加速と魔術と亡霊と
「ホワイトボルト? こうろき……?」
左右に首を傾げてみせ、説明を求める委員長に、俺は本人の前で好きな漫画家の話をすることに少しの気恥ずかしさを覚えつつ、かいつまんで話す。
「
実際に、漫画やアニメで見るホワイトボルトをそのまま実写化したような興梠ジョーの姿を目の当たりにして、俺は若干興奮していた。
彼も成神であり、それもかなり強力な部類である。公式な成神闘技で敗北したことは、たしか一度もなかったはずだ。
『
自分の感覚と運動を超加速させることで、ほとんど止まったような状態の時の中を自由に動くことができる。先程の一瞬での彫刻は、この能力を使って行ったものだろう。
俺から聞きたいことを聞くと、ありがとう、と言い、委員長はジョーの方に向き直った。戸惑いからか、若干、睨んでいるような目だった。
委員長の態度に何を感じているのか、何も感じていないのか。ジョーは窓を指の腹でなぞりながら、少し寂しそうに微笑んだ。
「玉田中学校。4年前に廃校になってね。人のいない学校というのは寂しいものだね」
「……興梠さん。ひとつお聞きしてよろしいでしょうか」
「何でもどうぞ」
「会いたかったよ、とはどういうことでしょう。それは『私』に会いたかったのですか? 『ブラックセーラー』に会いたかったのですか?」
委員長の質問に、ジョーは少し目を見開いてから、考え込むようなそぶりを見せた。
まぁ、興梠ジョーが委員長を……時任神奈子を知るはずはない。成神となったブラックセーラーに、作者として興味を持って接触してきたと考えるのが妥当な気がするが。
「……この場合は、どう言えばいいんだろうね。僕は……君を愛している」
「えっ、キモ」
……急に『愛している』ときたか。
漫画家は変わり者が多いと聞くが、これは相当イカれてるな。ていうか委員長も淡白すぎるだろ。美人だし、生前から告白され慣れてるのかもしれないけど。
愛の告白をむざむざバッサリ斬られたジョーは、額に手を当てて爽やかに笑う。
「はは……一蹴されてしまうとは」
「失礼しました。ですが、さっき会ったばかりの女性に軽々しく愛を囁くような男性は苦手です」
「さっき会ったばかりじゃないし、軽々しくもないよ。君をモデルに漫画を描くほどに君を愛しているのに」
…………は?
「……今、なんて?」
「僕の連載している『ブラックセーラー』の主人公は、時任神奈子さん……君をモデルにして描いている。そう言ったのだよ」
半開きになった口が、何か言うべき言葉を探して、ぱくぱくと動く。
委員長も、これまで俺の成神関連の話に何度も驚く顔は見てきたが、こんなに「信じられない」といった表情は初めてだ。
「なぜ……私の名前を……」
「君が
「何を言って……」
「あなたは誰? 私が生き返ったことについて何か知ってるの!?」
「時期に分かるさ。君が黄泉帰った理由も、意味も、価値もね」
気だるそうに、しかし、嬉しそうにそう言うと、ジョーは、すくっと立ち上がって机から降りた。
「残念、邪魔が入るようだ。僕はそろそろお暇するよ」
邪魔が入る? どういう意味だ?
マフラーを巻き直し、帰り支度を整えるジョーに、委員長が追いすがる。
「まだ話は終わってません!」
「また会える日を楽しみにしているよ。僕はいつでも、君を見守っているからね」
そう言い終えると、ジョーは一瞬にして目の前から消えた。『加速』を使ったのだろう。
生前の委員長と面識のある人物……中学三年で死んだ委員長を「愛している」などと言っていたが……本当にジョーの正体は何者なのだろう。条件だけで考えると、中学の同級生かとか、俺も知っている人物の可能性が高いが。
教室に2人取り残され、呆然と立ち尽くす。
「……えーと。成仏できそうかい」
「できそうに見える?」
「だろうな。それなら、奴もトンズラしたことだし、俺たちもこんなやばそうな場所、とっととオサラバしようぜ」
黙って頷く委員長と共に、来た道を戻り、1階へ。入った時と少し構造が違っていた気がしたが、気のせいだと思いたい。
歪んだ玉田中学校を脱すると、日は少し暮れかかり、水色に橙色が綺麗に滲んでいた。
校門を出て、木々の生い茂る山にふたり、取り残される。
俺達が通っていた頃は、こんなに周りにぼうぼうと雑草が生えてはいなかったと思う。やはり廃校になっていたのか……地味にショックだな。
「これからどうするよ、委員長」
「…………」
「俺も暇じゃない。いつまでもあんたの成仏の手伝いをしてやれるわけじゃないし、ましてや衣食住の面倒なんか見れんぞ」
「ええ、分かってる。あとは一人でなんとかするわ」
一人で、って……今の日本の状況がどんなものかも知らないのに、なんでそんな自信満々にすまし顔ができるんだよ。
放っておけ。自分だって仕事も金もないだろうが。誰かに余計な世話を焼ける状況だと思ってるのか。自分の中の天使なのか悪魔なのか分からない声に責められながらも、俺は彼女が心配だという気持ちに嘘をつけなかった。
「……今日1日。泊まる場所を見つけるまでなら付き合う」
「いえ、これ以上椎橋くんに迷惑はかけられないわ。私、両親ともに仕事で忙しかったから、1人での行動には慣れてるし」
「そうは言っても、ここはあんたの知ってる日本じゃないんだぜ。そんなに変わりがないみたいな言い方はしたが、治安も前よりいいとは言い難い。それにこのまま1人で歩いてたら補導されるか成神化未申告罪で逮捕されかねん」
「だ、大丈夫よ! マントにくるまれば暖かくして寝れるし、いざとなったらそのへんの草でも食べて凌げば……」
「『大丈夫』のレベルが低すぎるだろ。仮にも女子だろアンタ、風呂とかどうする気だよ」
「この辺に滝とかなかったっけ?」
「修行僧かアンタは」
ええい、強情な……。
「そもそもアンタ、一文無しだろ! いいから大人しく甘えとけよもう!」
「うるさいなぁもう。お母さんじゃないんだからっ………………」
だるそうに反論していた委員長の口の動きが、急にぴたっと止まる。
どうした、と言いかけて気付く。俺もだ。俺も、口を……それどころか、体のどこも動かすことが出来ない。立ったまま金縛りにあったような感覚。
瞳だけは、体の中で唯一動かすことが出来た。精一杯、ぎょろぎょろと眼球だけを回して周囲を観察する。
夕陽に照らされて長く伸びた自分の影を射殺すように、何か……トランプのカードのようなものが一枚、地面に刺さっているのが見えた。
この技は……!
「君達。そこで何をしている?」
緑豊かな森にそぐわない、真っ白な魔術師の正装。昼間に見た時のままの姿。
プロフェッサー・ビンゴは、成神闘技の時ですら微塵も覗かせなかった剣呑な眼差しで、俺たちを睨んでいた。
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