002 お隣のJKからのお裾分け
次の日、大学の講義を終えた翔は、日が落ちる前に下宿先に戻っていた。
今日の晩ごはんはどうしようかな。
一人暮らしを始めてもう二年に差し掛かるものの、まともに自炊をしたことがなかった。
レトルトのカレー、インスタントラーメン、冷凍食品のグラタン、自炊を全くせずとも、今の時代は案外レパートリーに飽きることなく食べていける。
しかし、そればかりに頼っているのも不健康に感じられ、納豆卵ごはんを作ったり、野菜ジュースを気休めに飲んだりしながら、翔はこの二年生きるための栄養を摂取してきた。
「久しぶりにご飯を炊こう。」
自堕落な学生というものは、自分でご飯を炊くことすら億劫に感じる時がある。今日はバイトもなく、ご飯を炊いて納豆ご飯でも食べることに決めた。
米が炊き上がるまでの時間、パソコンで海外ドラマのシリーズを流しながらスマホをいじっていると、「コン、、、コン、コン」と控えめな音でドアをノックする音が聞こえた。
誰かが外にいる気配がする。翔が訝し気に玄関に近寄った時、今度は部屋のインターホンが鳴った。
覗き窓を見ると、昨夜尋ねてきた隣に越してきた少女の姿が見えた。
玄関の扉をそっと開ける。
「こっ、こんにちは!」
少女は少し裏返り気味の声でお辞儀をした。
「どうも。こんにちは。」
「あの、もしよかったらなんですけど…。作りすぎちゃったので、これ食べてください!」
翔の胸元に、水色の蓋のついた四角いタッパーが手渡された。
「えっ…、ありがとう。立花さんだっけ?」
「はい。立花桃花と申します!」
やけに畏まった緊張した様子の彼女に、思わず翔は笑いがこぼれた。
「いやいや、そんな畏まらなくたっていいよ。桃花ちゃん料理できるんだ。すごいね!」
「全然っ、大したものじゃないですけど!よかったら食べてみてください。」
タッパーを開けると、エビの天ぷら、サツマイモの天ぷら、インゲン豆の天ぷら等が、キッチンペーパーを敷かれた上に、上品に載っていた。まだほんのりと温かく、先ほど揚げたばかりのようだった。
「おっ!天ぷらじゃん。すごいね、天ぷらなんて久しく食べてないや。」
せっかくお隣さんが料理を作ってくれたのだ。あまり行儀がよろしくないことは承知しつつも、できたての天ぷらを食べて感想を伝えようと、翔は桃花の前でエビの天ぷらを摘まんで、一口食べた。
「うわ、すごいさくさくで美味しい!」
彼女の作った天ぷらは、有名な日本食のお店で食べるようなものと引けを取らないレベルの美味しさだった。
もっと気の利いたコメントができればいいのだが、と翔は自分が美食家でもコメンテーターでもないことを悔やんだ。それでも心から美味しいと感じたことを、ありったけのつたない言葉と表情で桃花に示した。
それほどに彼女の作った天ぷらは美味しかった。
「ほんとですか!?よかったです!」
「ありがとう。僕は全然料理とかしないから助かるよ。」
「そうなんですね。……もしも、よかったらなんですけど。」
桃花は伏し目がちに、少し恥ずかしそうにもじもじと体を揺らした。夕焼けが彼女の頬を照らした。
「これからも…夕飯を作りすぎちゃったときは、お裾分けに来てもいいですか。」
まるで好きな人への告白をするように、その幼気な少女は翔に告げた。
「もちろん。というか、有り難いかぎりだよ。」
そう告げると、告白に成功した少女のように、桃花は嬉しそうに「ありがとうございます。」と告げて、部屋に帰っていった。
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