異世界剣豪と聖剣少女

ナタ

プロローグ

出逢い(序)





 聖剣が折れた。



 刃を胴体に食い込ませたまま、黒い影は腕を振って勇者を振るう。幾多の傷を受けた刃は甲高い金属音を響かせて、根本から叩き折れ、その柄は担い手と共に後方へと飛ばされる。

 空中で絶命した亡骸は、石床の上に血の跡を残しながら滑り、うつ伏せのまま動かなくなる。

 魔王の城の天井は崩落していて、崩れた天井からは嵐のような赤黒い曇天が広がっている。


 ここで終わりだ、と聖剣は思った。

 刃の破損で九割以上の機能を失われた。何よりもこの聖剣を振るうに相応しい人物はもうこの世にいない。握られた手から確実な生命反応の喪失を確認する。

 聖剣は倒すべき巨大な黒い影を遠くに見る。勇者が絶命した今、この世界に希望は失われた。後は魔王の成れの果てが遅かれ早かれ全てを滅ぼすだけだ。


 あともう少し、刃が深く突き刺さっていれば。

 諦観と共に、聖剣の意識がかすれていく。


 その刹那、黒い影の胸元の眩い光が煌めいた。


 電光石火。この空間にいるのは勇者と黒い影だけだったはずなのに、つい先程まで存在しなかった、何者かが突如として現れる。

 男は黒髪の若い青年で、精悍な顔立ちには疲れたような影が見える。胴体には鎧のような防具を纏っており、つや消しの黒で、身体に密着するような形状をしている。

 男は身の丈ほどある長大な剣を振り下ろして、黒い影の腕と鍔迫り合っている。三振りの剣と空の鞘一つを背負っており、手中にある剣は四つのうちの一つから抜刀されている。


 その姿は、さながら剣豪のようであった。


 黒い影の腕を剣で弾き、両腕を両断。

 敵は全く動じずに瞬時に腕を再生させる。危機を察し、一気に後方へと飛び退いて致死の一撃を避ける。


 彼は勇者の亡骸の側に着地して大剣の柄を握り直す。

 それでは駄目だ、と聖剣は思う。

 先程の一瞬の鍔迫り合いで相応の力量を持つと理解できる。しかし奴を倒すには、聖剣の刃でないと不可能だ。


「そうなのか。ありがとう」


 誰にも聞こえるはずのない、聖剣の声に答えた。

 聖剣は思考が硬直する。ありえない。聖剣の声を聞けるのは勇者だけのはずだ。


 『剣豪』は素早く前方へと駆け出す。黒い影の攻撃範囲に踏み入ると同時に、豪腕が振り下ろされる。寸前で避ける。

 しかし黒い影の腕は、地面を叩きつけた反動を利用し、本命の横へのなぎ払いを『剣豪』に浴びせる。


 『剣豪』は地面とほぼ密着するように身をかがめ、攻撃を掻い潜る。

 身体を地面に密着させる姿勢のまま足元に滑り込む。移動と同時に振るう剣筋は黒い影の足首を両断する。自重の支えを失った影はバランスを失うも、切った足首が尋常ではない早さで蘇ろうとする。

 しかし黒い影は、致命的なまでに動きを止めてしまった。


 『剣豪』は止まらない。遥か上にある、巨大な影の胸元を視認。

 その中央に煌めく一筋の光を見つける。

 地面を蹴って跳躍、大剣を大きく振りかぶり、槌で杭を打ち込むように光に一撃を加える。


 聖剣の刃は深々と黒い影に穿たれ、その背面へと突き抜ける。


 その刹那、聖剣の刃は眩い光を放ち、光の塊が黒い影を飲み込んでいく。黒い影は足掻くように光から逃れようとするが、遂に全身を包み込むと光は一瞬のうちに収縮し、塵一つ残さずに世界から消失する。


 世界が呪縛から解き放たれたように、赤黒い雲は晴れ、夜明けの光が朽ちた城の中に差し込んでくる。『剣豪』は朝日を受けたまま背中の鞘に大剣を納める。

 『剣豪』の背中を、聖剣は意識が暗転するまで見つめていた。



   ◆



「気がついたか」

 聖剣は『剣豪』の手の中で目覚める。霞んだ意識のまま周囲を確認する。

 静謐な岩山の、特に見晴らしのいい崖に墓がある。勇者が身に着けていたマントが墓標として括り付けられている。


『丁寧に弔って下さり、ありがとうございます』


 聖剣から流れてくる意志に『剣豪』は独り言のように応える。


「俺は一番最後だけやっただけだ。横取りだよ」


 聖剣の思考が断絶し、一瞬で再び繋がる。

 刃の大半を喪失、記憶の破損も著しく、機能の保全も果たせない。


「今なら埋め直せる。どうする」


 『剣豪』は独り言のようにつぶやく。

 このまま何もしなければ、聖剣の機能は完全に停止する。意思が消えたまま勇者と共に墓の下で眠りにつく。それも悪くない選択ではあると聖剣は思う。

 聖剣は、自ずと『剣豪』に問い直す。


『他の選択肢は?』

「俺と一緒に来る。剣に直接聞くのはこれが初めてだ」


 変なことを言う人だ、と聖剣は思った。


『折れた剣に意味があるんです?』

「直せれば使う。今までもそうしてきたし、これからもそうする」

『もし直せなければ?』

「誰も未来のことを断定できん」

『壊れた剣に固執する意味が?』

「ない。だが興味はある」


 無責任な問いかけではあると思った。

 それでも薄れつつある意識の中で、少なからず聖剣自身にも欲求が湧いている。

 勇者以外に聞けないはずの声をなぜこの『剣豪』は理解できるのか。そもそも何者なのか。一体どんな生き方をしてるのか。

 それを知ることができる機会を、みすみす捨てたくはなかった。


『どうか私が完全に壊れるまで、使い尽くして下さい』


 『剣豪』はしばし黙した後、答える。

「わかった」


 『剣豪』が腕を振るうと、世界に歪みが生じる。形容の困難な光の歪みは、人が一人通れる大きさに変化する。

 『剣豪』が光のゲートを通り抜ける。聖剣の意識が途切れる。


 ゲートが収縮して消えると突然に突風が吹き荒れる。勇者の墓標に留められていたマントが千切れて、空の彼方へと消え去った。



 【続く】

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