4 ひともムジナもおなじ穴(12)
太郎と深雪は仲よく腕を組み、広いキャンパス内を歩いていく。その姿が建物の向こうに消えたタイミングで、ふたつの人影が太白の背後に現れる。
「急な要請でしたが、ありがとうございます。助かりました……ですが」
太白は背後を振り返る。
「歳星までくる必要は、なかったのではないかと」
人影は、愛くるしい振り袖の白木路と、暑いのにスーツ姿の歳星だった。
「白木路は外に出たら、一見ただの幼女だからな。保護者の役目もある」
「土門さまは、結界を張る手助けもしてくださったんですの」
にこにこと白木路は笑顔で答える。
「高階の領域外で結界を張るのは、色々苦労するんですのよ。その地の土地神にお断りしたりですとか。奥方さまも、みだりにお願いなさらないでくださいね」
「はい、ご迷惑おかけしました……」
頭を下げるあやねをかばうように、太白がいった。
「ですが、あやねさんが深雪さんの言動の違和感に気づいてくれたおかげで、あのおふたりにはご満足いただけましたから」
あやねは黙っていた。なんともいえない想いで、胸がふさがれていたのだ。
深雪と太郎の会話は、ずっと食い違っていた。
いったはずだという太郎。聞いていないという深雪。そこには、双方の記憶の
どちらが正しいかはわからない。ただ、それが老いによる病のせいなら、という可能性に、あやねは思い当たってしまったのだ。
「太郎さまは、もしかしたら本当に、この出会いの地で結界を張って深雪さまを閉じ込めようとなさるおつもりだったのかもしれませんわね」
白木路が、窓ガラスの向こうを眺めてつぶやく。
「深雪さまの不調に気づいて、それでわざわざ四十二年ぶりに、結婚記念の旅行という名目で、仙台へお見えになったのだと思えてなりませんわ」
「でも、深雪さんの真意を知ったのなら、もうそんなことはしないはずです」
あやねは目を落とす。外のまぶしさが、なぜか目に痛かった。
「ご夫妻は満足してくださったと思います。ただ、これで解決ではありません。今後おふたりは病に向き合い、別れに備えなくてはならないんです」
ぎゅ、とあやねは膝に置いた手を握りしめる。
「お節介だったのかもしれません。本当に、これでよかったのかなって」
「くだらんことを。それは彼ら自身が悩むべき話だ」
歳星は厳しくいうと、太白に目を向けた。
「俺は、はっきりいってこの結婚には反対だ。おまえの父親の、長庚の二の舞にならんとも限らん。長庚だけの話ではない。立沢夫妻を見ただろう。妖かしと人間との組み合わせは、妖かしにとって不幸にしかならん」
「そんなこと、ありません!」
思わずあやねは立ち上がった。
「立沢夫妻が幸せでないなんて、なぜいえるんです。長年連れ添って苦楽をともにして、いま哀しいことを前にしても、それでも最後まで一緒に歩いていこうとしてる姿を見て、なぜそんなことを部外者がいえるんです!」
公私混同だ。自分の腹立たしさを夫妻の名前を借りてぶつけているだけだ。
そう思っても、あやねは言葉が止まらない。
「お節介かも、とは思いました。でも、たとえはたから見てどうであれ、やっぱりあのおふたりはともにいて幸せだったんです。そして、ご本人が幸せで満足なら、わたしたちが幸不幸を決めつけるべきじゃないんです」
勢いのついた言葉が、あやねの唇からほとばしり出る。
「太白さんのことだって、そうです。なんでもかんでもご自分の思い通りになさりたいのかもしれませんが、太白さんはあなたじゃありません。ご本人の意志を無視して、外から決めつけるのは、間違っていると思います」
「愚かしいな」
しかし歳星は冷たくいった。
「おまえの言葉は矛盾している。はたから見て不幸だといえないなら、幸福かどうかもわかるまい。自分が置かれた状況が見えない輩などごまんといる。正しさを教えてやらねば、いつまでも迷うばかりだろうが」
「いいえ、歳星。僕はあやねさんと同じ意見です」
太白が冷静にいった。
なに、と険しい目を向ける歳星に太白はさらにいった。
「妖かしと人間の組み合わせが不幸になるとは思いません。それと、今後僕らを試すのはやめてもらいたい。もうあなたは僕の教育係ではありません。同じ職場で働く社員として助け合っても、一方的に諭されるいわれはない。……ですが」
そこまでいって、太白はきちんと頭を下げた。
「今回は力を貸してくれてありがとうございます。助かりました」
「はっ、偉そうにいっても、結局は俺頼みだろうが」
歳星はいかにも不愉快そうに答える。
「たかだか二十数年しか生きていない、口先だけの若造どもが偉そうに。今後、その虚勢をどこまで張れるか見ものだな」
歳星はきびすを返し、カフェを出ていく。白木路が愛らしく手を振って、振り袖をひるがえしてあとを追っていった。
【次回更新は、2019年12月18日(水)予定!】
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