第6話【桜の木の下で】

 命のともしが消えるときには貴方と手をつないでいたいそういう君の願いを叶えることは出来なかった。

 君は僕を残して遠い世界へ旅立った。


 僕が君に出会ってから何年たったのだろう。

 僕の務める会社に派遣社員として入社したのは夏のことだった。

「森下ですよろしくお願いします」

 僕の会社は車の部品を扱ういわゆる下請けの会社だった。営業の仕事を始めて3年目の夏に僕らは出会った。

「澤井 拓真です、よろしく」小さくかけた言葉に初々しい返事をした君は短大を出たばかりの20歳の女の子だった。

 童顔でセーラー服を着ると学生に見えるかもしれないなと思うほどに幼さが残るその君とはすぐに仲良くなった。


 僕は君に恋をした。


 君は桜の花が大好きだったね。

 桜の木の下でプロポーズした僕に目に涙を溜めて返事をしてくれた日のことはいつまでも忘れない。


 脳に腫瘍が見つかったのは結婚してすぐのことだった

 その頃君は僕達の子どもを身ごもっていた、少しでも早く手術をした方がいいと医師に勧められたけど、君は頑として受け入れなかったね、母親としてのきみは気高いとさえ思ったよ、医師は手術は難しく意識がもどるのは数パーセントしかないと言われたけど、君は生きること望んだ、出産を済ませて可愛い我が子をたくさん抱いて、たくさん笑って幸せを感じたあとに君は戦うことを決めた。


 意識がもどることはなかったけど、僕は毎日君に愛の言葉を届けた。

 毎日毎日毎日毎日毎日

 好きだってね


「もう、わかったから」って君は笑いながら言っただろうね



 君が残したのは「さくら」という天使のような女の子


 小さな手で僕の大きな手を握ってくれるんだ


 この子のなかには君が生きているよ


 今日は結婚記念日だよ

 3人でお祝いしよう。

 いつまでも愛しています。


 桜の花が咲く頃にピクニックに行く約束だったから君に教えてもらったたまごのサンドイッチを作って持って行こう。

 桜の木の下が待ち合わせ場所だからね。


 



❀あとがき❀

 病院での研修のときに脳腫瘍で手術をする恋人のそばにいる女性がいました、婚約中に病が見つかり手術を決めたけど、願いは叶わず帰らぬ人になりました。

 何度かお話していた彼女にかける言葉などなくて、そっと心から祈っていたのですごくショックでした。


 幸せになっているといいなぁ

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