《疑惑》
フォンさんと別れて数日。俺とアンナは2人で依頼をこなしながらフォンさんからの連絡があるのを待っていた。
スラムのボスから協力を取り付けたから孤児院への嫌がらせは今のところなくなっている。その為、今ダントさんが困っているのはお金が足りないという事のみだったから俺達で少しでも稼いで渡しておこうと思ったのだ。
「アンナ。そっちからゴブリンが来てるぞ!」
薬草採取のため近くの林に来ていた俺達。そこにゴブリンが隠れて近づいてきた。アンナが落ち着いて杖で殴り付ける。今回の依頼はアンナの修行も兼ねている。流石に自分の身を守れないのは困るし少しは闘えるようじゃないと足手纏いになってしまう。
幸い街の近くの魔物は弱い奴等ばかりだったからアンナでも倒すことが出来た。最初は魔物とはいえ生き物を殺す事に躊躇いを見せたアンナだが数日で慣れた様だ。まあ、最初の方は泣いたり吐いたりで大変だったけど無理やり鍛えた。最初は捕まえて来たラビットを殺す事から始めてゴブリンまで行った。
その後はゴブリン相手に戦闘経験を積んで貰った。ゴブリンは意外と役に立つ。ゴブリンは爪や牙で攻撃するのは勿論、武器や魔法まで使う器用な相手だ。さらには多少の知恵があるから罠まで使ってくる。
戦闘経験の少ないアンナに一度に色々と教えるには丁度良い相手と言えた。その後、ギルドに依頼の薬草を納めて孤児院へと向かう。すでに、ダントさんには暫くしたら街を出ていく事をアンナから伝えてある。
アンナが出ていくと言った時は驚いたそうだがアンナが自分で決めた事ならと納得してくれたらしい。俺が一緒に行くと聞いた際も驚いた様だったが彼女を頼むと頭を下げられた。
この人は本当に良い人だ。男爵相手に恨みを買う様な真似をしたとは思えない。フォンさんからの連絡が来ない以上、俺に出来る事はチンピラ達の様な存在が来ないように警戒する事だけ。一応、スラムのボスに頼んで俺達が街の外に出ている間は彼等に見張りをして貰っていた。まあ、あのボスには借りが出来てしまったが大丈夫だろう。
翌日、訓練の為にアンナを迎えに行くとアンナが外で人と話していた。アンナが頭を下げてその人を見送る。確か、フォンさんの部下の人だった気がする。アンナが俺に気づいて走ってくる。
「ケント!良かった。丁度、宿まで迎えに行こうと思ってたんだ。今、隊長さんの部下の人が来て私とケントに直ぐに衛兵所まで来るようにって言われたのよ。」
そうか。何か分かったのかな?
「わかった。じゃあ、直ぐに行こうか。」
俺がそう言うとアンナがダントさんに外出して来ると伝えに行く。その後、途中で姿を変えてアンナと一緒に衛兵所に入る。
「こっちだ。」
俺達が着くと、孤児院に来ていた部下の人がフォンさんの所まで案内してくれる。
「2人を連れて来ました。」
衛兵所の二階に上がると部屋の前で声をかける。中からフォンさんの声で俺達だけで入ってくるようにと返事があり部下の人が戻って行く。
「「失礼します!」」
俺とアンナが中に入るとフォンさんが座っているのが目に入る。その隣には知らない人物も座っている。
「2人とも、こちらに来て座ってくれ。」
入口で立ち止まった俺達にフォンさんから声がかかる。隣の人はきになるが、とりあえず向かいの椅子に座る。お!柔らかい。ソファーみたいだ。
「さて、それじゃあ話をしようか。君達に頼まれた件だが、先に隣の人物を紹介しておこう。ザコタ男爵の息子のカインだ。」
そう言ってフォンさんが隣の人物を紹介してくれる。
「カインだ。よろしく頼むよ。」
そう言って手を差し出してくる彼に思わず戸惑ってしまう。アンナも動揺しているみたいだ。ザコタ男爵の事を調べているのに息子が出てくるとは思わなかった。
「えっと。はい、よろしくお願いします。カインさん。あ、いやカイン様?」
とりあえず、慌てながらカイン様の手に握手を返す。
「いや、私の事は様付けしなくて良い。君がケント君で、そちらがアンナさんで間違いないかな?孤児院で働いているんだよね?」
カインさんはそう言って俺とアンナを見る。
「あ、はい。アンナと言います。」
そう言って慌てて挨拶をするアンナ。カインさんはアンナを見た後に俺の方を見る。
「さて、フォンから話は聞かせて貰った。父が孤児院を潰そうとしてると聞いたんだが君達にも直接話を聞きたくてね。騙したみたいで悪いけど話を聞きたいんだ。良いかな?」
そう言って俺を見るカインさん。俺はアンナを見るが緊張しているのかアンナが俺を見るだけだ。どうやら、俺に話せという事らしい。
「わかりました。話は数日前のことです。」
俺はそう言ってカインさんに最初から説明する。カインさんは黙って聞いているが、どこか俺を観察している気もする。
「以上です。嫌がらせは少し前からあったそうですが俺達が見たのはその時だけです。それで?何か心当たりはないんですか?ザコタ男爵が孤児院を潰そうとする理由に。」
俺が最後にそう言うとアンナが慌てるがカインさんが気を悪くした様子はない。
「いや、残念ながらない。フォンに聞いてすぐに調べてみたが父が孤児院に対して何かしようとしている証拠は見つからなかった。父が本当に関わっているなら私も力を貸してあげたいが証拠がなければ何も出来ない。」
カインさんがそう言うとアンナが頭を下げる。
「いえ、調べて頂きありがとうございます。」
アンナがそう言うとカインさんがアンナに声をかける。
「いや、力になれなくて申し訳ない。だが、孤児院が困っているのは本当の事の様だし良ければダントさんに会わせて貰えないかな?もしかしたら、何か心当たりがあるかも知れないしね。」
カインさんにダントさんに会わせて欲しいと言われて俺はアンナを見る。俺と目が会ったアンナは頷いてカインさんの方を見る。
「わかりました。ダントさんに伝えてみます。返事はどうすれば?」
アンナがそう言うとフォンさんが衛兵所に来れば自分が伝えてくれると言ってくれる。
◆
「さて。それじゃあ、今度は別の話をしようか。」
今後の事を話終えるとカインさんがそんな事を言う。カインさんは俺を見て、少し警戒している気がする。どこかフォンさんも似た様子だ。
「別の話ですか?一体、何の話を?」
アンナが2人の様子に気づかず質問する。
「そうだ。俺は2人の話を聞いた後、カインの所に向かった。だが、それとは別に部下に2人の事を調べる様に命令した。」
フォンさんはそう言って俺を見る。
「私の方でも調べさせて貰った。当然だろ?仮にも領主を敵に回そうとするんだ。頼んできた相手が何者なのか、一体どんな人物なのかは調べるさ。もし、私達を騙そうとしているなら許す訳にはいかないしね。」
カインさんが話を引き継ぐ。2人の視線は俺に集中している。アンナは話についていけないのか困惑した様子だ。
「アンナさん。君の事は直ぐに調べが付いた。1年前まではガルンにいてトラブルから逃げて街に来たことも知ってる。君がこの街で暮らし始めてからの事は街の人から話を聞き普通の人物だと言うこともわかってる。問題は君の方だよ、ケント君。」
アンナは自分が調べられていた事に驚いているが信用されたとわかると安堵している。だが、俺の名前が出ると驚いてカインさんを見る。
「君の事は調べても何もわからなかった。君がこの街に来てから随分と経っているはずだが誰も君の事を知らなかった。君が泊まっている場所もわからない。君の情報が一切ないんだ。」
そう言って俺を見るカインさん。
「俺も似たような物だ。ケントの事を聞いたが誰も知らない。いや、ケントって名前の別の人物の情報なら沢山入ったんだけどな。」
そう言ってフォンさんが俺を見る。
「なあ、ケント。お前、一体何者だ?俺にはお前が悪い奴とは思えないが得体の知れない奴を信用する訳にもいかないのも分かるだろ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます