The Power's Yet Unknown

「私が……この爆弾を?」


 困惑する委員長に、頷くことも首を振ることもせず、ジョーは歩み寄り、手を取る。

 その手を実に嫌そうに振り払う委員長。彼女の態度はお構い無しに、ジョーは静かに語り出す。


「ブラックセーラーはね。ただ『なんでも出来る』だけじゃないんだ。自分の置かれた状況に対して、瞬時に、『なんでも閃く』ことが出来る」

「なんでも……閃く?」

「自分の想像力の限界を超えて、『何をすればこの状況を打破できるか』、瞬時に閃く。そして、その『すべきこと』を実現できる。それこそがブラックセーラーの能力なんだよ。作者の僕が言うんだから間違いない」

「待って。私は漫画のキャラクターのブラックセーラーじゃありません、人間の時任神奈子です。そんなこと……」

「違うよ」


 『違う』。

 時任神奈子という人間が、「私は人間の時任神奈子だ」と言ったことを、即座に『違う』と言い切った。それは言わば、存在の否定と言っていい否定で、自我の殺害にすらなり得る否定。

 あまりにもキッパリと言いきられて、委員長は言葉を失う。ジョーは、明日の晩御飯の献立でも諳んじるかのように、当たり前のように、どうでもいいことのように、続ける。


「漫画のキャラクターでも人間でもない。君は、『成神』。成神の、ブラックセーラーであり、時任神奈子なんだ」

「…………」

「だから、君が何者だろうと言い訳にはならない。君はブラックセーラーに出来ることは、全て出来て当たり前なんだ。そう『創られている』のだから」


 「創られた……」委員長が、胸を手で押さえながら、その言葉を痛々しく反芻する。

 汗をかいている。ジョーの存在に緊迫感を感じているだけだと思っていたが、どうにも様子がおかしい。だんだんと顔色も悪くなっていっている気がする。


「……あ、…………っ」

「ん……?」


 ……今。委員長の瞳の色が、一瞬、変わったように見えたが……。


「……さぁ、覚醒の時だ。君は成神。なんでも出来る、ブラックセーラーなのだ」

「あっ……頭が……痛いっ……!!」


 両手で頭をおさえ、足をガクガクと震わせる。

 委員長は、そのまま、小さく呻いたかと思うと、その場に膝をついて座り込んでしまった。


「委員長!?」

「なにをッ……したの……!?」

「僕は、名前を呼んだだけさ。……君が拒むから、どんどんつらくなるんだよ」

「がっ……あ、あ、あ、あ……あ…………!」

「おい! 大丈夫か!?」


 絶対にただ事じゃない。ヤバいだろこれ、どう見ても。

 さっき、一瞬だけ色が変わったように感じた委員長の瞳は……今は、完全に瞳孔が開いて、血でも噴き出しているかのように真っ赤に輝いている。

 たまらず委員長に走り寄ろうとした俺の前に、ジョーが加速して回り込み、立ち塞がる。


「危ないよ」

「危ないって……! 今この場に、委員長より危ない状態のヤツがいるかよ!?」

「彼女なら大丈夫。そろそろ……『覚醒』が終わる」


 何の話なんだよ、覚醒とか、成神とか……!

 何も出来ない、何も分からない俺は、ただ下唇を噛むしかできない。


「あああぁぁぁぁぁぁああぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁあああぁぁぁぁァァァァァァァアアアアアアアアッ!!!!」

「委員長っ!」


 委員長の胸から、白と黒で造られた炎の柱が天を突くように立ち上がり、何重にも渦を巻いて、彼女を包み込む。

 いや……白と黒じゃない。これは……だ。

 マンガが現実に出てきている。そう説明するしかない。アミ点、ノイズ、細かい水平線の連なり、カケアミ。炎は、そんな、マンガのトーンで造られていた。

 超常現象。ありえない事物。CGにしか見えない何か。

 この世のものでは無い輝きが、委員長の体を焼き焦がし、燃やし、溶かし、蝕む。


 なんだよこれ。

 人生まだまだこれからと言う時に、理不尽に命を散らされ、その上、何らかの目論見のもとに無理やり生き返らされて……こんなに苦しんで……!


 「お前には関係ないだろう」。そんな言葉を囁く自分を振り払う。

 たしかに関係はない。委員長と再会したあの日、正直、自分の身が危険に晒されるなら見捨ててしまおうと思っていた。もう、中学生の頃の感情は失っていたから。

 だけど……ここ数日、まだ一週間も経ってないけど……思い出したんだ。これだけは自分に対しても嘘をつけなかった。騙せなかった。


 ……俺は……!


「あっ」


 短く。

 スタッカートのような、詰まった、ともすれば聞き間違いじゃないかと思うような声と共に。

 炎は縮小し、収縮し、凝縮し……委員長の胸の中に、収まった。

 炎が消えて、ようやくまた視認できるようになった委員長の肌は……だった。


「初めまして……僕の、ブラックセーラー……」


 もともと色白だったが、もはや完全に白目と同化した、真っ白な肌。

 艶も影も光もない、真っ黒な髪。

 若干紺に近い黒をしていたセーラー服の色は、真っ黒に染まり。

 派手すぎると本人が気にしていたセーラー服の襟、襟と同化したマントには……アミ点。細かいドットのトーンが貼られ。

 水色のスカートには、水平のトーン。

 深いブラウンだった靴も、真っ黒。


「あ……あぁ…………」


 頭から足の先まで、白黒。『マンガの色』に塗り替えられてしまった委員長が、そこには立っていた。

 ただ、一箇所だけ。


「…………」


 光を失った、燃えるように赤い、赤い、赤い赤い赤い、赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い……真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な瞳だけが……。

 死んだように、自我の欠片もみられない、表情を失った委員長と反比例するように、傾き出した陽を反射して、熱く輝いていた。


 立体で。

 動いていて。

 揺れていて。

 姿かたちはそのままで。

 だけど。


 だけど彼女は、

 マンガに出てくるブラックセーラーそのものでしかなく、そこに時任神奈子は、一分たりとも存在しないみたいだった。



「ただいま〜! おかえり〜! お風呂にする? ピザにする? それとも〜、ほ・う・ぐ?」


 20過ぎの女が独りで家に帰ってきてこんな小芝居をすると、世間的にはかなりヤバい、というかもう『終わってる』という評価を受けるのだろうけど、私にはカンケーないもん。

 とりあえず窮屈な服を脱ぎ捨てて生まれたままの姿にになって、私はパソコンデスクの前に立つ。パソコンデスクのためのゲーミングチェアには座らず、腕を組んで仁王立ちする。

 仁王立ちしてみたはいいが、別にこの動作に意味は無い。というか、なんかテンションが上がったからやってみただけで、別にやりたかったわけでもない。


「えーい」


 なんとなくムカついたので、偶然デスクの上に置いてあった、おととい作った宝具である『宝具381』のスイッチを押す。


『ヴァああぁぁぁぁあッ!?』


 部屋中に木霊する、40代くらいの男性のものと思われる悲鳴。

 この宝具ちゃんの名前は『ストレス発散スイッチ』。私がストレスを感じた時に押すと、ランダムに世界中の『社長』という肩書きを持つ人間の首が脊椎ごと引っこ抜かれるスイッチなのだ☆

 んで、その時の悲鳴を遠隔で聞かせてくれるスグレモノなんだよね。うん! さすが私の宝具! ちょっとだけ胸がスっとしたかも!

 あと3回くらい押せば完全にスッキリするかな!


『うわっ』

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!』

『ぬわああああーーーーッ!!!!』


 ヨシ!


 さて。なんか汚い悲鳴を聞いた事で逆にストレスが倍増しちゃったところで。気分は雨模様だけど本題に行こうかな。

 椅子に座ってパソコンを起動し、私の特製ソフト『新世界観測システム ver.2.0 〜過ぎ去りし時を求めて〜』を起動。何か面白いこと起こってないかな〜。


「…………お?」


 さっきまでいた、宝具144の『ボム』の方の座標に、強烈な変異反応。

 椅子をくるっと回し、パソコンの横に備え付けた認知係数測定装置にアクセスして確認すると……どうやら。『あの子』みたいだ。

 私、きゃわいい少女マンガしか読まないからよくしらないけど。あの子が、ブラックセーラーとして、正式に『目覚め始めている』ようだ。

 わ。何これすげー。マンガがリアルに出てきてるみたいじゃん。きゃわいいー。ちょっとキモイけど。


「んでも、数値の上がり方、これ、ちょ〜っと異常だなー……」


 宝具025『姿なき観測者』を起動。まぁ、異常な自動迷彩効果と制限付き瞬間移動能力を持っているだけの、ただのカメラ付きドローンラジコンなんだけどネ。

 さてさて、爆弾の近くには……ワァオ。神奈子ちゃんと一般人くんの他に、とジョーくんがいるじゃん。

 状況を見るに……たぶん。ジョーくんがやったんだろうなぁ。これ。


「はぁ……ジョーくんは相変わらず乱暴なことするなぁ。どーせ、β認知の方の名前を呼ぶとかなんかして本人の認識にブーストかけて認知係数の数値を無理やりマイナス方向に高めたんだろうけど」


 面白いっちゃ面白いけど、つまんないっちゃつまんないな〜。期待には応えてくれてるけどね。


 私は椅子に備え付けた『押すだけで好みのピザとドリンク注文出来るボタン』をポチッと押し、しばらく彼女らの様子を観察することにした。

 けっこう興味深いしね。認知を歪めて生み出した生命が、αからβに移る時、どんな反応を示すのか。いいデータ取れるかも。

 ここから先は、私にとっても、人間にとっても、成神にとっても未知の領域。


 もしかしたら……『この世界の答え』の一端を、見せてくれるかもしれない。


「まぁ……サイアク、かもしれないけど」

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