Secret Title

「成神は、『』で出来ている」


 『マンガ化』した委員長。

 表情をなくした彼女の姿を満足気に見つめて、ジョーは高説を垂れる。


「僕が、マンガのホワイトボルトの格好をしているのもそれが理由だ。何度か自画像の代わりにホワイトボルトを描いたり、この格好でバラエティ番組に出演しているうちに……いつしか、『興梠ジョー≒ホワイトボルト』という認知が大衆に根付いた。

 だが、僕は『自分が興梠ジョーである』という絶対的に揺るぎないを持っている。だからホワイトボルトにはならず、興梠ジョーとして自我を持ちながらホワイトボルトの能力を神業として使えるんだ。

 だが、彼女にはそれがない。

 一度死に、黄泉帰よみがえりを経て、ブラックセーラーの姿で生きている。そんな状態で……自己を確立できるような確かな自我を保てるわけがない」


「あんたッ……それが分かってて……!」


「あぁそうだ。『ブラックセーラー』と呼びかけ続けることで、簡単に彼女の……『時任神奈子』としての自我を壊し、にすることができる。

 僕は、


「……き。貴様ッ……!」


 頭に血が上る。全身の血が沸騰するような、どうしようもなく黒く熱い怒りが俺を支配した。

 ヤツの胸ぐらを掴もうとして、思いとどまる。

 俺はただの人間で、ヤツは成神。弁舌や騙しの手品ならまだしも、暴力でヤツに言っし報いようなどとは、無謀も無謀、無策も無策である。


「僕も、できればこんな乱暴なマネはしたくなかったんだけどね。まさか、彼女がここまで成神としての力を失っているとは思いもしなかった。

 いや……失っているというよりは、目覚めていない……未覚醒、とでも言った方が正しいのかな。

 だから、無理やりにでも目覚めさせてあげなくちゃいけなかったんだよ。令和のこれからのために……。

 『』のために、ね」


 なにが『新未来』だ……!

 憤りを形にできないままもどかしい思いをしていると、委員長の……いや。の影が、ゆらりと揺れた。


「……ブラックセーラーが裁く」

「!」

「この『爆弾』は……『黒』だ」


 彼女の瞳が、一瞬強く輝く。


「――『加速』」


 加速。委員長も幾度となく使ってきた、自身の速さを極限まで高める神業。

 だが……ブラックセーラーが『加速』を宣言したのにも関わらず、周囲には、一切の変化が見られない。

 一体何をしたのか……注意深く周囲に目を凝らして、はじめて俺は、その『変化』に気付いた。


「………………」


 残り1時間以上待たなければ、リセットされないはずの爆弾が、リセットされている。

 さっきまでの爆弾とは、似ても似つかない。灯油タンクくらいの大きさで、黒塗りの、車の模型のような形をした爆弾が、そこにぽつんと生まれていた。


「……何を、したんだ……?」

「おや。椎橋くんは僕のマンガを読んでくれてたんじゃなかったっけ?」

「は?」

「『加速』は、何も自分の速度だけにしか働かないわけじゃない。自分の他のモノに対して、変化や変位、時間経過による劣化なども『加速』することができるんだよ。

 つまり。爆弾のリセットまでの時間を『加速』した、ということだね」


「『遠投』」


 ブラックセーラーは、リセットされて地面に置かれた爆弾を片手で持ち上げると、それを軽々と空中へ放った。

 そのゆったりしたモーションとは明らかに比例しない速度で、爆弾は空へ上っていく。一秒後にはもはや、ただの点としてしか視認できないほど遠ざかる。

 目視できる距離を超えて、爆弾が完全に視界から消えると、ブラックセーラーの能力発動は次のフェーズへ移行する。


「…………『念動テレキネシス』『破砕』」


 念動。自分の力を遠く離れた場所にまで届かすことのできる超能力。

 破砕。破壊し、砕くこと。当然ながら、爆弾に対してそんな乱暴なことをすれば、爆弾は爆発してしまう。

 空の一点が、一瞬、ぐわっと煌めいた。おそらくは、爆弾が爆発したことによる閃光だろう。


「――『加速』」


 リセット。次の爆弾が生まれる。


 ……この宝具は、『6時間ごとにリセットされる』、ということがネックだ。

 一度解除しても、その後放置してしまうと、爆弾はリセットされて危険性が復活してしまう。それが999周期終わるまで、この宝具から解放されることはない。


 ブラックセーラーは、今。そのネックを、『加速』を使った力技で解決したのだ。

 6時間後のリセットを、『加速』により早める。

 出現した爆弾を、空高く放り投げ、爆風や破砕片が街に届かないくらいの高度で爆発させる。

 もう一度、『加速』により6時間後を待たず即座にリセット。

 6時間以上かかるプロセスを、5秒そこらでクリアしてしまったのだ。


 恐ろしく完璧な時短。

 だが、ブラックセーラーは眉間にシワを寄せる。


「……非効率的だな」


 ……さっきまでの『発声』では気が付かなかった。今、セリフじみたその声を聴いて、初めて気付く。

 これは……委員長の声じゃない。

 比喩ではなく、事実として、声が違う。今のは、『声優』の声だ。

 アニメのブラックセーラーの声。声優の声が、声優がブラックセーラーを演じる声が。彼女の喉からするりと出てきた。


「…………」


 再度、リセットされた爆弾をおもむろに拾い上げるブラックセーラー。

 そして……それを、ぽいっ、と。今度は、顔の高さくらいまで、片手で直上に放る。


「ブラックセーラーが裁く……

 『時間よ、止まれ』」


 一瞬静止して、その後すぐに物理法則に従って落下するはずの爆弾は……その瞬間。空中にぴたりと静止して、全く動かなくなった。


「なッ――!」


 力を解放したブラックセーラーの姿を満足気に見つめていたジョーは、何故か、その光景を見て、顔を青ざめさせた。


「初めから、こうすればよかった」

「な……何をした!? ブラックセーラーッ!」

「…………?」


 こいつ……なんで急に、こんな焦りだしたんだ?

 ブラックセーラーもブラックセーラーで、爆弾を空中に留めてから、「やるべき事は終わった」とでも言いたげに、その場に突っ立っているだけだし。


「いや……『何をした』かは分かる……。

 おそらくだが、君は今、『を停止させた』のだろう」

「………………」

「そうすれば、6時間のリセットも、爆弾の時限装置も関係ない……爆弾の『時間』が、永遠に止まってしまっているのだから。

 だが! 君は……いや。僕は! まだ、それを使ったことが無いはずだ!」


 使ったことが無い……?


「『モノの時間を永遠に止める』なんて事は、ブラックセーラーは、……!」

「……?」


 どういうことだ?


「したことがないも何も……そもそも、ブラックセーラーは、『なんでも出来る』はずだろう」

「……言っただろう。成神は『認知』で出来ている。なんでも出来るとは言っても、それは、『読者がブラックセーラーに対して抱いている【なんでも出来る】の範囲内』でのことだ。

 だから基本的には、漫画の中で使った能力と、そこから派生する応用しか使えないんだよ……!」

「なんだって……」


 ……『作者』の想像を超えた『漫画』。


 驚きの表情を消せないまま、しかし、ジョーは、ニヤリと口の端を歪めた。

 マフラーをたなびかせ、白と黒の波動を身に纏うブラックセーラーに近寄っていく。


「フフ……ハハハ……素晴らしい。ここまでの覚醒は期待以上だ……! ブラックセーラー!」

「あんた……何をする気だ!」

「『ブラックセーラーを超えたブラックセーラー』……マンガに登場させるとしたら、

 『ブラックセーラー・モノクローム』ってところかな……。今の彼女になら、願いを託せる……!」


 ブラックセーラーの瞳は、相変わらず、赤く輝いて虚空を見つめるのみだ。

 トーンの貼られたマントが、風にはためく。

 真っ黒に塗りつぶされたポニーテールも。


「モノクローム……僕の待ち望んだ、創造想像を超えたブラックセーラーよ……!

 『なんでも出来る』その力で、僕を……」


 両腕を広げ、胸をそらす。

 まるで……そう。神を仰いだ、かつての哲学者のように……謙虚に、尊大に、慇懃に、真剣に。

 神の威光を体全体で受け止めようとするかのように、興梠ジョーは、ブラックセーラーに向かって……願いを述べた。



令和神話 -PLACEBO ; GHOST-

第3章 EPISODE14


Title:

「僕を、ホンモノの『神様』にしてくれ」

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