吐き出した煙を見上げる夢

@moto500

第1話

 「もうどうにでもなれっ」


 誰もいない公園で俺は一人叫んだ。そして感情に身を任せスマホを空高くへと放り投げた。あとの事なんて気にしなかった。感情のままに流されるように。


 画面には企業からのお祈りメールが映し出されていた。


 今回の不採用のお知らせはこれで何通目だろうか。数えるのをやめて既にかなりの数を目にしてきたと思う。


 何もかもがうまくはいかない。僕の人生は何もかもそうだ。成功したことなんて片手でも余るくらいの経験しかないと思う。


 ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。煙を吸い込む。ニコチンが体の中へと巡ってく。さっきまでイライラしていた気持ちが落ち着いた。


 「タバコなんて絶対吸わないって子供の頃は言っていたのにな」


 親父は俺が小さい頃に死んだ。死因は癌だ。親父は重度のヘビースモーカーだったのだ。煙草に親父は殺されたそういわれて育ってきた俺は絶対にタバコなんて吸わないと言っていたはずだった。


 しかし、大学生になり先輩に勧められ最初の一本を吸った。


 いや、半分は自分の興味だったのかもしれない。煙草は親父を殺した。しかし親父は医者にやめろと言われても煙草をやめることはなかった。なぜ親父はそこまで煙草をやめられなかったのかと、そこまで煙草は魅力的なのかという興味は俺のそこには常にあったのかもしれない。つまり、俺は先輩に勧められなくてもいつかは煙草を吸うようになっていたかもしれないと最近思うようになっていた。


 一本目の煙草を吸い終える。いつしかイライラした気持ちが少しだけ落ち着いた気がした。


 ポケットからスマホを取り出し時間を確認しようとするが、それは先ほど自分が投げてしまったっと思いだした。


 「何やってんだろ俺……」


 一時の感情に身を任せた自らの行いを反省した。


 「探すか」


 スマホを投げた方向へと歩き出した。


 


 「これは君の物かい」


 四十代くらいの男性が俺のスマホを差しだしてきた。それを見てみると、それは汚れは増えていたが確かに自分の物だった。


 「ありがとうございます」


 男性からそれを受け取った。ロックを外して動作確認を行なう。画面は問題なく表示され動作も普段と変わりはないようだった。


 「よかった」と小さく呟いた。


 「壊れていないようでよかった」


 「本当にありがとうございました。お礼と言っては何ですが一本どうですか」


 煙草を一本差し出す。口に出してからしまったと思った。男性は大学の教授や先輩ではないのだ。彼らへと同じように煙草を一本差し出してしまったが、禁煙や分煙が進むこのご時世、男性が煙草を吸わない人の可能性は高い。それなのにそれを勧めてしまうのは、失礼に当たらないのかと心配になったのだ。


 男性は少しだけ戸惑ったように見えたが、箱から一本だけ取り出した。


 「煙草はだいぶ昔にやめたんだけどね。せっかくの少年からの誘いだ。一本だけ頂こうかな」


 どうやら彼はお酒を飲んで酔っているようだった。




 男性と二人喫煙所に向かった。


 喫煙所に着くと男性の煙草に火を点け、そして自身も一本煙草を取り出し火を点けた。


 「ありがとう」と男性は小さくいった。


 梅雨の開けた初夏の夜。昼よりは涼しいがねっとりと暖かい夜の空気少しだけ心地悪い。


 「ところで君はなんだか、とてもむしゃくしゃようだがどうしたんだい」


 男性が口を開いた。男性の口ぶりからするとスマホを投げたところを見られたらしい。みっともないところを見られたと少しだけ恥ずかしくなる


 「もしよかったらおじさんに話してみないかい。私はどうせ酔っていて明日には何も覚えていないだろうし、それに思っていることを口に出すとすっきりするぞ」


 「えぇっと実は……」


 気がつけば口が動いていた。就活でうまくいかない事、研究がうまくいかない事。いくつもの自分を崩そうとしているストレスの元をいくつも男性に話していた。


 どうせこの人とは、二度と会うことはない。どんなことを言っても別に明日からの俺には関係ない事だと開き直っていた。


 


 気がつけばかなり長い時間、男性に話していた。そして、俺がどんなに負の感情を自ら感じている劣等感を口に出しても男性は目を見て頷き、しっかりと話を聞いてくれていた。


 


 一通り愚痴を言い終えるとおじさんは俺に言った。「そうか、辛いんだね」っと。


 たったそれだけの一言で気持ちが楽になった気がした。


 「今の若い子は大変だね、おじさんが若い頃はもっと楽だったと思うけどね……」


 笑いながら男性は言った。


 「とりあえずもう少しだけ頑張ってみよう。そうしたら多分君の人生はうまくいくと思うから」


 「もう少しだけって……」


 「なんとなくなんだけど、おじさんは解るんだよね。君の悩みはあと少し楽になるって」


 「あと少しってもしかして大学を卒業するまでなんて言わないですよね」


 大学を卒業すれば研究に対する不安は消える。そんなことは誰に言われなくたって解っている。


 「さすがにそこまで遠くじゃないよ。具体的には来週末までには……」


 思ったより近かった。しかし、一体何を根拠にそんなことを言っているのだろうか。


 「信じてないでしょ。まあ普通は信じないよね」


 当たり前だと心の中で言う。


 「それじゃあおじさんはここで帰るとするかな。これ以上遅くなると妻に怒られるからね」


 「すみません。いろいろ相談に乗っていただきありがとうございました」


 男性に頭を軽く下げた。


 「私は何もしていないのに……」


 「愚痴に付き合っていただいただけでも本当にありがたかったです。正直、いろいろなことでいっぱいいっぱいだったので……」


 「そうか。こんなおじさんでも役に立って嬉しいよ。それじゃあね」


 そういうと男性は世闇の中へと消えていった。


 


 翌週やっと一つ目の内定が出た。男性の言うとおりだった。


 なぜだか彼にお礼を言いたくなった。


 それからというもの毎日おじさんと話した公園へと向かった。


 しかし、おじさんは現れることはなかった。最初は毎日公園へと向かったが、大学を卒業するまでに彼に会えることはなかった。


 


 大学を卒業して十五年以上がたった。私は既に多くの部下を持つ立場になっていた。多くの人と出会い多くの経験を積んで、運命の人と将来を誓い合ったそして子供を授かった。


 そんなある日私は大学時代の研究室の仲間と久しぶりに集まって飲んでいたのである。中には卒業以来会うことのなかった人もいたので予想以上に話とお酒が進み、かなり酔いが回っているのが自分でもわかった。


 駅で仲間と別れた後に十五年ぶりにあの公園と向かった。懐かしい公園へと入ったその時、


 「もうどうにでもなれっ」


 と叫びながら何かを投げる青年を見かけた……。

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