王候補のトリオンフィー

柊ツカサ

第1話

歓声渦巻く帝国城下町。

民衆の目線の先に居るのは7人の男女。

その中で、歳が他よりも明らかに上の男がおもむろに片手を上げた。

皆、彼を見数秒の内に静まる。

それは、恐怖、威圧からでは無く、興味、興奮から来る静寂。

皆、息を飲み唾液を音を鳴らし飲み込む。

まだかまだかと血が騒ぎ、自然と男からの第一声に全ての感覚が集中する。

皆腕に、頬に喉に力が入りその時を待つ。

男はすっと鼻で空気を吸い、口を開く。


「これより帝王祭を始める!」


高らかに鳴り響くラッパの音と共に静まり返っていた民衆がために溜めた声を上げ盛り上がった。

宣言した男は後ろで控えている6名の王候補の顔を見渡し、それぞれの家臣の顔をみて不敵に笑うと静かに言った。


「さぁ、候補ども存分に其らの力を見せつけよ

家臣はそれぞれの己が王への忠誠を見せよ」


トラン暦666年帝王祭⋯⋯、シルル帝国王座争奪戦の火蓋が切って落とされた。



「このグズがっ!まぁた零しやがってっ!」


小さなランプの光しか光源のない炭鉱で男が地べたに頭を擦りつけ土下座する子供に怒鳴りつけていた。


「すみませんすみませんすみません、もうしません、ゆるしてください」


男は必死に謝り倒す子供を一瞥し、腹を蹴飛ばす。

子供は地面から体がうき、重力に従って地面へと落ち、小さな音を立てる。


「ぉえっ⋯⋯げほげほっ」


「その言葉も何度目だ!?あ゛ん」


胃液をぶちまけ、腹を抑え苦しむ子供の髪を掴み怒鳴りつける男。

子供は怯え身体が小刻みに震え、目に涙を溜め必死に懇願する。


「ずみ゛まぜん⋯⋯おゆる、しをっうっ」


「なぁにがお許しをだぁ、てめぇ飯抜き3日と鞭打ちじゃあ足りなかったのか?

クズがっ、今度は7日間飯抜き、鞭打ち30発にしてやるよ」


子供は首を掴んでいる腕を何本もの蚯蚓ミミズ脹れのできた手で、必死に掴み、涙ながらに首を横に振り否定する。

少女が必死になればなるほど、男は高揚し手に力を入れる。


「そうか、そうか嬉しいか」


男は目元と口元を歪ませ嗤う。

狂気と思えるほど男の顔は歪んでいた。

一層恐怖を覚えた子供は唾液を垂らしながら暴れ──


「うごっ」


男の無防備な顎を蹴り上げた。

男はよろけ、子供の首から手を離す。

子供は喉元に手をやり咳き込むと必死に空気を体内へ入れる。


「ってててて、てめぇ⋯⋯やりやがったなこんのっガキがっ」


男は涙を浮かべ息の荒い子供を睨みつけ、言うと思いっきり顔面を殴り飛ばした。

小さな体は綿でできているかのごとく簡単に、地面から離れ宙を舞う。

土で汚れた肌、ボロボロのワンピースにボサボサの髪。

少女の体より高く舞い上がる赤い血。

それら全てを受け止めんと固く整備のされていない地面は、みすぼらしい姿の少女を引き寄せた。

音を立て、砂埃を撒き散らした体は糸の切れた埃まみれの人形の様にピクリとも動かなかった。



かおいたい⋯⋯


冷たい部屋の入口⋯⋯目の前には鉄格子。


ここは⋯⋯?どこ?


狭い視野でゆっくりと辺りを見渡す。


⋯⋯ムチのとこ⋯⋯?


ギュルギュル〜ギュルー


おなかのムシさんがないてる、おなかへった⋯⋯

お仕事できなかった、ごはんもらえない⋯⋯


子供はふらつきよろけながらも起き上がり、3歩部屋の奥へゆっくり、ゆっくりと歩いき倒れ込む。


ギュルギュル〜


3日も何も食べず日中労働を強要された上、ムチや拳でぶたれた子供の腹も体は限界にちかかった。


ごめんなさい、ムシさんまたごはんあげれない

ごめん、ごめんなさい


涙を流し謝る子供。

子供は痛む腹を撫で謝り続け、虫が泣き止むと地面を這い部屋の奥へゆっくりと向かう。

部屋の奥の壁まで辿り着くと子供は壁の方へ顔を向け縮こまった。


「っこの〜出来損ないのクズがっ

てめぇ、あれじゃあ金にもなんねぇじゃねえか、おい、どう落とし前つけんだ、このゴミがっ!」


⋯⋯⋯⋯ごめんなさいごめんなさい


突然の罵声に、頭を抱え子供は怯え震え縮こまった。


「すいません⋯⋯」


「ちっ⋯⋯これだから掃き溜め出身のゴミクズは⋯⋯

もういい、1アルカナでもいいからあのガキを他のと一緒に金にしてこい!!

もし、逃げたり失敗したらてめぇを奴隷にすっからな!

わぁったかゴミクズ!!」


「⋯⋯はい」


怒鳴り声が止むと男は牢の中に入った。


「⋯⋯おい、でろ」


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──


「おい!!!聞こえてんのか!?さっさとしろっ!!」


身体をびくつかせ、怯え耳を塞ぐ子供。


「ったく、汚ねぇゴミがっ手間かけさせやがって」


男は子供を乱暴に抱え外へと向かった。



ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──


耳を塞ぎ震える子供は他の小さな奴隷と共に馬車の荷台に乗せられ揺られていた。

しーんと静まり返った馬車の荷台。

音は馬車の車輪が小石を乱暴に踏みつけた際の衝撃音のみ。

布で覆われた荷台からは全く外の景色など見えない。

変わらぬ風景の中手と足に錠をつけられた奴隷が複数人。

輸送中、朝と晩に乾燥させたトウモロコシを5粒もらい、ある程度育った奴隷は毎晩男に順に犯されていた。

(ちっ⋯⋯クソがなんで俺が薄着たねぇ奴ら連れて媚び売りに行かなきゃなんねぇんだよっ)

馬車で移動し始めて8日目の夜

森の中の1本道を通り夜となったため木々の間をわけ、野宿していた。


「おら鳴けよ、くそがっ」


目の前で小さく鳴く女の顔を押さえつけ腰を振りながら男はつまらなそうに漏らしちらりと奴隷達を見る。

土や石炭で汚れた肌、身体を震わせ頭を抱え見えるもの全てを拒絶するポーズ。

そして、時折見える目の奥の赤黒い炎。

似ている⋯⋯。


「ちっ」


いつか、水溜まりに映った空を見下ろした時見た短い爪、2本しかない牙を持つ野性の、獣になれないケモノの目。

鬱積する男に、玩具として使われている女は小さな悲鳴をあげる。

女に添えていたはずの手からは、玩具から出るはずのない真っ赤な液体が細かな粒を纏い伝う。

気分が悪い。胸糞悪い。反吐が出る。


「ちっ、こっちを見んな!」


声を荒らげ、威嚇し女の尻に赤い手跡をつける。

どうしようもなく、湧き上がる感情をどこかに、ぶつけたかった、いやぶつけたい。

治まらない、収まらない。

上がった悲鳴が拍車をかける。

次第に茶色も白も消え赤だけとなった肌を見て、男は手を止める。

昂る感情は、もっともっとと声を上げる。

しかし、そんな感情とは裏腹に冷静に働く自分がいた。

商品を傷つけていいのか⋯⋯と。

外に出ている奴隷はある程度歳頃の女、顔に傷でもつけようものなら値はガクッと下がる。

どこに対しての憤りか。

男は地面を蹴たぐり腰を動かす。


「くそくそくそくそくそがぁっ!」


叫びながら肌と肌がぶつかり悲鳴をあげる女に吐き出した。

ハァハァと息を切らし気にすがる女を後目に男は馬車に目が行き、ニヤリと笑った。

名案。

女を乱暴に地面に押し退かせ馬車の中でチビチビとトウモロコシを食べるまだ顔に痣が残る子供の手を引っ張った。

手を捕まれびくつき震える子供。目は怯えていた。

男は悪魔のような笑みを浮かべて引っ張り出し殴り飛ばした。

空気を吐き口に含んでいたトウモロコシがポロリと落ちる。


「ん〜っあぁ〜っ」


男が笑い思いついたことそれは──


──元から値の低いゴミクズならば殴り傷つけようが貰える額に大差ない


地面に寝転がり痙攣する子供。

男は興奮気味に笑いながら、ゆっくりと子供の方へ歩み寄る。

鮮血に染まる男の拳。

周りで見ている奴隷達は自分もされるのではと怯え震えていた。


「あぁ⋯⋯あぁ⋯あぁ」


見るも無残に腫れ上がった子供の顔。

最初は軽く、何度でも殴れるように。

だが、子供を殴る度に高揚し狂気に満ちた優越感が湧き上がり自然と、段々と力が入る。

脳から溢れ出す汁。

子供は嗚咽すらはかなくなるのに、そう時間はかからなかった。

息を荒らげ嗤う男は泣きもしない子供を、今度はただただ自分の興奮を抑えるため夢中で殴り続け、思いっきり殴り飛ばそうと高く拳を振り上げた。

その刹那──


──グシュリ


何かが潰れた、不快な音がした。


男は音がした方を見


「あぁあ゛がががっかおっ俺の腕がァ」


悲鳴を上げた。

男の腕は肘から上がなく、透明な液体と傷口から溢れ出る血とが混ざり合い生暖かいドロっとした感触が残った腕を覆っていた。


グルル


嬉しそうに喉を鳴らす男よりも2回り程度大きな灰色の四足歩行の獣。

獣は美味しそうに咀嚼しヨダレと溢れ出る血を口の端から垂らす。


「ひぃっ」


男は先程までとうって変わり血の気が引き顔がひきつり、助かるための策を練る。


「あぁぁあっ、あっちにもっと上等な肉があるぜ

ほらっ──」


言葉を理解できるのかわからないモンスターに対し男が指さし示す先には、モンスターの群れが奴隷の肉を噛みちぎり咀嚼していた。

血の匂いがたちまち男の周りをうめつくした

男が確認できただけでも、4頭⋯⋯。


「あぁぁ⋯⋯あぁ⋯」


口を開けたまま男は言葉を失った。

男の目の前にいるモンスターは、口に含んだ肉塊内の骨を砕き胃袋へと呑み込む音がする

モンスターはそんな男の気持ちも考えることなく、大きく口を開き己の食欲の思うがまま、自身の仲間を指し示す腕に食らいついた

男は声にもならぬ叫び、悲鳴を上げ倒れ込み転げ回る。

痛みが走る腕を抑える手はもう両方ともない

転げ回る男を見て何を思ったのか、バケモノが鼻先で勢いよく転がし雄叫びをあげる。

雄叫びに気づき他のバケモノ達も真似し始めた。

悲痛な叫び声をあげる男に対しバケモノ共は面白げに喉を鳴らす。

男が転がった後には赤黒い粘性の液体。

地面で傷ついたのか顔や足、背中には擦り傷が出来てきた。


なんで俺が⋯⋯


男は自身の不運に目をやり嘆き、生への執着が消えかかっていた時だった。


「⋯⋯!」


声とともに鮮血が空を舞い、ズシンと音がし地面が揺れた。

その音は、首を切られたバケモノの体が地面に倒れる音だった。



バケモノの体の影から出てきたのは1人の男。

バケモノの血で汚れた大剣を片手で抱え、腰には小さな白い石を紐で括りつけた異国の長物を刺している。漆黒のロングコートが風でたなびき上品な服が顔を覗かせる。旅人とは思えない異様な身なり。

そいつは黙ったままゆっくりと顔を上げ、バケモノ共を睨みつけた。


「うわ〜、こりゃひで〜や」


男の後ろからサッと走り出てきたフルフェイスの鉄兜を被った男は、惨劇の跡を見るなり言葉を零した。


「⋯⋯⋯⋯

殿下、これはもう生きてる人間なんていやせんぜ

コイツら倒したところで意味がって⋯⋯話ぐらい聞いてくださいよ〜」


鉄兜の男が話してる間に殿下と呼ばれた男は全てのモンスターの首元を掻っ切り殺していた。

地面に向かって流れるモンスターの鮮血の中男は何事も無かったかのように馬車の中へと入ろうとする。


「ちょっ⋯⋯殿下」


止めに入る男に振り返り無言のまま、また中へと1歩入る。


「あぁ〜はいはい⋯⋯わかりましたわかりましたよ〜っと」


鉄兜の男はキョロキョロと辺りを見渡し無残な亡骸の元へ行き見下ろす。

ほとんどが腹を食い破られていたり半身しかない酷いものは四肢の錠から上しかない。

もう、初めに何名居たのかすら今ここに何名の死体があるのかすらわからない。

ガタガタと馬車から音がした。


(はぁ⋯⋯全く⋯⋯)


「⋯⋯」


溜息をつき鉄兜の男は馬車の方を見る。

腹を抉られ赤く染った骨が露わとなった無残な遺体を抱き抱え馬車の外へだし寝かせ、また馬車の中へそして今度は下半身のみを丁寧に⋯⋯。


「俺は手伝いませんからねっ⋯⋯て言っても止めねぇかあの人は⋯⋯まぁいいやっ一応生存者をっと⋯⋯」


「ぅぅぅ⋯⋯」


「おっ?まだ生きてたのか?」


「ぅぅぅ⋯⋯助けて⋯⋯くれぇ⋯⋯」


男は無い腕があたかもあるかの如く肩を動かし鉄兜の男の裾をつかもうとする。

鉄兜の男は男の近くへ行きしゃがみこむと


「すまんな、オッサンそいつは無理だ」


と言った。


「なんでもする⋯⋯だ、から⋯⋯たすけ──」


「悪いがあんた血を流し過ぎてる、もし仮に今ここで手練の回復術士がいてあんたに魔法をかけたとしてもほぼ100%助からねぇ」


淡々と現実を突きつける。


「だから⋯⋯わりぃな⋯⋯」


「なん⋯⋯でも⋯⋯なんでも⋯⋯する、から⋯⋯」


「俺は心優しい聖職者様じゃねぇ、ただの殺人鬼・・・

そんな男に頼んだところで楽に死なせてやるくらいしかできねぇぜ⋯⋯」


「っく⋯⋯そ⋯⋯」


男は涙を流し不幸を呪い全てを憎み叫ぶ。

仮面の男はすっと立ち上がりキョロキョロと見渡す。


「⋯⋯さて⋯⋯他は居ないかっ──」


鉄兜の男は不意に背後から感じた殺気に臨戦態勢を取る。

一筋の汗が頬を伝うなか、兜の隙間から目に入ってきたのは寡黙な主の殺気だった姿だった。

仮面の男は臨戦態勢をやめ、主の腕の中に子供が居るのに気がついた。

子供の顔は腫れ無数のアザができていた。

手足からジャラジャラと垂れ下がる鎖。


「────」


掠れた呼吸音⋯⋯恐らく喉が潰れている⋯⋯。

こんなことが出来るのは人もしくは、なぶり殺しが好きなモンスターのみ⋯⋯。


殿下と呼ばれた男はゆっくりと歩き鉄兜の男の横を通り過ぎると仰向けに月を見上げ泣く男の前でしゃがみ問うた。


──貴様に問う。この子のこの顔は誰がやった。


「ひっ⋯⋯」


──もう1度、問う。これで最後だ。


震える男の髪を乱暴につかむ。


──誰がやったか、答えよ


空に見下ろされ、死を悟った男は必死に生を掴まんと早口で説明する。


「ぉ⋯⋯俺です⋯⋯ぉおんな犯すのに⋯⋯飽きちまってそのガキで──」


──もう、よい。


地面が揺れるほどの衝撃。

殿下と呼ばれた男の右手には赤黒い髪の毛⋯⋯血が滴り落ちる。

ひび割れた地面の中心には人の体がくっついた肉塊が周りに血を飛び散らせ落ちていた。


「ロイ⋯⋯」


殿下と呼ばれた男はフルフェイスの鉄兜をした男を見ず名を呼んだ。


「はいはい、生存者をルルの所に⋯⋯だろ?

了解!」


鉄兜の男は子供を受け取ると、森の中へと姿を消した。

1人残された殿下と呼ばれた男、男は月を見上げその場に立ち尽くしていた。

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