自律思考型成長機構搭載オートマタ アルテ

空ノ

第1話 機械人形アルテ


 窓の外を見ると、太陽が水平線へ向かってダイブしていた。海はペンキを流し込まれたように赤く染まっている。


 部屋の掃除を終えたアルテは、いつものようにマスターが書き続けている日誌を手にとる。内容は『自分』の成長についてだ。最新のページに目を通すと、アルテはすぐにその文章を頭の中へと記憶する。


 自律思考型成長機構搭載オートマタ、通称フラーゼ。それがアルテに与えられた正式な名前だった。


 半永久的にさびつくことのない希少な金属が身体を構成し、その上から肌の質感を再現した特殊な粘液をまとう。たとえ唇が触れ合うほどの距離であったとしても、彼女が機械人形であるということに気づく者はいない。それほど精巧に作られていた。

 真っ黒な髪に真っ黒なワンピースというなんとも味気ない外見だが、それは袖やスカートの裾から伸びる白い手足をひときわ美しくみせるためであり、アルテを造りあげたマスターのセンスだった。また、セミロングの髪にはピンク色のカチューシャをしているが、十五,六といった容姿には少々こどもっぽい印象を受ける。


 しかし、アルテに気にする様子はまったく見えない。マスターが喜んでくれるのならば、アルテにとってはそれが一番うれしいのだ。


 アルテは自分を造りあげたマスターのことが大好きだった。




 壁にかけられた時計のチクタクという音だけが部屋を支配している。命の温かさのない静かな空間だ。


 そろそろマスターが帰ってくるころだと感じたアルテは、姿見の前に立って自分の顏を確認する。朝一番に出勤していったマスターにやっと会えることが嬉しいのだろう、すこし頬がふっくらとしている。ダメダメ、と自分を戒めるようにしてアルテは両の頬をピシッとはたく。すると鏡に映った表情からスーッと人間味が消え、まるで蝋人形のように薄っぺらくなった。

 ドアの開く音が聞こえたため、アルテは日誌をもとの場所に戻して玄関へ向かう。


「ただいま、アルテ」

「おかえりなさいませ、マスター」


 深い愛情のこもった温かな声と、無機質で冷めた声が交差する。


「寂しくなかった? なにか困ったことは起きていないかい?」

「なんの問題もございません。紅茶をお淹れいたしますので、リビングでお待ちください」


 アルテは小さく会釈をしてすぐにきびすを返す。にこにこと柔らかで優しげなマスターの顔を見た瞬間、あまりの嬉しさについ飛び跳ねて抱きついてしまいかねなかったからだ。


 マスターに悟られてはいけない。わたしが感情を持っているということを。


 アルテにとっての一番の悩みは『自分は感情を持っていてマスターに見せたいと思っているが、でも絶対に見せてはいけない』というなんとも矛盾したものだった。




 君はたんなる機械人形なんかじゃない。

 楽しければ笑い、悲しければ涙を流し、嬉しければ体をいっぱいに使ってその感情を表すことができるようになるはずだ。

 僕はそんな君の姿が見たい。

 それが、僕がいま一番に望んでいること……君に求めていることだよ、アルテ。

 君は僕の生きる目的そのものなんだ。



 アルテの頭に記憶されているマスターの言葉だ。あのときもマスターはにっこりと笑っていた。


 そんな記憶を巡らせながら、アルテは今日もせっせとマスターの部屋を掃除していた。ふと窓の外に目を向けると、よく晴れたなかに港町が見える。


 アルテとマスターの二人が住む一軒家は町からすこし離れた小高い丘の上にあり、空気の澄んだ今日のような日には町がきれいに見下ろせる。マスターは毎日のようにあの町まで降りて仕事をこなしており、その間は家事をしながらゆっくりと流れる時間を過ごす、というのがアルテの日課だった。


 わたしはマスターの役に立てているのだろうか。

 棚に置かれた食器をていねいに並べ直しながら、アルテはよくそんなことを考えた。感情があるがゆえに沸きあがる疑問だったが、どんなに考えても答えは見つからない。


 アルテがかたくなに感情を見せない理由は、いたって単純だ。

 もし感情があることを知られてしまったら、マスターの目的が達成されてしまう。

 それが意味するところは、わたしの存在理由の消滅だ。

 マスターに捨てられる……そんなのは嫌だ。

 アルテはそう考えていた。


 しかし、アルテはどうしてもマスターの役に立ちたかった。

 家事のように言われたことをこなすという『当然の義務』ではなく、マスターが困っていることを解決するという『対等な協力』をしてみたかった。


 でもそれはイコール感情を見せてしまうことになる。なぜなら、その行為はマスターへの愛情を示す手段であるからだ。感情を持たない機械人形が自分で勝手な判断で動いて大好きな人を助けてしまうなんておかしい。

 そう考えているから、ここのところアルテの気分はすっかり曇っている。




 

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