第二話 姉妹は現世で
(紅葉目線)
私、如月 紅葉は前世の記憶を持って生まれて来た。
いわゆる転生というやつだ。
前世でノア・スチュアードとして生きて来た記憶に楽しかった思い出などなく、不幸でしかなかったけれど、現世の私は毎日幸せに過ごしていた。今は高校に通っている。
赤ん坊の頃から前世の記憶を持っていると不自由だ。赤ん坊の体は自由がきかないから、動こうとしてもなかなか動けない。
だが普通の赤ん坊より はいはい も 歩けるようになるのも、言葉をしゃべれるようになったのも、勉強を始めるのも早かった。私は普通の子供ではないのだから当たり前か...
両親は前世と真逆な人たちだった。
太陽のような母、温厚な父。
父も母も私を愛してくれている...スチュアード家と真逆というのはそういうところなのだ。
今の私には気がかりがある...現世の妹 亜紀についてだ。
亜紀の目は、ひどく濁っていて 暗い気を背負っている...まるで死刑を待つ罪人のような雰囲気なのだ。
両親は、亜紀を心配して元気付けようと一生懸命奮闘しているが、亜紀が笑ったところは見たことがない。
前世の私のようだな...と思ったこともあるが、私よりひどい状態なのかもしれない。
今、この日本という国で如月 紅葉として生まれてこれたことは私が神に与えられたもう一つの人生で、幸せを掴むためのやり直しであると考えている。
日本での生活は前世と違う文化と環境で新鮮で毎日が楽しいし、何より友達が出来た。
みんな私のことを 『大人』とか『丁寧』とか『カッコいい』とかそんなふうに思っているようだ。
確かに周りの子の口調と私の口調は違う。
どうしても、貴族令嬢のような口調になってしまうのだ...
最初は直そうとしたが、周りの子のような砕けた口調はなかなか難しい。抵抗感がある。
なので最近は諦めている...
高校生活は楽しい。
それに、現世では私が前世で出来なかったことが出来る。今日は何をしようか...
そんなことを考えていると、4限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「紅葉! 一緒にお昼食べよう!!早く早く!!!」友達の桜に手を引かれ、「フフ...桜?そんなに急がなくても時間はたくさんあるわよ?」何て言いながら穏やかに笑い合う。現世はこんなふうに幸せな気分を毎日味わえているのだから、前世に未練など全くない。
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(亜紀目線)
私の前世はステラ・スチュアード。現世は如月 亜紀として生きている...
だが、現世を楽しむことは私には無理だった。
赤ん坊の頃から前世の記憶があり、亜紀として成長していくにつれて気づけば私は笑えなくなっていた...
この罪の意識で現世の両親を困らせてしまっている...笑おうと努力しているのだが一度も出来なかった。前世でお姉様を救えなかったことも、現世の両親を困らせてしまっていることも罪だ。だって、前世の両親のように私をいないもののように扱うことも暴言を吐くこともない...
いつも笑顔で優しい声音で暖かい言葉をくれる。
そんな人たちに私も笑顔を向けてあげたい。
でも、それが出来ない私はこの暖かい両親に愛される資格はないから......
こんな愛想のない子が生まれて来てしまってごめんなさい......
私は今 気になっていることがある。
如月 紅葉...現世のお姉様。
紅葉お姉様は...ノアお姉様に似ている...
口調や仕草、性格が。口数こそ少なかったノアお姉様だったが、幼い頃から一緒にいる私にはわかる。
でも、それは『似ている』だけで紅葉お姉様をノアお姉様に重ねるのは間違っているのだが...
紅葉お姉様が、実はノアお姉様なのではないかという考えがどうしても拭えない。
出来ることならノアお姉様にもう一度会いたい。
そして、謝りたい。
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(紅葉目線)
日本という国のあるこの世界は、私がいた前世の世界とは違うようで...こういうのって、こちらの世界では異世界転生というのでしょう?
面白いわね...でも『異世界転生』という言葉があるだけで、実際私が異世界転生者であると言っても
信じてくれる人などいない。
なので、私は現世に生まれてから両親二人が同時に出張して家にいない 何てことはなかったから驚いたけれど、異世界転生をした ということに比べたら驚きは少なかった。
「あああ...とっても心配。やっぱり私残ろうかな?紅葉と亜紀は優秀だけど、どーしても心配なの...」
私を見て不安げに瞳を揺らし、今にも出張用カバンを放り投げ
「やっぱりこの子たちを残して3日も家を開けるなんて出来ない」
と言い出しそうな母を、
「今回の出張は重要なんだろう?大丈夫。紅葉も亜紀も良く出来る子だ。君も分かっているだろう?」となだめる父。
前世の両親の 愛のない政略結婚とは違い、
現世の両親は愛し合っての結婚だ...夫婦仲がとても良い。
「お母様?私は大丈夫ですよ。お母様のように立派なお料理も家事もできませんが、少しなら出来ますもの...努力しますわ。」
そう言ってお母様の手を取る。
「いってらっしゃいませ。」
お母様の顔を覗きこみ 心配はいりません と笑って見せれば、
「わかった...いってくるね」
とお母様も笑い返してくれた。
私は美しく礼を取り、両親を送り出す。
何事もありませんようにと心の中で祈りながら...
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(亜紀目線)
両親が玄関で紅葉お姉様と話しているのを、私は物影に隠れて見ていた。
ノアお姉様にそっくりな口調の紅葉お姉様はお母様をなだめていた。
「いってらっしゃいませ。」
と言った紅葉お姉様をじっと見つめる。
次の瞬間、美しい礼を取った紅葉お姉様を見て私は固まってしまった。
前世...
ノアお姉様はいつも当主様(お父様)を見送る時
「いってらっしゃいませ。」
と言ってどんな角度から見ても美しい礼を取っていた。
その姿は私の憧れであったから、良く覚えている。
今の紅葉お姉様の言葉と礼は、
前世で見たノアお姉様の姿にそっくりだった......
いや、『そのまま』 であった。
両親が扉を閉め、出ていく...
私は思わず物陰から出て、気付いた時には
「ノ...ノアお姉様...?」
ときいてしまっていた...
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