崇拝少女

アハレイト・カーク

崇拝少女1

タンポポ 花言葉は愛の神託、真心の愛、別離。古和名はフジナ。

皇歴こうれき148年4月1日(金)

皇立コスモス女学院 講堂


「コスモス女学院69期生の皆さん、初めまして。そして、ご入学おめでとうございます。私が当学園の理事長にして、日菊皇国女皇。黒松百合栄よ」

 女皇の声を聞いて西村たんぽぽは自分が名門高校、皇立コスモス女学院に入学したのだと改めて感じた。

 皇国経済界の重鎮である大財閥のうちの一つ、西村財閥の総裁の娘である彼女にとって女皇は庶民と比べれば物珍しい存在ではなかった。しかし、これまでその姿を見たことは無く、その姿を拝む唯一の場ともいえるこの入学式は彼女たちに新たな生活が始まることを感じさせるには十分であった。

「あなたたちには、我が校が掲げる自立した立派な女性を目指してもらい、そこから得た知見を基に将来、日菊に貢献出来る女性になってもらえることを期待しています。我が校には、厳しくも優しい教師たちと、あなた方と同じく様々な出身・出自の個性的な先輩が大勢います。是非とも、彼女たちにも頼って、立派な女性になって下さい。私からは以上よ」

 そう告げて女皇は壇上を降りた。卒業生が日菊皇国の政界や財界に関わっているというコスモス女学院。たんぽぽの将来は既に次期総裁に確定しているようなものであったが、彼女は今後のパイプ作りの為にもこの学校を選び入学したのだった。

「初めまして、コスモス女学院。これから3年間、よろしくお願いしますね」


ヒマワリ 花言葉は私はあなただけを見つめる、愛慕、崇拝。

1‐A教室


入学式とその後のオリエンテーションが終わり、自由になった生徒たちは各々好きな相手との話を始めた。そんな中で三宅ひまわりはここで再会するとは思っていなかった相手に話し掛けた。

「おはようございます、たんぽぽさん。まさか同じクラスになるなんて。正直、別のクラスになると思っていたのですけどね……」

「あら、ひまわりさん。よかったわ、知っている人がクラスにいて」

 彼女、西村たんぽぽは、ひまわりが先月まで通っていた中学校で出会ったお嬢様であった。お嬢様学校ではあったが、彼女は誰にでも優しく接するということで評判であった。

 これまで、周囲から特別扱いされてくることの多かったひまわりにとって、自分のことを特別扱いしなかった彼女は特別な存在となり、いつしか友人となっていた。

「これからまた1年、よろしくお願いしますね」

「ええ。よろしくね、たんぽぽさん」


     *   *   *


一方、机に座って二人の少女がにこやかに話し合う姿を眺めている少女がいた。

 彼女の名前は、月下つきしたかおり。地味でぱっとしない印象の彼女がこのお嬢様学校に入学したのには理由があった。

 彼女が小学生の頃、変わった話し方からか周囲からのいじめを受けていた。しかし、彼女が3年生の時に誰とも分け隔てなく接するお嬢様、西村たんぽぽと出会った。

 たんぽぽに救われた香は以降、彼女に友人として接するようになった。しかし、たんぽぽとは中学に進学する際、彼女がお嬢様学校へと進学した為離れ離れとなってしまった。たんぽぽがいない中学では再び香はいじめられるようになる。しかし彼女はいじめには屈することは無かった。なぜなら、彼女に再び会うと心に決めていたからである。そんな時、コスモス女学院の存在を知った香は、彼女もここに進学するのではと考え受験し、合格。偶然彼女と同じクラスになったのであった。

だが、香はたんぽぽに話し掛けることが出来なかった。彼女は自分が会っていない中学時代に出会ったであろう少女と話しているからである。自分のことなんか忘れられているもしれない。そんな恐れや嫉妬のような複雑な気持ちを感じながら、香はそれを眺めていることしか出来なかった。

そんな彼女に隣の席で同じく座っていた少女が話しかけてきた。

「ねえ、あなた……。あなた、彼女……、たんぽぽさんに話し掛けたいんでしょ? 大丈夫。彼女もあなたのことを覚えているから」

 少女の言葉は、香の考えていることが全てわかるような話し方で、恐ろしさを感じたが同時に、自分と同じくいじめられてきた過去を背負っているような雰囲気を感じ取れた。

「あ、ありがとうだぞ。あんた、名前、なんていうんだ? ふひひひひ」

 特徴的な話し方と笑い方。これが原因でいじめられていることは香自身良く分かっている。だが、これらはたんぽぽに個性として褒められたもの。変えるということは断じてあり得ないことだった。これらを受け入れない人とは関わらないようにする。これが香の人付き合いの基本であった。

「私? 私は倉田えりか。これからよろしくね」

 えりかと名乗った彼女は香の話し方を快く受け入れたようで笑顔を香に向けた。

「うん。よろしくだぞ。ふひひ」


     *   *   *


「久しぶりだぞ、たんぽぽさん」

 ひまわりと話し終わったたんぽぽに、懐かしい少女が話し掛けてきた。

「あら、久しぶりね香ちゃん。小学校の時以来ね」

「おお、覚えてくれてたんだな、感激だぞ」

 香は涙を浮かべて喜んだ。

「そういえば、香ちゃんはなんでコス女に?」

「たんぽぽさんならコス女に行くと思ったからだぞ。必死に勉強したんだぞ。ふひひひひ」

 たんぽぽの質問に対して香は即答した。

「頑張ったわね。それにしてもすごい確率ね。このクラスに私の知っている人が二人も集まるなんて。まあ、これから3年間、またよろしくね」

「ああ、よろしくだぞ、たんぽぽさん。ふひひ」

 そう言って香は席に戻り、えりかに礼を言って家へと帰った。たんぽぽはこの後クラスの他の人々と話してから迎えの車に乗って家へと帰ったのであった。


カトレア 花言葉は優美な貴婦人、魅惑的、魔力。和名はヒノデラン。

4月12日(火)

情報省本部庁舎 情報大臣執務室


「で、話というのはなんなんですか日ノ出先生? それとも元大臣と呼んだ方が良いですか?」

情報大臣、生木おいき蝶子は部屋に招き入れられた客人、コスモス女学院で日菊史の教鞭を執っている日ノ出蘭に問いかける。

「先生は止してくれ。お前だってわかってるだろう。今日は元の肩書の案件だ。オブザーバーとしてお前に話があって来た」

「そうだったんですか。てっきり、昔のよしみで飲みに行こうって言われるんじゃないかと思ったんですが。違ったんですね」

 蝶子は笑いながら頭を掻く。一方、蘭はため息を吐きながらも笑みを浮かべる。

「はぁ、お前は本当に変わってないな。まあいい。本題だ」

 そう言って蘭は鞄から資料を取り出し、蝶子へと渡した。

「8年前の一斉検挙で大人しくなっていたMLFだけれど、新たなリーダー、カラスノエンドウこと烏丸藤也が就任して以降再び活動が活発化してきているわ」

「はい。それは確認しています」

「今のところは目立った事件は起こしていない。でも、それは時間の問題でしかないわ。放っておくことは出来ない」

「では、MLFを潰せということですか? しかしそれは警察が受け持つ部分では? それに、宮内省からもMLFは潰すなと……」

 蝶子は資料をつまんでひらひらさせながら蘭に問う。

「いや、そこまでする必要はないわ。お前には奴らの背後関係を調べてほしい。新リーダーが就任したと同時に勢力を拡大したなど、何者かの根回しがあったのは間違い無い。ということで、カラスノエンドウをリーダーに就けた者の調査。そして、彼らに武力を提供している者たちの調査、お前ならできるはずだ。なんせ元鬼の帝国情報局長が見込んだ弟子なんだからな」

「止めてくださいよ、そういうの。まあ、お話の件は了解しました。すぐに調査に当たらせます」

 蝶子がそう言い終わると同時に、蘭は席を立ってドアヘと向かいながら呟いた。

「そうだ、今週末開いていたら連絡頂戴ね。せっかく久しぶりに会ったんだし、昔のように飲みに行きましょう?」


キクイモモドキ 花言葉は崇拝、憧れ、細やかな気配り。別名はヒメヒマワリ。

4月24日(日)

東宮あずまのみやクイーンズホテル レストラン「耀明軒」


 ひまわりは母親の誘いもあって、東宮特別区の中にある最大の皇立ホテル、東宮クイーンズホテルにある中華レストラン「耀明軒」に、母親と二人で食事に来ていた。

「で、コス女はどう? 面白い所でしょう?」

 コスモス女学院の卒業生で、内閣官房長官を務めている三宅姫花が、青椒肉絲を食べつつ娘のひまわりに尋ねた。

「うん、思っていた以上に良い所よ。西村さんも一緒のクラスだったし」

 一方のひまわりは天津飯を食べもって答えた。

「西村さんって椚葉中の時一緒だった財閥令嬢の?」

「そうよ……、はむっ。おいしい。さすがはクイーンズホテルね」

「そうね。さあ、あんたももっと食べなさい」

 そう言って姫花は追加の注文をする。注文したのは麻婆豆腐2人前であった。

「そうだ。あなたのクラス担任、誰だったっけ?」

「え? 虎尾瑠璃先生よ。物理の。確かベロニカって呼んでって言われたんだけど……」

 ひまわりは入学式の後のオリエンテーションでベロニカに言われたことを思い出していた。始めは先生をあだ名で呼ぶことを躊躇っていたが、他の教師たちも自分の事をあだ名で呼ばせていたので次第に違和感が無くなってしまっていた。

「ふうん。そっか、ベロニカ先生か。なかなか堅物でしょ? あの人」

「えっ? 知ってるの?」

 姫花がコス女を卒業したのは少なくとも20年くらい前のはずである。だが、ベロニカ先生は2~30代くらいの見た目であり、姫花が在学していた頃には教師のはずはない。ならば同年代の生徒だったということだろうか?

「まあね。まあ、いろいろあるのよ。」

 そんな話をしていると、給仕が麻婆豆腐と小籠包を持ってきた。

「これ、料理長からのサービスです。いつもありがとうございます」

「あら、ありがとう。料理長に宜しく言っておいて頂戴。さあ、ひまわり。食べるわよ」

 そういって、姫花は麻婆豆腐を食べ始めたので、ひまわりは話の続きを聞くことが出来なかった。

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