復讐

先日、あなたにお会いする前に、私はここへ来ました。


伯父はそのとき既に、ここにおりませんでした。と紗栄子は言った。


じゃあ、なぜ私をここに連れてきたの?とよう子思った。


「なぜかしらね、正直、こないだあなたに会うまでは、あなたに復讐したいような気持もあったかもしれません。」


「復讐?」


確かによう子がその浮気調査を引き受けなければ、黒戸と紗栄子は今でも離婚せずにいたかもしれない。しかし、それは逆恨みというものだ。


よう子は、探偵とは因果な商売だとは思う。人の不幸が商売の種だから。


「そう復讐。でもあなたに会ってみたら、なんでかな、そういう気持ちはなくなった。」


「何通かの遺書らしきものがありました。伯父は自殺したと思います。遺体はみていません。だから本当に死んでいるかは分かりませんが。その遺書の中に、' ナダという人にあの木の実を渡して欲しい ' と書いてありました。」


「そのナダっていうのが、私のことなのかしら?」


「伯父と私が共通して知っている人の中で、ナダという名前の人はあなただけだったから。」


あなたじゃないかもしれませんけれど、と紗栄子は笑った。ごく自然な笑みだった。


「それより、あの温室をあなたに見てもらいたかったの。もしかしたら、それこそ復讐なのかもしれないけれど。だって探偵さんにとっては、私達は不倫をした男女にすぎないでしょう?」


そう、よう子にとっては不倫をした男女にすぎない。でも彼らには彼らの生活や人生があった。それを知らしめたいと言うのだろう。よう子は馬鹿馬鹿しいと思った。


「来て。」と紗栄子は言った。そして、よう子を温室の中へと案内した。



***



温室の中には、名前の分からない様々な植物が植わっていた。南国を思わせるような極彩色の花や、奇妙な形をした実をつけていた。


綺麗、とよう子は思った。


その空間は"人をワクワクさせる"ような何かがあった。紗栄子がこの温室を誰かに見せたいという気持ちが分かる。よう子に見せたいというのも、そうした純粋な気持ちからかもしれない。


温室の奥に数本の木があった。花をつけていて、不思議なことに ' 青白い光 ' を放っていた。


「あの木。」とよう子は言った。


「はい。あの木です。黒戸が伯父に託して、そして伯父が狂喜した木。」


その花は五枚の花弁からなっていた。花弁の一つは丸く小さく、後の四つは細長い形をしていた。


小さな丸い花弁を顔に見立てると、その花は人の形のようにも見えた。人というより、もし ' 妖精 ' というものがいるのなら、この花のような姿をしているのではないだろうか。


そして、近くで見ても、確かに ' 青白い光 ' を放っていた。





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≪登場人物紹介≫

・シロ ・・・ 本当の名をゲンカイ・ナダという。

・クロ ・・・ 本当の名をクロ・ト・ジュノーという。ジュノー王国の王子。

・アオ ・・・ 本当の名をアポトーシス・オルガという。〈死神〉と呼ばれることがある。


・灘よう子 ・・・ 東京で探偵をやっている。

・鴨木紗栄子 ・・・ 灘よう子に仕事を依頼する。

・鴨木邦正 ・・・ 鴨木紗栄子の伯父。植物学者。

・黒戸樹 ・・・ 鴨木紗栄子の夫だった人物。

・蒼井瑠香 ・・・ 医者。




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