第5話 便利なアレ
屋敷に帰り、部屋で水晶玉を使った魔力増量トレーニングを行なっていると、メアリーがやってきた。
「ケミスト様、ご無事でしたか……。それにしても随分と早いお帰りですね」
「メアリーが心配しているだろうと思って、急いで帰ってきた」
「それが一番です。火竜の討伐なんて流石に無茶ですよ」
「いや、火竜なら討伐してきた」
「……はい?」
「証拠に──ほら」
バッグの中身を開けて、メアリーに火竜の素材を見せる。
「……ご購入された、とかではなく?」
「そんな金、どこにも無いだろう。アーク兄さんならまだしも、俺は父上に嫌われているからな」
「……ですよね」
「……ですよね、ってひどくないですか?」
「申し訳ございません。……そうなると本当にこの短時間で火竜を討伐してきた訳になるんですね……」
「うむ。褒めてもいいぞ」
褒められるのは好きだからな。
「ケミスト様、流石です! 本当に凄いです! お世辞とかじゃなく、心の底から感服いたしました!」
「フフフ。まぁそれほどでもあるかな」
やはり褒められると気分が良い。
しかし、それを表に出すのは何かカッコ悪い気がするため、喜びは心の底にしまっておく。
「しかし、どうして火竜を討伐されに行ったのですか?」
「作りたいものがあってね」
それには高品質な素材が必要だった。
竜の素材は耐久力が桁違いに良い。
これならば俺の欲する物を作れるだろう。
◇
翌日。
菜園で俺は錬成をしていた。
まず、大量の魔力を消費して、亜空間を作る。
これは物理法則が成立しない隔絶された空間であり、時間という概念が存在しない。
竜の鱗と翼膜を合成した皮で、亜空間の裂け目の周りを囲む。
そして固定し、持ち運びが出来るようにバッグとしての加工を施せば──。
「よし、出来上がったぞ。【アイテムバッグ】だ」
俺が作りたかったものはアイテムバッグだった。
これさえあれば、この小さなバッグの中にほぼ無限にアイテムを入れることができる。
主に食材、ポーションの保管に重宝する。
時間という概念が存在しないため、鮮度を保てる。
「とりあえず、今あるポーションを入れておくか」
棚を見ると、結構な量のポーションが並んでいたので、全てアイテムバッグに入れておいた。
保管だけでなく、持ち運びも便利になった。
錬金術の材料もいくらでも運べるわけで、先日倒した火竜ごと持ち帰ることも出来る。
「試しにメアリーにポーションでもプレゼントしようか」
ポーションって貰っても困らないだろうし、便利なアイテムだと思う。
俺も暇さえあれば作ってるし。
屋敷に戻り、メアリーを発見した。
屋敷の窓を磨いているようだった。
「メアリー、お疲れ様」
「おや、ケミスト様ではありませんか。その背負っている物は一体なんですか?」
「これが俺の作りたかったものだよ。アイテムバッグって言うんだ」
「安易なネーミングですね。バッグを作りたいのでしたら、わざわざ火竜の素材を使わなくてもよろしかったのでは?」
「んー、上質な素材じゃないと亜空間をその場に固定させることが出来なくてね」
「……亜空間? 固定? よく分かりませんが、分かりました」
メアリーは難しそうな顔をして、首を傾げた。
「それはさぁ、分かってないよね。まぁ簡単に言うと、このアイテムバッグの中にいくらでも物が詰め込めるんだ」
「……例えば、そのアイテムバッグのサイズよりも大きいものを入れることも可能なのですか?」
「可能だよ。そこのスコップを試しに入れてみようか」
アイテムバッグより明らかに大きいスコップを取り、入れてみる。
すると、スーッと入っていった。
重さも変わったように感じられない。
軽いままだ。
「ほらね」
「……なんてものを作ってるんですか!」
「えぇ……なんで怒ってるんだ?」
「怒ってません! しかし、とんでもないものを作ってくれたな、と不安になりました!」
「つまりそれは怒っているのでは?」
「怒ってません!」
「……はい」
おかしい。
メアリーと俺って、俺の方が立場上だよな?
逆転していないか?
有無を言わせぬ迫力がメアリーから感じられた。
「いいですか、私以外の人には絶対にお話してはいけませんよ。絶対に、です」
「分かってる。流石に俺もそこまでバカじゃない。信用しているメアリーだからこそ、ここまで話しているんだ」
「ケミスト様……」
「あ、そうそう。忘れかけていたけど、メアリーに渡したいものがあってやってきたんだった」
「私にですか?」
「はい、これ」
アイテムバッグから取り出したのは、疲労回復のポーションにリラックス効果を付け足したものだ。
飲めば元気になる。
「これは……?」
「ポーションだよ」
「……なるほど。十分に凄いものですが、アイテムバッグを見た後だと驚いていいのか分かりませんね」
「いつもお疲れ様。このポーションは疲労回復とリラックス効果があるから、疲れも吹っ飛ぶと思うよ」
「ありがとうございます……。ケミスト様からの贈り物は何でも嬉しく感じてしまいますね……。小さい頃もお花やカエルなどをよく頂いておりました」
「そんなこともあったな」
でもカエルは嬉しくなさそうだ。
「今お飲みしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「では失礼します──美味しい……。ポーションは効果があるものの不味いと聞いていたのですが……。これは美味しいですね」
「まぁそういう風に作ってあるからな」
俺も何度も不味いポーションを飲みたくはない。
「……ではもしかすると、領民の間でケミスト様のポーションが噂になっているのかもしれませんね」
「ん?」
「昨日、屋敷に3人の領民が別々でケミスト様を訪ねてきたのですよ。お忙しいことを伝えると、皆、残念そうに帰って行きました」
「ふむ。一度、領民達に会いに行ってみるか」
「そうですね。領主の息子として、領民達から支持されるのはとても良いことです」
「俺の場合は、あまり関係なさそうじゃないか?」
「……ノーコメントでお願いします」
「正直なやつめ」
だからこそ、メアリーが俺のメイドで良かったとも思う。
「いつもありがとう」
日々の感謝の気持ちを小さな声で口にした。
「ん、今何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
聞こえないぐらいが丁度いい。
さて、明日は領民達に会いに行ってみるとしようか。
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