白手の魔術師
委員長が墜落した方向へと走り出す。
俺の目が正しければ、
尖った枝に肌を刺されながら、俺は委員長の落下地点に辿り着く。
「おい、無事か……!?」
「……私には、『治癒』が出来るっ……!!」
委員長は……無事だった。
それどころか、貫かれた肩に手を当て、その傷を『治癒』していたのだ。
傷口の周りに青い光が瞬き、血が止まり、痛々しい傷は3秒もしないうちに完全に消え失せた。
「あ……アンタ、それ……」
「……なるほど。本当に『何でも出来る』みたいね」
成神ならほとんど誰でも出来る『飛行』ですら、ついさっきできるようになったところなのに……まさか、医療関係従事者の成神にしか使えない治癒能力を使えるなんて。
やはり彼女は、ブラックセーラーと同じく、『出来る』と思ったこと、具体的にイメージ可能な技術は、なんでも出来るのだ。
これが、なんでも出来るということこそが、
「順応が早すぎるだろ……恐ろしいヤツ」
「女の子に恐ろしいとは失礼ね。……さぁ、まだまだ行くわよ」
回復を済ませると、委員長は再び浮上した。今度は不必要に高く飛び上がったりはせず、ビンゴと同じくらいの高度だ。
委員長が墜落している間に、ビンゴはこれまた成神闘技の時と同じく、握った手の中に自分の体を隠してしまった。
ぐるぐると不規則に木々を避けて飛び回り、時折顔を覗かせてこちらの様子を伺っているようだが……。
「あれじゃ、手の出しようがないわね……」
「……成神闘技ん時から気になってたんだけどさ」
「ん?」
どうしても、ビンゴの戦い方には違和感がある。
「……なぜ、ビンゴは、『最初から』手の中に閉じこもらないのだろうか」
「あ……」
「成神闘技の時は、単なるパフォーマンスだと思っていたんだ。成神闘技の一番の目的は勝つことではなく、民衆から注目を得ることだからな」
「そうか……この戦いでそんなことする理由はないわね」
そう。観客のいない今、この戦いにおいて、わざわざ姿を晒して攻撃される危険を犯す意味はない。
だとしたら……なぜ、ビンゴは最初から身を隠さないのか?
そこに、マジックの『タネ』は隠されているのではないだろうか。
「何をコソコソやっている」
再度、ビンゴは潜ませた手からビームを放った。
俺と委員長の間を通過した光線は、一直線に突き進み、線上の木々の幹を抉り取って薙ぎ倒す。
「……外したか」
舌打ちして、ビンゴは自分の乗る手を高く浮上させると、再び手から姿を見せ、こちらを高圧的に見下した。
「今から素直に事情を話すなら、危害は加えない。大人しく投降しろ」
「逃げてばっかの癖に……!」
「…………」
姿を見せた……。
ただ俺たちを挑発するために姿を見せたのか? 戦闘の序盤では姿を隠さないことにも、特に深い意味はないのか……?
いや……さっきまでと今とでは、状況が変わっている。きっと、その変化した状況にこそ、ビンゴの戦法の謎を解く鍵があるはずだ。もう少しで閃きそうな気がする。
考えろ、考えるんだ……!
「……委員長、この周囲の木を、原型なくなぎ倒してくれ。それから……」
「……分かった、やってみる」
俺の小声の指示に委員長は小さく頷き、手近な木々に向かって走り出した。
「私には、『伐採』が出来る!」
委員長が力いっぱい木の幹を殴ると、漫画みたいに土がめくれ上がり、地下に伸びた根っこごと大木が吹き飛ばされる。
一本、二本、三本。木々は次々となぎ倒されていく。俺の周りの木はそのまま残しておいてくれるあたり、さすが委員長という感じか。
衝撃音で何かが起きているのを察したのであろうビンゴが手から顔を出し、倒れる木々に巻き込まれないようより上空に逃げる。木の影に隠していたもう片方の手も、彼の元へ帰っていく。
ほぼ全ての木々が倒れ、強烈な嵐が過ぎ去った後のような光景が広がる。ビンゴは手から姿を見せると、倒れた木々の山の上に降り立ち、少し微笑みながら俺たちの方を見下ろす。
「……驚いたな。まさか、ぼくの戦い方のトリックを見抜くとは」
「私じゃありません。木を倒せ、と指示してくれたのは椎橋くんです」
「へえ……ただの一般人だと思っていたが、なかなか切れ者みたいだね」
「『ただの一般人』だよ、俺は。アンタら成神とは肩を並べるどころか、手を伸ばしても足下にすら届かない……ただの一般人さ」
そんな一般人でも見抜けるほど、アンタのトリックとやらは単純ってことだよ。
「昼の成神闘技でもそうだったが……まず最初、戦闘を始める前や始めてすぐの段階では、アンタは手の中に隠れず、姿を晒す。
そしてある程度したら、手の中に隠れて自分の身を守らせる。
変だよな。それなら最初から手の中に隠れていればいい。だけどそうしないのには、理由があるはずだ」
俺の演説じみたセリフに、ビンゴは鼻を鳴らしながらも耳を傾けている。
「簡単な話だ。あんたは自分が手の中に隠れている時、周りが見えない……違うか?」
「…………」
「手の中に隠れている時は周りが見えなくなるから、最初は戦う場所の地形を覚えるために姿を晒して全体を見渡す。そして地形を把握し終えたら、手の中に隠れて覚えた地形の中をぐるぐると巡る。
成神闘技で緋蜂がビルを切り刻んだあとに手の中から出てきたのも、そういう理由からだろう。
アンタの十八番の、隠したもう片方の手で撃つ光線も、手の中に隠れている時は、撃つ前にチラチラ手の中から顔を覗かせていたしな」
なるほどと深く頷くと、ビンゴはくく、と喉を鳴らすようにして笑い、ゆったりとした拍手を俺にくれた。
「結論から言えば大正解だ。マジシャンのタネを見破るなんて大したものだよ。だけど……」
だけど、の言葉と共にビンゴは振り向き、さっき自分の側へ戻した方の手をパーの形に開いた。
それはちょうど、ビンゴの背後に迫っていた委員長が、隙をついてビンゴに飛び蹴りをしようとしていた瞬間だった。
飛び蹴りを弾かれた委員長は、その場から飛び退き、すぐさま距離を取った。俺と委員長の舌打ちが重なる。
「だけど。マジシャンをミスディレクションで騙そうだなんて、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃないかな?」
「く……」
「気付かれてたのか……」
「たしかに君たちはぼくの戦法のトリックを見破った。だが、それがなんだ?
このとおり、ぼくの神業『ハンド&パワー』がある限り、君はぼくに攻撃することは出来ない」
まずい……。木々を切り倒す指示を与えた時に言った不意打ち戦術が、これで完全に通用しなくなってしまったぞ。
ビンゴは完全に委員長の動きをマークしており、少しでも攻撃の動作を見せれば防御あるいは反撃に転じる構えだ。
まるで袋のネズミ。微塵も身動きが取れない。委員長の眉間に、深い皺が刻まれる。
「最後のチャンスをあげよう。ぼくとアジトまで同行し、そこで大人しく事情聴取を受けてくれるなら、これ以上の危害は加えない」
「…………」
「くっ……」
無理だ、勝てっこない。
降参して大人しく指示に従おう。もう、さっきのような、委員長が光線で貫かれるような光景は……二度と見たくない。
「……俺には、なにも出来ない……」
俺には戦う手段も、この場をやり過ごすための得意の嘘も持ち合わせがない。
結局委員長に頼るしかないこの状況が、酷く無責任で情けない。はじめからこんな風に戦ったり抵抗したりなんてすべきではなかったのだろう。
両手を上げる。
「……分かった。降参するから、これ以上はもう……」
そのまま地に膝をつき、頭を垂れる。俺みたいな詐欺師のクズはどうなってもいい、せめて委員長だけでも助けて欲しい。自分の腐った良心でも、心の底からそんなことを思った。
「……その必要はないわ、椎橋くん」
しかし。
当の委員長本人は、この劣勢の中でも、たとえ死んでも一撃やり返してやるといわんばかりの気迫に満ち溢れていた。
「委員長! たとえアンタでもビンゴ相手は無理だ! 大人しく従おう……」
「……驚いたな。この状況で、まだ、そんな目をしてるなんて」
「言ったでしょう。私、理不尽に暴力を振られたら、一発殴り返すまで気が済まないの。これはブラックセーラーになってからじゃなく、元々、死ぬ前からね」
「何?」
何? 委員長の言葉に引っ掛かりを覚えた様子のビンゴがそう口に出した瞬間、ビンゴの体が吹き飛んだ。
「ぐばぁっ!?」
「…………えっ?」
今……何が起こったんだ?
突然、なんの前触れもなく、車にでも撥ねられたかのようにビンゴの体が吹っ飛んだ。乗っていた巨大な手からも落ち、木に突っ込んで姿が見えない。
はっとする。
この現象を、俺はさっきも見た。一般人には知覚しえない一瞬のうちに、机の上に絵を描いたり、その場から走り去ったりする神業……間違いない。
一陣の風と共に、委員長が俺の隣に現れる。ニコッ、と、およそ人を殴った後にするべきではない可愛らしい笑顔をうかべて、委員長はこんな台詞を吐いた。
「私には……『加速』が出来る!」
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