意地悪な男友達

七山月子

いつだってそうだった。

三島くんは私を見下している。

三島くんは私が着ている青いコートを鼻で笑い、私の描いた絵を見て嘲笑った。

いつだってそうだったのに、私は彼との縁を切れないでいた。

今日この夜だって、本当は彼と食事に行く約束なんてせずに家でのんびりと食べたいものを口にして自堕落にソファに寝そべって居たかった。

でも三島くんのお誘いに乗らないことは、一種の負けだ、とどこかで思っていた。

三島くんは私の箸の持ち方を一瞥して、

「相変わらずへんな食べ方する」

と笑った。

この笑顔がまた、嫌味っぽい。まず声を出して顔は後から笑う。どんな時でもそう。

こう言う人なのかなって思ってた時もあったけど、私以外の友達に屈託無く笑っているのを見かけて以来、その考えは払拭されて、忌々しさが募った。

「三島くん、今日は仕事、どうしたの? 」

平日の水曜日の夜(夕方18:00)。

レストランにも人はまばらで、心配どころか無職になったとかいう答えを求めて訊いたら、

「休職した」

なんて素晴らしい答えが返ってきたものだから、心の中で目を輝かせた。

どうして? なんて疑問をぶつけたら三島くんのことだから、私の私生活を全て箇条書きにしてここがいけないところ、という表や図でも書いて指摘してくるだろうから、絶対きかないように気をつける。

「そう、しばらくゆっくりするといいよ」

眉を下げて慈しむような笑顔を作り、ワインを飲んだ。

「羽子こそ、最近どうなの」

無表情極まりない顔で、そんな風に応戦する三島くん。だけど休職するほど切羽詰まっているのは私ではないのだ。社会貢献も出来ないような男に私が負けるわけにはいかない。

今夜こそは、三島くんといえども勝てる。

「順調だよ、仕事もプライベートも恋愛も」

「ふうん」

フォークで刺した肉を行儀悪く齧った三島くんは、

「彼氏居たっけ」

顎を斜めに上から目線で私を見やる。

三島くんこそ彼女なんてとうの三年前に振ってから以来、居ないくせに。

「好きな人が居るって素晴らしいよ」

私がにこやかにスズキのムニエルを切り分けて身を口の中でほぐし味わうと、

「誰? 」

低い声で訊いた三島くんの顔が、怒っていた。

やらかした。

あんまり心地のいい勝ち戦なもんで酔いしれていたら、これだ。

私に好きな人なんて居ない。実をいえば学生時分以来、そんな対象さえ影すら見えなかった。私は人を好きになる才能がない、と20代後半から悟って、ようやく吹っ切れた30歳の今なのに、哀しすぎる嘘をついてしまった。

ムニエルに添えてあるペラペラのフリルレタスくらい、薄い嘘を、しかも三島くんに。

「居ないくせに見栄、はるなよ。馬鹿馬鹿しい」

全て見透かしているくせに、三島くんはため息をついて時間を引き延ばした後にそう言った。

意地悪。その言葉が彼にはぴったりだと思った。

「羽子だから言うけど、俺、病気になったんだ」

唐突にそんなことを切り出した三島くんは、ワインを呑気に飲んでいる。ワイングラスの奥で目を細めて、固まった私を味合うように眺めている。

「治療するための休職期間だけど、実際手強くてマイナーな病気らしくて。羽子、俺のこと嫌いだろうから、清々するだろ」

意地悪いはずの口の端が、つり上がってすぐにへの字になったのは、私が思いがけず泣いたからだろうか。

三島くんは長い腕を伸ばして、私の長い髪先を掴んだ。

何も言わずに、指先と私の髪の先が絡まっている。人もまばらなレストランで、スズキのムニエルをあふれた涙でよく見えないまま、切り分ける。

三島くんは学生の頃から意地悪で、私が何かを失敗すると必ずそばに居て、嫌味を言って立ち去る。そう言う人だ。

強靭で大きな壁であった彼が、急に弱々しい人間になってしまったのが、きっと哀しかった。

「死んだら、嫌だなあ」

私が絞り出した声は蚊の鳴くような声で、三島くんの絡ませた指先は離れ、

「じゃあ結婚してくれよ」

という言葉が、まさか三島くんの背けた顔から聞こえてくるなんて、予想だにしていなかった。

「え? 」

「死ぬかも知れなくて可哀想な俺に最後のいい夢、羽子に見せて欲しい」

憮然とした顔で、そう言った三島くんが、悔しそうに頭をぐしゃぐしゃにかき回し、

「違う。俺、羽子に嫌われてるのわかってるけど、好きなんだよな。好きなんだ。好きってことくらい、ちゃんと言いたい」

そして三島くんはおもむろに立ち上がり、数千円の支払いをしてからレストランを後にしたけれど、私は一人、無残に引き裂かれたスズキのムニエルを見つめていた。

はたと気づき、慌ててカバンをひっ掴み、彼を追いかけたのは、私が三島くんを嫌いなんかじゃないから、と伝えるためだったが、私と三島くんは結局、死に別れることもなく、結婚もせず、それから何年経っても、意地悪な彼と意気地のない私は、友達というやつに収まるのだった。

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