志望理由;野垂れ死ぬよりはマシかなと思いました。

たかぱし かげる

01 タツミくん、血迷う


 これはまじで野垂れ死ぬ。

 と少年は思った。


 社会は魔力の低い人間に冷たい。


 先月とうとうデキの悪さに学校を退学になった。

 先週使えないとバイトをクビになった。

 今日、ハローワークに求人はない。


 せめて、せめて統合魔力能力試験でC判定を一回でもとれていれば、人並みの求人がないでもないのだが。

 E判定なんてなんだそりゃクズか?である。


 だから小汚ない裏道の片隅で見つけた張り紙に釘付けになった。


 急募お針子

 経験者優遇

 条件応相談

 EF判定歓迎


 Eが最底辺ならFは無魔力。そもそも人間にはカウントされない。

 それを歓迎とはどうしたことか。胡散臭さもここに爆裂。

 食肉にでもされるのか?

 と普通は思うべきところだが、野垂れ死ぬ寸前ともなればもう恐いことはない。


 なぜか連絡先は張り紙の裏を見よとある。

 もしかすると裏側には「ばーかばーかこんな求人あるわけないだろばーか」とか書かれてるのかもしれない。

 疑わしさは増すばかりだ。が、少年は臆することなく張り紙を剥ぎ取った。


 途端にぱちりと静電気が指先を走った。少年はちょっと痛かった。

 しかし紙の裏にはちゃんと住所が記されていた。

 応募者はそこへ赴け、ともある。

 なんとも雑な求人ではあるが、少年にとっては地獄に仏……でもないな。まぁダメ元、という感じだろう。


 行ってみたら突然臓器を取られるのかもしれないが、だったらなにもわざわざEF判定歓迎、なんて文言をつける意味も分からない。


 そんなわけで少年は住所片手に歩きだした。

 地区名を頼りにいくと、どんどん裏町の奥へ誘い込まれていくようだ。

 丁目の合う頃にはまごうことなき無法地帯の真っ只中。まともな人間なら絶対に来ないような裏社会である。


 やはり罠とか詐欺とかかもしれない。と少年も思う。

 しかしたむろする住人たちの視線がほうぼうから少年を追っている。不用意に踵を返そうものなら襲いかかってきそうである。

 少年は平然を装って前へ進むしかなかった。


 そうしてたどり着いた番地には、ほのぼのとしたパン屋があった。裏町に似つかわしくない、やたら健全な芳しい焼きたてパンの匂いが辺りに漂っている。


 このパン屋が求人元か?

 だったら良かったのだが。

 パン屋は一階で、求人住所は二階だ。


 もし少年の財布に金が入っていたら、ひとまずパンを買って食べただろう。

 無一文だったので、少年はあえなくパンを諦めた。

 が、結果としてはそれが良かった。まだ少年の知るところではないが、こんなところにあるパン屋がまともであるわけがない。

 食べていたら一巻の終わりだったのだ。良かったな。


 パン屋の横に二階への上がり口がある。

 特に看板もなにもない。しかも細くて急で、客を歓迎する雰囲気は微塵もない。

 それでも少年は不躾で探るような視線に追いたてられて階段を上った。


 まっすぐ上がりきったところ、たったひとつの扉は開け放たれていた。不用心だ。

 もし扉が閉じていれば、少年は足踏みだけして帰ることにしたかもしれない。

 でも開いていた。だからちょっと覗いてみた。

 もし誰もいなければ、やっぱり少年は帰ることにしたかもしれない。

 でも、いた。

 殺風景な部屋のなか、唯一豪奢でやたら座り心地の良さそうな一人掛けに身を沈め、男が雑誌を読んでいた。


「あの、すみません」


 そっと声をかける。それは男に聞こえていたが、男は無視した。


「ええと、すみませんが」


 引っ込みがつかず、もう一度だけとかけた声にようやく男は億劫に反応した。


 雑誌から視線だけを少年へ向ける。

 男。年の頃は30後半か。どことなく見てくれは若いが、態度といい雰囲気といい重厚な年輪を感じさせ、少年にはちょっと年が分からない。

 たぶんここの主人だろうと思った。


「なに? 客?」


 低い、面倒そうな声。店だかなんだか知らないが、到底客商売とは思えない。


「いえ、客ではないです。求人を見たので」


 恐る恐るといった態で申し述べると、男は「はぁ?」と言った。


「求人? なんだそれ」


 少年は縮み上がった。

 確かに貼り紙を見て来たのに。


「ええと、その。この、求人を」


 扉の外から持ってきた紙を掲げて見せるも、男からは遠く藪にらみされるだけだった。


 少年は、つられるように室内へ歩み入り、男に紙を見せる。


「この、この求人です」


「はぁ? 見せてみ」


 男が求人に手を伸ばす。

 それが触れた瞬間、紙は派手に燃え上がり瞬く間に灰になった。


「ちょ、おわっ。なんだ、テロかお前!? カチコミか!? 鉄砲玉か!?」


「ちが! 違います! なん、なんで」


 おろおろする少年を睨んでいた男は、ぶはっと吹き出した。


「自爆テロにしたってお前みたいなもやしを送り込むような組織に先はないな! で? どっから来た?」


「あ、だから、誤解、誤解です! 俺は求人を見て、応募したいだけ、です」


「はあん? 応募? 俺は知らんが」


 男はじろじろと少年を値踏みする。


「お前、名前は?」


「俺、名前は、タツミです」


「ふうん。歳」


「あ、17、です」


「ほお」


 男は目を細め、ニヤニヤしだす。少年タツミには、それがなんとなく気持ち悪い。

 が。いまさら逃げるわけにもいかず、また仕事にありつけなければ野垂れ死に、なのである。

 我慢した。

 たぶん、しなくていい我慢だった。


「履歴書は?」


「え?」


 驚いて少年が顔をあげる。


「履歴書て、きゅ、求人にはそんなこと一言も、なかったですけど」


「はあああん? お前、求人に応募すんのに履歴書も用意しないのか? 普通するだろ!?」


 急に怒鳴るような声でとがめられ、タツミが飛び上がる。


「すみません! あ、そうだ、前の面接で突き返されたやつならあります!」


 思い出して咄嗟に言ってしまってから、タツミは慌てて首をすくめた。

 前の面接で突き返された履歴書。そんなものを出したらまた怒鳴られる、と思った。


 男は怒鳴らなかった。


「なんだ、ちゃんとあるならさっさと出せ」


 ほらほら早くと催促してくる。

 タツミは焦りながら鞄からシワになった履歴書を引っ張り出した。

 男に差し出す。

 男はソファから身を起こし、ふんふんと履歴書へ目を通した。


「へえ、まじで17なのか、お前。しかも高校中退? さんざんな履歴だな! わはー、志望理由が御社のレジの音が好きってアホかお前」


 好き勝手に読み進め、そして。爆笑した。


「だははははははは! おま、最高がE判定て、まじか! ははははは!」


 笑いすぎて目にうっすら涙まで浮かべている。少年は呆然とそんな男を見つめることしかできない。


 ひとしきり笑ってから、男はほいよと履歴書を突き返してきた。


「面白かったぜ、あんがとよ」


 超いい笑顔だ。

 タツミに別な意味の涙がこみあげる。


「ぁの、求人、に歓迎て。EF歓迎って、あったんですけど」


「へえ。俺は知らねぇよ」


「そんな、でも、じゃあ、やっぱ、駄目ですか? 俺は面接もだめですか?」


「さぁ? 俺は知らねぇよ?」


「……へ?」


 男はいけしゃあしゃあと言う。


「俺はここで雇われてる家政夫だもんよ。お前の面接も採用も俺の管轄じゃあねぇし」


 それならなぜ履歴書をださせた?

 タツミの胸中に若干の殺意が芽生えた。が、そんなものはへし折る勢いで男は畳み掛ける。


「だいたいな、お前。応募しに来たんだったら、まずもって『求人を見てきましたが採用担当の方はいらっしゃいますか』だろ? それをなんだ、確認もしないでピラピラ個人情報漏らして。バカだろお前」


 男の言によると、悪いのはタツミの方であるらしい。

 そう、なのか?


「で。どうする? 泣いて帰るか? 帰るなら出口あっちな。まだ帰らないっつーなら、ほら、言うことあるだろ? 面接、受けたいんだろ? ん?」


 タツミの頭のなかは過去最高にぐるぐるしている。

 男の言う「言うこと」がなにかを一生懸命考えている。


 この仕打ちに文句を言えばいいのか? 侮辱にキレればいいのか? それとも他になにか言うべき呪文でもあるのか?


 そんなタツミを家政夫の男とやらは面白そうに見ている。


 たっぷり数分の時間を消費して、タツミはとうとう正解に思い至った。


「あ! あの。求人を見てきましたが採用担当の方はいらっしゃいますか?」


 男は、ニヤリと深く笑む。


「お前最高のアホだな。よし、俺がここの主人を呼んでやろう」


 立ち上がり奥へ消えていく男を見送り、そしてタツミは思った。

 帰るべきだったかもしれない。

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