第62話【風の吹く街】

 僕たちが住んでいるのは風が強く吹く街だった。

 海が近くにあることと駅前に高いビルが立ち並んでいるからなのか、時おり強い風が強く。

 それは海の香りだったり、近くの公園の木や草の香りだったりするのだけど、満更嫌いでもなかった。


 その日予定されていた部活の練習は顧問の先生の急な用事で中止になった。

 もちろん自主練ってことにも出来たのだけど、キャプテンの一声で休みになった。


 部活の中では特別仲の良い人もいないし、その日の午後をどう過ごそうかと考えながら家路を急いだ、学校には仲の良いやつもいるけど、違う部活の練習できっと暗くなってからしか帰らないのはわかってる。

 僕の通う高校には陸上部、サッカー部、野球部、バレー部が運動系のクラブで、中学時代にやっていたバスケ部はなかった。

 半ばヤケクソで入部したのがバレー部だっただけで特に好きなスポーツでもない、もちろん試合は楽しいと思えるけど、そこまでのめり込む程ではなかった。

 元々、運動神経は良い方だったからレギュラーにはなれたけど、イマイチ本気になれずにいた。


 地区の大会まではあと少し、参加はするけれど、絵に書いたような弱小チームだったし、この大会が終われば引退だった。


 家に帰っても、母さんと二人暮しの部屋には母さんはいない、母さんは2つの仕事を掛け持ちしているし僕がアルバイトをしたいと言ったあの日「大人になったらあの頃部活に打ち込んだっていう思い出を作っておいて欲しい、だって大人になれば嫌でも仕事をしなければいけないからね、そして母さんはそんな息子を持つのが夢だったの」


 きっと僕に普通の家族と変わらない日常を過ごして欲しいのだと思う。もちろんそれは無理な話だった。

 母子家庭だし大学も諦めていたけど、先週の三者面談で就職を希望してると言った僕に、母さんは少し悲しい顔をした。


 そんな日の夜お風呂から上がった頃に帰ってきた母さんは、遅い食事の用意をしていた。

「母さん、いつの間に帰ってたんだよ、知らなかったし、風呂上がって適当に何か作ろうと思ってたんだ」

「たまにはね、亮君にはいつも不自由をかけてるからね、今日はカレーライスにするからもう少しまっててね」とお鍋にカレーのルーを入れながら返事をした。


 死んだ父さんも母さんのカレーがすきだった、いつだったか忘れたけどある夏の日父さんがカレーを作った、「やっぱり母さんの作ったカレーの方が美味しいな」

 そう言いながら僕たちはいつものルーなのに少し味の違うカレーを食べた。その日は確か母さんは同窓会でご飯の用意は出来ないから出前でもとって食べてねと言われていたけれど、暑いしクーラーの効いた部屋でアツアツでちょっと辛いカレーを食べようと父さんは言った。

 元々身体の弱かった父さんはそれから半年後、呆気なく天国に旅立った。


 まったく家事をやったことのない父さんがカレーを作ろうと思ったのには、残り少ない父と子の時間を忘れて欲しくないとの事だったのだろう。


 僕は初めてカレーに挑戦した、出来上がったカレーは父さんが作った味によく似ていた。


 仕事から帰った母さんは、そんな中途半端な味のカレーを食べながら、進学して欲しいと涙ぐみながら言った。

「それとね、亮君の引退試合絶対に見にいくからね、父さんもきっと応援してくれてると思うよ」


 窓を開けるとその日は海の香りがした。父さんの好きな海の香りだ。


 明日からの部活はきっと違った物になるかもしれない。


~おしまい~


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