねにとって、なによりも誇らしいことだった。

 この仕事につけてよかった。このひとと出会えてよかった。これからどれくらい一緒にいられるかわからないが、持てる力を尽くしていこう。

 太白の手のひらを握り、あやねは嚙みしめるように思った。



 だが数日後、思いがけない事態によりあやねは太白のもとを離れることとなる。

 それは、前の会社からの急な電話。

 退職を撤回するので、すぐにでも東京へ戻ってきてほしい。

 あやねがかかわっていた『妖忍』フェスの案件が難航して、どうにも解決策が見つからないから──と。


――4 ひともムジナもおなじ穴/了――


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青葉グランドホテルでの妖怪相手の仕事にも慣れ、太白との心の距離も縮まってきた矢先、東京に戻ることになってしまったあやね。

何やら前の会社はトラブルに見舞われているようで……。

さらにあやねの身にも、危険が――!?

青葉グランドホテルの危機は救えるのか、そしてあやねと太白の『契約夫婦』関係はどうなるのか!?!?


気になる続きは、絶賛発売中のメディアワークス文庫『百鬼夜行とご縁組~あやかしホテルの契約夫婦~』にて!


メディアワークス文庫『百鬼夜行とご縁組』はシリーズ1~2巻が、現在大好評発売中!

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