20話 部隊入れ替え

「先程、地図では無く自分の目で見た情報を元に場所を確立するって話をしたよね?今君には何が見えている?」

「木です」

「いや、物じゃなくて、もっと全体的に見て」

「うーん。地面とかの地形ですか?」

「うん。正解」


  俺は倉雄先輩に言われた通り正面をしっかりと見る。今俺達がいる場所は神社の鳥居を潜ったばかりの場所で少し平坦になっていた。だが、それ以外に突出したポイントは無い。木場山は陰樹が多く全体的に暗い森の為、山中の地形はかなり見にくい。


「今ここは平坦になっているね?尾根と尾根に挟まれて平坦になっている場所を鞍部あんぶ。コルと言うんだ。まぁ、分からないなら平地の部分を鞍部って呼んだら良いよ。鞍部ってのは馬の背中の部分の凹んでいる部分そこの名称から名付けられたんだ」


  倉雄先輩は左右の小さな尾根を指差して笑った。


「尾根と谷は流石に分かるよね……?」

「あ、はい。それは分かります」

「要するにおっぱいと谷間だ」

「……?」

「すまない。今のは無かった事にしてくれ」


  まさか真面目そうな倉雄先輩の口から唐突に下ネタが飛び出すとは思わず、俺も反応出来なかった。いや、パン選びの時点で倉雄先輩がお茶目なのは分かっていた事だ。そもそも読図の説明もかなり回りくどい。


「ああ、解釈的には山の一番高い所と所を結んで出来た出っ張った稜線を尾根、低いところと低いところを結んで出来た凹んだ稜線を谷って言うって解釈で合ってるよ……」


  馬野神社の左右は尾根と言えるのか分からない程度の小さな起伏の尾根が登山道に沿って続いていた。こんな小さな起伏も尾根と捉えられるのか……。てっきり、大きいものしか尾根と捉えられないのかと思っていた。


「そこでだ。周囲を見てここが鞍部な事が把握出来たね?それで、そこからどうやって場所を特定するか?今までの話だと周囲の地形と現在地の傾斜……これは地図の等高線の幅を見る事で確認出来るね。ここでやっと登場するのが道のカーブなどの細かい要素になる」


  倉雄先輩は地図と現実の景色を交互に指差しながらテキパキと説明を続けた。


「あとは経験を積めとしか言いようが無いんだけど、横の尾根とかにも窪みとかの地形が読み取れるよね?あの細かい地形の尾根が道を跨いで対角線側に走っていないか?とかを確認するんだ。今いる場所だけでなくて、周囲の更に大きな地形を認識する事で尾根の繋がりを確認出来る筈だよ。ここら辺は回数をこなして慣れていくのが一番だとオレは思うよ」

「それでここまでの事を踏まえて今いる場所はどこだと思う?ボールペンで線を引いて見てごらん」


  倉雄先輩は改めて俺に場所を聞いた。とは言っても先程場所の説明は殆ど倉雄先輩が説明していた為俺は迷う事なく線を引く事が出来た。


「ええっと、ここですか?」

「うん。合ってるよ。よく出来てる。けど線の角度がちょっと残念だ。出来れば自分がそこに線を引いた基準を示す様に線を引く事が好ましいね。こんな風に」


  だが、俺が線を引くや否や倉雄先輩はすぐ様訂正を促した。……確信犯ですよね!?俺が線の引き方を知らない事を良いことに揶揄いましたよね!?


  倉雄先輩が引いた線は左右の尾根に出来ている小さな起伏を跨ぐように引かれていた。実際に地図から目を離して現実の景色を見てみると同じ様に山の起伏が真横に横切っているのが見て取れた。だが、その起伏も倉雄先輩が説明していたから分かった。と言う程度だ。山も丸裸では無い。沢山の草花や木々が生い茂っている。その為、山の起伏を瞬時に見分け、地図と照らし合わせると言うのは至難の業だ。


「多分そろそろ、出発かな?あともう一つ言わせて貰うとボールペンも太さと色に気を付けてね。あと水性は絶対ダメだよ。雨の時に悲惨な事になる」

「色と太さ……ですか?」

「おっと失言した。出発時間まではあと二分程ある。しっかりと水分取ってね」

「あ、はい」


  俺は自分のザックの天蓋を開けて水筒の蓋を開封する。水筒の口を自らの口に付けて中に入っているスポーツドリンクを身体の中に流しこんだ。まだ少ししか歩いていないけど、美味いな。木場山は春でもかなりジメジメとしている。その為か自分の身体からはべっとりとした汗が流れていた。特にザックと接している背中の部分はびしょ濡れで気持ちが悪い。春でもかなり暑い。それなのにズボンは安全の為、長ズボンでなければならない。中が蒸れてとても気持ちが悪い。


  俺はプラティパスから伸びているチューブで水分を補給している明道達を横目に見ながら水筒の蓋を閉めてザックの紐を締めた。


「はい。時間になった。後輩達は先輩達にちゃんと教えて貰ったかな?と言うより、先輩達はちゃんと教えてあげられたかな?そろそろ出るから各班ザックアップの準備。先頭は二班から続きます」


  時間になり、野原先生が声を張り上げた。


「ザックアップ」

「「はい!」」


  俺も鬼登先輩の声に合わせてザックを背負い、元の隊列通りに並んだ。


「いいか、行動部隊の順番は休憩毎に入れ替わる。俺達は六班だからまだだが、あれを見とけ」

「あ、はい」


  鬼登先輩の声に従って先を見るとそこでは行動部隊の入れ替えが行われていた。先程まで先頭を歩いていた一班は脇道に逸れ、二番目を歩いていた二班が先頭を先導する野原先生の真後ろについた。それ以降はそれに従う様に後部について行く。最初に避けた一班は俺達が五班に付いた事を確認すると俺達の後ろに付いた。部隊の入れ替えを行う理由としては、全員がすべての位置を体験するって意味もあるが、負担的な負荷を分散させると言う意味合いもあるそうだ。


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 読図の要素


 尾根……山の稜線を結び起伏の盛り上がっている部分の総称。Rと略す事が多い。(リッジ)


 谷……山の稜線を結び起伏の盛り下がっている部分の総称。Vと略す事が多い。(ヴァレー)


 鞍部……おっぱいの谷間の胸骨の部分……。ハイ。尾根と尾根の間などにある平らな部分。分類が割と難しいので、この作品では大きく平らな部分は鞍部と定義付けます。Cと略す事が多い。(コル)


 傾斜……要するに山の坂道などの角度が付いている部分。Kと略す事が多い。(何故かこれだけ英語の略語じゃない)


 カーブ……読図においては最終手段


 等高線……地図に引かれている標高を表す線。同じ高さの所を線が繋いである。大体10メートルごとに引かれている。50メートルなど限りのラインが太く記されている。これを見ると山の起伏が地図で読み取れる。



 地図を見る時のポイントなど


 周囲の地形よりかはもっと大きな全体的な地形を見て山の起伏などと一致させる方法がやりやすいです。目当てになる地図記号などもポイント。あとは山道を横切る尾根などはかなりの重要ポイントですね。


 地図記号 送電線 地図上に引かれている直線。最も分かりやすい目安の一つ。


 ボールペンの太さなど……これは大会編で解説します。一般登山に於いては関係ないです。


 部隊入れ替え……初心者が多く入っている大人数部隊などではやる事が多い。負荷、負担の分散や、役割分担を分割させる効果がある。山道は狭いので入れ替えをする時は最前列が横にずれて最後尾に付くのが一般的。

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