外道を探して
「加速ができる」
私の『なんでも出来る』神業で加速を行う感覚は、息を止めて水の中に潜る感覚とよく似ている。
この数日間、何度か試してみたが、加速の活動限界時間は体感時間にして1分、実際の経過時間では約2秒。単純計算すると、加速している間は、他の人達と比べて30倍の速度で動けるという計算になる。
だが、限界時間の1分に近付くにつれて、徐々に身体に焼け焦げるような熱さを、心臓に人の手で握り潰されるような痛みを感じてしまう。どれだけ無理をしても、その苦しみによって加速状態を維持できなくなり、加速が解除されてしまうのだ。
「ふぅっ……ふぅ……」
連続の加速はけっこう体力を消耗する。
モノクロの世界を、体力が限界を迎えるまで走り続けて、効率が悪くなりだしたら、一度人目につかない場所で立ち止まって……
「……私には、回復が出来る」
不思議な光が自分の肉体疲労を回復するイメージを具現化させ、体を癒す。
この繰り返しだ。
いちおう、捜索範囲内の建物には片っ端から侵入し(神業で透明人間になるなどして見つからないように)、内部に研究施設のようなものがないかチェックしているのだが……今のところ、何も見つけられていない。
長く艶のある髪を床近くまで伸ばした、パンクな格好の上に白衣を着た女性。出発直前にリリさんに写真を見せてもらったので、一目見れば分かるはずなのだが。
携帯が鳴る。マヤンちゃんからだ。
『かなかな〜、そっちはどう?』
「ダメね。加速でけっこう広い範囲を捜索してるんだけど、本人も、研究施設も見当たらない」
『マヤも、ハトさんやスズメちゃんたちにごはんあげて探してもらってるんだけどねー。今のところ何にも成果なしだよー』
マヤンちゃんの神業、そんなことまで出来たんだ。
『まだ時間あるし、落ち着いて探そ! リリさん天才だから、きっと爆弾解除の方はダイジョーブ!』
「……そうね。私も、もっと効率のいい捜索方法がないか考えてみるわ」
『また何かあったら、何も無くても、30分後に連絡するからね! じゃあ頑張ろう!』
「うん。マヤンちゃんも無理はしないでね」
そう言って電話を切ったものの……さて、どうしよう。
捜索を開始してから40分弱。任された範囲もそろそろあらかた調べ尽くす頃合だ。今のままの捜索方法では、外道院博士を見つけられない気がして仕方がない。
これまでの事例で、外道院博士が何かカラクリのある隠れ家に住んでいたり、通常の捜索で発見が極めて難しいような物件を拠点としていた例はないらしいのだが……。
「おや……君は」
声にぎょっとして振り返る。人の少ない裏路地を選んで留まっていたので、まさか誰かに話しかけられるとは思いもしなかったのだ。
声の主は伊波さんだった。天秤座の拠点近くに住んでいる、真っ赤なレインコートと真っ白な髪が特徴の、何となくご利益のありそうなお人だ。
「あ……どうも、伊波さん」
「この間、お出かけになる時に見かけたね。そういえば名前を聞いてなかったけれど」
「時任神奈子といいます」
「いい名前だね。縁起が良さそうだ」
はあ。よく分からないお褒めの言葉に、愛想笑いで返す。
「して……どうしてこんな所に? 猫でも探しているのかな?」
「いや、猫じゃなくて……」
「犬かな?」
「い、犬でもないです……」
「じゃあカピパラかぁ」
「カピパラ!? 猫でも犬でもないと言われて『じゃあカピパラかぁ』とはならないでしょう!」
「あれは一度見失うと探しにくいよね」
「経験あるんですか!?」
「そういう時ってだいたいおでこの上にあったりするんだよね」
「そんなおじいちゃんのメガネみたいな感じなんですか!?」
「冗談冗談。人探し、かな?」
あ、しまった。特に何か言われているわけではないが、今回の任務や天秤座、宝具のことに関しては外部の人間には秘密のはずだ。
まぁ、人探しくらいなら……大丈夫かな。それだけの情報でバレることはないだろう。
「え、ええ、まぁ。そんな所です」
「そうかそうか。僕と一緒というわけだ」
「伊波さんも誰か人を?」
「まぁね。迷子というか……彼女も子供じゃないから、そこまで心配しなくてもいいとは思うんだけれども」
バツが悪そうに苦笑して頭をかく伊波さん。彼女と言っていたが、家族とか恋人とかだろうか。
「あぁ、そういえば。君、ブラックセーラーのファンなのかい?」
「えっ? あ、えーと……はい、まぁ」
私の格好を見て、コスプレをして街を歩くほどのブラックセーラーのファンだと思ったらしい。椎橋くん曰く、今の日本ではそういう人は珍しくないみたいだ。
話をややこしくするのは得策ではない。私はいちおう肯定しておくことにする。1ページたりとも読んだことはないが。
「妹が好きで、たまに話を聞いてたんだよね。よく知らないけど、成神みたいに、『なんでも出来る』能力で戦うヒーローなんだとか」
「はい、格好いいですよね」
「僕はあんまり漫画とかは読まないんだけど……でも、そんな能力があったら、犬みたいに匂いで楽々と人探しが出来たりするのかな」
「…………!」
そうか……『匂い』!
いや、匂いじゃなくても。そうだ、私は『なんでも出来る』のだから、イメージさえ出来れば、加速を使ってあちこち走り回るよりも楽な方法で捜索ができるはず。
視野が狭くなっていた。どんな時でも便利な加速に任せて、より効率のいい能力の使い道を模索することを忘れていた。
「いけない、時間が……そろそろ彼女を見つけなきゃ」
「無駄話で時間を取ってしまったかな。ごめんね」
「いえ、むしろ助かりました! ありがとうございます!」
「助かった……?」
首を傾げる伊波さん。
私は曖昧な微笑みを返し、別れの挨拶と代えて走り出す。
「またゆっくりお話しましょう!」
「……うん。またね」
まずは、『それ』をするのに適した場所に移動しなくては。
裏路地から出て周りに人がいないことを確認すると、私は小声でこう言った。
「私には……『加速』が出来る!」
#
地に伏し、動かなくなった中田みすずさんの体に一応の紳士的な情けとして、僕は加速してその辺の刑事から奪ったジャケットを被せてやる。
大袈裟に大慌てする公務員を後目に、僕は近くの警察官に声をかけた。
「君。対象は無力化された、今のうちに成神用の手錠をはめて差し上げろ」
「は、はッ!」
「おい! 手荒にするなよ。女性だぞ」
既に意識を失っている中田さんに対して、関節技でも極めるかのようにわざわざ肩を捻って手錠をかけた警官を咎める。
……それにしても、さすがに疲れたな。認知の力的にはこちらが上のはずなのに、悪神と化した成神がこんなに手強いとは。
今は……もう12時過ぎか。9時間以上も戦っていたのか……疲労するわけだ。
先ほどコートを奪ったのとは別の、風格とかが若干他の警官たちとは異なる警部がいかつい顔をしてこちらに向かってくる。
彼は……たしか成神か。
「興梠ジョー様、現行犯逮捕へのご協力、心より感謝申し上げますッ!」
「……遅かったね、備後警部。成神を逮捕できる警官は限られているんだから、僕が出張る前にもう少し早く対応してもらいたいものだが」
「すみませんね。言い訳にはなりませんが、警戒レベル5の宝具を持った悪神の対応に当たっていまして」
……彼は基本的に声がでかい。
セリフの後ろに『!』がつく感じの声のでかさではなく、ただ単純に喉のリミッターがイカれてる感じだ。
僕は耳を塞ぐのを我慢して、その代わりのささやかな抗議として、深い溜め息を吐いた。
「……それで。事情聴取とか受けなきゃいけないのかな、僕は」
「出来れば従って頂きたい所ですが」
「君だけの問題ではないからこんな恩着せがましいことを言うのは酷だがね。僕は君たちに代わって9時間弱の逮捕劇を演じたわけだよ。疲弊しきっている。原稿もある。早く家に帰って休みたいんだ」
「は。しかし。規則ですので」
「規則というならそもそも警察がもっと頑張るべきじゃないのか。民間人に逮捕させたから事情聴取などという手間が生じてしまうというのが理解出来ているのか」
「は。しかし。規則ですので」
「民間人に逮捕協力を得た上に不要な手間をかけさせるなんて公権力である警察が最もやっちゃいけないことだろう。それに本当に僕は疲れきっているんだ、成神だから疲労で体調を崩したり過労死したりすることはないがそこは人道的に気遣ったりして然るべきなんじゃないか」
「は。しかし。規則ですので」
「それしか言えんのか!」
「は。しかし。規則ですので」
「もういい! 黙れ! 口を閉じていろこのロボコップが!」
まるで埒が明かない。というか対話になってない。
……こうなったら、もう。
「あー……そうだ。僕はこの他にも宝具鎮圧への協力要請を受けているのだよ」
「は。それは
「真も真だよ。そんなわけで僕は現場へ急行しなくてはならないので、話をするならそれが終わったあとにしてくれたまえ」
「特に宝具に対する連絡は受けておりませんが」
「アディオス!
「あ、ちょっと……」
付き合ってられるか。
加速、加速、超加速。ダッシュでその場を離れ、僕はとりあえず腹が減ったので、オフィス近くのレストランに向かうことにした。
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次回爆弾起動周期まで 残り5時間40分52秒
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