トレイターズ・ユニオンの初仕事
「それで……何の用です」
交差点で手を振ってきた芳賀さんとキャベンディッシュに誘われ、俺たちは大通りから一本外れた、あまり流行っていない場末の喫茶店に入店した。
俺の質問に、無表情のキャベンディッシュとにこにこ顔の芳賀さんが揃って首を横に揺らす。
「えー? 用がなくちゃ一緒にお茶もしてくれないんですかー? 私たち友達じゃないですか。りょーちゃん冷たいんじゃないかなー? かなー?」
「りょーちゃんもコーヒーだけじゃなくて何か食べなよ。パフェうまいよ」
「…………」
無言でコーヒーの分の小銭をテーブルに置き、椅子から立ち上がる。
「あぁ、冗談、冗談だってば」
「昨日の今日ですが、お暇でしたら、昨日の説明の続きをと思いまして」
「それならそう言えよな、ったく」
この喫茶店チェーン、健康増進法だか何だか言うクソカスみたいな法律でヤニが吸えなくなってから全然来てないんだよな。『喫茶』なのに『喫』が出来ないってなんだよ。日本死ね。
俺が国を呪っている間にも、ヤニなど吸わないのだろう二人は美味そうにそれぞれパフェやパンケーキを食べてカプチーノやミックスジュースを飲んでいる。
「まぁ、といっても。正直、君にTUのことについて色々説明する前に、ちょっとキンキンで解決しなくちゃいけない懸案事項があってね……。
涼は、すでに天秤座で『宝具』のことについて何か聞いた事あるかな」
「あー……ついさっき」
俺は、さっきまで車を走らせていた経緯と、宝具については名前しか聞いていないことを二人に説明する。
「ふむ。なるほど、あのリリとかいう犬も天秤座にいるのか……」
「ワンちゃん……。キャベしぃも飼いたいのです」
何だ『キャベしぃ』って。酒の前に飲むやつみたいなあだ名だな。
「お嬢様は猫アレルギーじゃないか」
「話が脱線してますよ。んで、宝具がどうかしたんですか?」
「あいやすまない。うん。実はね、私たちも今、少しある宝具に手を焼いているのだよ」
そこから、キャベンディッシュが簡単に宝具についての説明をしてくれた。
ようは、歪んだ認知の影響で、異常な能力を持ってしまった物品や土地、生命、事象などを表す言葉らしい。
「その異常な能力というのも大小様々です。
アルコールの含まれていない飲み物を飲んでも、9%のストロング系飲料を飲んだ時と同じ酔い方をしてしまう『土地』系の宝具とか、
放っておくとこの世界全ての書類の文字が狂った解読不能の暗号に置き換わってしまう『事象』系の宝具とか……」
「…………」
そりゃあのクソ犬も一般人を関わらせたくねぇわけだ。
帰らせてもらって助かった。感謝はしないが。
「それで? そんなトンチキなアイテムの処理に俺が役立てるとも思えないが、あんたらが手を焼いてる宝具ってのはどの程度のヤバさなんだ」
「不明なのです」
「は?」
「……どの程度のヤバさ、とか、その宝具が何を引き起こしているのか、とか。一切合切が不明なのです」
話が見えん。
キャベンディッシュに代わり、芳賀さんが説明を引き継いだ。
「昨日、我々の基地に案内した時に、公園から廃工場が見えたのを覚えているかい?」
「ええ。小さい町工場みたいな……」
「そうそう。おそらくだが、あれが『宝具』なんだ」
あれが? 遠くから見ただけだが、そんな異常性を帯びた建物には見えなかったけどな……。
「我々は、多数の成神に対抗するため、もしも有用な宝具があれば入手できるよう、宝具から発されている異常な認知のオーラみたいなものを検知できる探知機を持っているんだ。それがあの廃工場を指し示した」
そんなとんでもアイテムがあるのか。
「それで、TUの一般構成員に中を探索させてみたのだが……約1時間後。廃工場から出てきた彼は、我々の姿を見てこう言ったのだ。
『あれっ? みなさん、こんな所で何してるんですか?』……と」
「……え? どういうことですか?」
「彼は、廃工場の中の様子はおろか、我々に廃工場内の探索を命じられたことすらも忘れていたのだ。すっぽりと記憶から抜け落ちていた。
その後、成神の構成員も含め、計4人を内部の探索に派遣したが、結果は同じ。身体に他の影響は見られず、廃工場に関する記憶だけが、脳みそから綺麗に消えていた。
おそらく、これがあの廃工場の異常性だ」
「…………」
めちゃくちゃヤバそうじゃねーか。
記憶に干渉してくる宝具なんて、そんなもん一般人の手に負えるわけねーだろ。
「基地の近くにある宝具だし、もし宝具の影響範囲が拡大して、構成員たちが基地の場所や役割をキレイさっぱり忘れてしまう、なんてことになったら笑い事では済まない。早急に対処せねばならないのだよ」
「一般人でありながら成神と深い関わりを持つりょーちゃんならば、何か良い解決策を思いつかないかと考えまして。ご助力いただきたいのですが」
「次その呼び方したらぶっ飛ばすぞ。それに、あんたらも含めみんな何かしら誤解しているようだが、俺はホントにただの、何の能力も持たん一般人で――」
「一般人、やめたくないかい?」
……何?
「率直に言おう。TUでは、一般人を成神にする研究を行っている。そして君には、成神になる素質が十二分にあるのだ」
「きゅ、急に何を言って……?」
「もしもこの事変を解決できた暁には、君を成神に仕立ててあげようと思うのだが……如何かな」
「……いかがも、何も」
「悔しくはありませんか?」
悔しくないか。その言葉が、心臓を貫く。
そうさ、悔しい。あんな畜生に、犬っころに、生き方までも否定されるようなことを言われて、お前は無力で役立たずだと言われて、事実だろうが悔しいに決まっている。
ずっとそうだ。
前の仕事をやめた時からずっと、俺は、成神を憎んでいるのと同時に、成神に――
「……芳賀さん。あんた、俺の前の仕事についてこのガキに話したのか」
「いや。でも……」
「私の神業は、『
不快にさせてしまったのなら申し訳ありません」
「そうか。不快だ」
「…………」
キャベンディッシュは、俺に目を見て不快だと言われたのがショックなのか、大きく目を見開いて、視線を下に逸らした。
「無意識的に読み取ってしまう、それなら仕方がないだろう。だがそれを交渉に使うのは姑息だ。卑怯だし、無配慮だろう」
「……ごめんなさい」
「……たしかに俺は、今からでも何の努力もせず成神になれる手段があるなら迷わず手を伸ばすさ。だが、もうこの話はこれで終わりだ。下らないプライドが、俺にもあるんだよ。
TUのことについての話はまた後日してくれ」
今度こそ、俺は小銭をテーブルに置き、立ち上がる。
あークソ、別にこんな世間知らずのお嬢様に説教しようなんてつもりなかったのにな。しょげて俯くキャベンディッシュを見ると、こっちが悪い事をした気分になる。
俺は車のキーを取り出し、パチ屋に赴こうと……。
「残念だ。ちなみに成功しようが失敗しようが、報酬として300万円くらいなら支払おうと考えていたのだが」
「あっ、やる、やるやるやります!」
「え」
「マジで先月と今月で合計150万近くパチンコ負けてて本当に破産しそうなんですよ! ミスってもしょうもないボロ工場の記憶消えるだけでしょ? やりますやります! やらせてください!」
さすがセブンウォーカー編集長とどっかの国のプレジデントファミリー! 俺のパチンコ負債を帳消しにしてくれるなんてとんだ現代の徳政令だぜ!
俺の急激な変わり身に、キャベンディッシュが顔を赤くして机を叩く。
「なんですか、結局お金ですか!? わ、私の謝罪を返してください!」
「うるせー、大統領の娘に俺の切実な銀行預金事情は永遠に分かるまい! 俺は500万円を手にしてパチンコ打ち続けるんだよ!」
「いっそ清々しいよね、ここまで来ると。ていうか増えてるし」
こうして……俺の、奇妙な『宝具』を巡る、トレイターズユニオン構成員(仮)としての初仕事が幕を開けたのだった。
#
現在時刻 12:03
次回爆弾起動周期まで 残り5時間56分48秒
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます