3話 通学
「それにしてもよ、まさかお前と学校一緒なんてよ。お前が志道学園に行くとは思っても無かったぜ」
「それは俺もだよ。まず、受かってると思ってなかったしな」
初めての学校の通学で電車の壁によすがって大きな鞄を地面に置いて意外そうな顔をしつつも笑顔で俺に話しかける人物を見る。
初めての学校の通学とは言っても、受験の時に親と共に行ったあれはカウントしない事とする。
目にはコンタクトを入れている様で目は悪いものの眼鏡はかけておらず、少し細めの知的な鋭さを兼ね備えた黒目に角刈りを伸ばしたような髪型をしている。
少し腹は出ており、学校指定の内側に着込んでいるカッターシャツのボタンが弾けそうだ。少し痩せればかっこ良くなりそうな感じなんだが今は何となくパッとしない容姿をしている。
小学校時代はそこまで仲が良い訳でも無かったが、ただ単に電車の路線が同じで駅も一駅しか違わない為、同じ電車の同じ車両に乗っていた所偶然話しかけられて俺は驚いていた。
彼の塾時代の印象としては、殆ど覚えておらず、唯一覚えている事と言えば夏でも半袖半ズボンを貫いており、自分で机の脚に自分の足をぶつけて足の小指を骨折したのにも関わらず、他人に足の小指を骨折させられたと言う見苦しい嘘をついてクラスを和ませたと言う思い出くらいか?当然目の前で足ぶつけて骨折したのは見ているので他人にやられたと思う筈も無い。
嘘が特技と言う程冗談は上手く、ユニークな奴だ。
半袖半ズボンの理由も、ただ単に服を羽織るのが面倒だと言う理由だそうだ。
実際に彼は学校指定の制服も上着の紺色の長袖ブレザーと紺色の学校指定の長ズボンを除いて中に着るカッターシャツは全て半袖を購入したらしい。
「補欠?」
「いや、それが正規だったんだよなぁ」
「マジかよ。俺でも補欠だったんだぜ!?」
近藤は補欠かどうかを俺に尋ねて来て俺が返した返答に近藤は驚きの声を上げるが俺が驚いたのは近藤が補欠合格だったと言う事実についてだ。
補欠とは補欠合格の略称で、この学校は試験を受けて入学する学校故に募集人数は定員よりも多めに設定されている。大体毎年、その募集人数の何倍かが集まるから約三倍と言う高い倍率になっているのだが、当然県内一、二位を争う進学校な訳で、当然掛け持ち受験は当たり前である。
その為、他の学校に行った人達の分空きが出来る。それで間が出来た人数の中から合格が選ばれる可能性がある。それが補欠合格だ。
俺は元々ボーダーギリギリだった訳で塾時代俺より成績の良かった近藤が補欠合格だったのはかなり意外であり、近藤にとっても俺が正規合格だった事がかなり意外なのだろう。
近藤の少しもどかしそうな表情と共に電車のドアが閉まり、アナウンスがかかり、電車は出発する。俺が今乗ったこの電車は快速電車で目的地の駅までは目的地の駅を含めて二駅しか止まらない。
本来ならば、十近くの駅で停車する電車に乗って一時間近く電車に揺られるのだが、たったの二駅しか止まらない快速電車に乗る事によって時間は約三十分に短縮出来る。
まだ七時にもなっていない時間帯だが、通勤時間帯と言う事もあって人が混んでおり、当然俺達は座る事など出来ない。
学校側は特にカバンなどは指定しておらず、個々が好きなデザインのカバンを持っていける。俺達はブレザータイプの紺色の学校指定の制服上下に青と白色を基調とした縞模様のネクタイをしっかりと締め、指定の革靴を履いている。
背中に背負ったリュックサックを肩がけの大きな鞄の上に置いて足の間に挟む。
最初の通学と言う事で大量の教材を俺達は持ち運んでおり、電車の中でその二つの鞄は邪魔になる為、足と足の間に挟んでいる。本来授業は月曜日からあるのだが、学校のロッカーは個人に寄付されるらしく、そこに私物を置いといて良いらしい。
その為、俺は大量の教材を一日で運ぶよりは分割して持って行った方が良いとの判断を下した。
「合格の話は良いとしてさ、ところでお前は何の部活に入るんだ?」
近藤は頭をバツの悪そうな顔で頭を掻き毟りながら話題を変える。悪かったな俺が正規合格で。
「いや、特に決めて無いな」
「そうか、俺も特に決めて無いな」
お前も決まってないんかい!それもそうだ。俺達は特に何故中学受験をしたと聞かれても答えは出ない。ただ、偏差値の高い学校に憧れを持っていた。小学生の考える事と言えばその程度だ。
俺の中では、ボランティアに行った時に癒しとなった自然の姿や昆虫の姿が思い浮かび生物部も良いかもなとか思っていた。
出来れば運動系の部活は避けたい所だ。俺のイメージとしてはオラオラしてて暑苦しそうだし、何より、走ったりするのは面倒だ。
――四十分程電車を乗り、俺達が目的としていた駅に到着する。
終点でも無いのにも関わらず俺達に周りの人々が密着する程狭い電車内に詰め込まれていた大量の人が湯水の様に流れ出し、俺達もその流れに沿って鞄を背負って外に出る。こんな光景も東京の方では物珍しくも無いのだろうが、電車に普段あまり乗らなかった俺からしてみれば新鮮な感覚だった。
広島には市内電車と言う路線電車が通っており、電車上に繋がれたパンタグラフの電気供給を受けてその電車は町の中で地上に露出したレールの上を車と同じように走る。
その速度は普通の電車と比べるとかなり遅く、駅と駅の間隔も狭く、運動をそれなりにしている人であれば走って電車に追い付けるレベルだ。
その市内電車に乗り換えて志道学園の最寄り駅まで行くのだが、また、これも三十分近くかかる。市内電車は電車と違って揺れは少なく、快適だった。
近藤が隣の人の肘打ちエルボーを顔面に食らってムッとしていたが俺は見なかった事にする。あれは仕方がない。市内電車が揺れた際に隣の人が持っていた吊革も揺れて肘の位置に丁度近藤の頭があったと言うだけの話だ。
家から一時間以上の時間でやっと俺は志道学園に到着する。
公道を真っ直ぐと進むと公道を跨ぐ様にして学校の校舎が左右にあり、左手の本校舎の入り口の門の近くには桜が満開のピンク色の花を咲かしていた。そこには入学おめでとうと書いてある縦長の立て看板が立て掛けられており、清々しい気持ちにさせてくれる。
赤煉瓦で作られたお洒落な校舎は歴史ある格式を感じさせていかにも名門校って感じの雰囲気を醸し出していた。俺達一年生の教室は二つある本校舎の南棟の四階の為、移動にはそれなりの時間を要した。普段運動をしていない俺達二人にとっては階段を登るだけでも一苦労である。
俺達ははぁはぁと息を切らしながらも一年生の教室前に貼ってあるクラス分けを確認する。
俺はどうやら一年七組の様だ。一クラスは四十二人から四十五人の大人数で結成されており、この一学年だけでも三百人近くの人数がいる。
俺が元々通っていた小学校は三校が合併してやっと三百人ちょっとだったてのにこりゃ凄い人数だな。
「お、俺は四組か。別のクラスだな。今日一緒に帰ろうぜ!また後で!」
「お、おう」
驚いている俺を余所に近藤はこの人数がそこまで珍しく無いらしく、俺に放課後に合流する約束をして自らの組へとそそくさと歩いて行った。
多分だけど、近藤とはこれから毎日一緒に登校する事になりそうだな。
俺はそう思いつつも、教室の扉を開いて自分の席を確認して窓際の後ろの方へと移動して荷物を置いた。
俺の名字が山川なので俺の出席番号はクラスの四十五人中四十四番目だ。時計の針が八時半を指した頃に担任の教師が扉を開けてゆっくりと入って来る。
しかし、その担任の教師が入って来た瞬間教室で小さな笑いが起きた。その笑った人の中には俺も含まれていた。あれは流石に出落ち過ぎるだろ!俺は入学式がまだ始まっていないにも関わらず志道学園の学園生活を既に楽しみ始めていた。
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