第34話 聖剣と勇者
「な〜る。それで寝てるのか〜。大丈夫? オルガ、膝」
「しび、れて……うご、うごき……」
「クリスちゃん、あんたのお兄ちゃん、叩き起こして起きる?」
「うーん、寝起きはいいけど下手な起こし方するとフレディ兄様より凶悪だから……起こす時はちょっと慎重に……」
「膝が……膝が!」
「オルガの膝が限界に達していますわ! は、早くアレク様を起こさなければ!」
わいのわいの。
下からクリス様たちが合流してきても、アレク様は私の膝に頭を載せ爆睡。
クリス様曰く「朝は綺麗に起きるけど、昼寝は寝汚い」らしい。
挙句「起きるの失敗すると寝惚けて魔法乱発してめちゃくちゃ危ない」そうなので起こすのはなかなかに命懸け!
でも私の膝は限界ーーー!
膝枕がこんなに痺れるなんて知らなかったー!
「ほら、リリス。魔力切れだと聞いたのだよ。MPポーションを飲めば少しは回復するだろう?」
「ありがと、ローグス。たまには気が利くじゃない。アレクちゃーん、起きてー、アレクちゃんも飲んでおきなさいよー! おーい!」
「うーん、むにゃむにゃ……」
寝顔は天使のようなのに!
足の痺れが……足が!
痺れすぎて痛い!
「お〜い、アレク〜、MPポーションはブドウ味だよ〜。甘いよ〜、美味しいよ〜」
「んん……あまい?」
「そう甘いよ〜、甘くて美味しいよ〜。ブドウ味だよ〜」
「の、のむー……」
「ジュースじゃないわよ⁉︎」
「………………」
うっ、と喉が詰まるような声が漏れた。
アレク様がMPポーションにつられて起き上がり、膝が解放された途端に言葉にならない痛みが腿に走ったのだ。
すぐにエリナ姫が治癒をかけてくれるのだが、なんというか、血流がドバッと流れる感覚?
ふ、不慣れなのでとてつもなく痛い〜!
「あ、ありがとうございます。姫様は、お怪我は……」
「はい、オルガが庇ってくれたので少なくて済みましたわ。でも、あれだけの落下でも死なないなんて不思議ですわね……」
「そういえば……姫様たちは二階まで落ちたのでしたよね」
「ええ。あの大剣による攻撃の衝撃が先に二階のガラスを破壊してくれたので、重なったガラスがクッションのようになったようです。わたくしたちの体重では砕けないガラスでしたが……バラバラになっていましたわ」
「そうだったんですね。良かった……」
「まあ、腰は激しく打ちましたが、クリスが治してくれました」
「な、何よりです……」
それは確かに痛そうだ。
「回復が落ち着いたら五階に行ってみよう」
「! 本気なのかね、アーノルス。ここは一度町に戻って、明日に仕切り直した方がいいのだよ」
「え〜、負けっぱなしは面白くな〜い」
「そういう問題ではないのだよ。ここに来るまで、精神的に消耗している。回復させたのは帰り道の事を考えて、だ。アイテムはまだあるが、体力と疲労、魔力と精神力は別物なのだ。あの少女の事は確かに気になるが、自分たちの事を蔑ろにしては出来る事も出来なくなるのだよ」
「確かにそうですが……」
う、ローグス様、ものすごく正論……。
アレク様と同じ意見、か。
……だ、だが。
「相手は聖剣を持っている。あの力は本物だろう。つまり、あの魔物のような少女は勇者、という事になる。分かっているのかね、この意味が」
「分かっている。だが、私もオルガも、だからこそ彼女と話さなければならないんだ」
「お願いします! ローグス様! もう一度彼女と話をさせてください!」
「………………」
しばしの睨み合い。
ローグス様のおっしゃる事はごもっともだ。
私の考えの方が無謀なのだろう。
しかし、私はナナリーの仲間として、彼女の願いを受け止めた者としての責任がある。
キニスンがナナリーを救わなかった理由を知りたい。
ナナリーがきっとずっと心に抱き、魔王に下ったきっかけでもあるはずだ。
なにより勇者であるならば話さなければ。
はあ、と溜息を吐くローグス様。
「クリス、
「え? う〜ん……ギリかなぁ。全員でしょう? 戦闘であんまり使わなければ二時間くらいでその程度の魔力は戻るかな〜。アレクは?」
「うん。僕は無理かな。自分だけなら余裕だけど」
「だよね〜。……一階の空間作るのに結構使っちゃったもんね〜……」
「なーんかアレクちゃんとクリスちゃんがここまで普通にピンチなの初めて見たわね。アンタたちも人間っぽいところあったのねぇ」
「ど〜ゆ〜意味〜⁉︎ そりゃボクら人間じゃないけど無尽蔵に魔力使いまくれるワケじゃないからね〜⁉︎」
それはそうだろう。
……でも、リリス様の意見は私もなんとなく……納得というか。
お二人が普段あまりにも人間離れした事ばかりなさるので安心というか……。
「まあ魔力は使えないけど黒炎なら使えるし、遅れはとらないよー。クリスは温存しておきなよー」
「クッ!」
「黒炎?」
先程言っていたアレク様が纏う黒い炎。
奥の手、と言っていた。
本来ならおいそれと使うようなものではないのだろう。
「黒炎は生命力を消費するのー。僕らはまだ子どもだし、扱いに長けているって言えるほど達人の域に達しているわけではないから消費が激しいんだよねー」
「せ、生命力⁉︎ だ、大丈夫なのか、それ⁉︎」
驚くアーノルス様。
ですよね。
しかしアレク様は面倒臭そうにため息を吐く。
「まあ、ある程度ならねー。僕ら人間じゃないからー。死ぬ事はないけど使い過ぎると今より縮むだけー。数日眠れば元に戻るよー」
「せ、説明されても全然分かんない! 使い過ぎると縮むって……、縮むってなによ⁉︎」
「子どもになるって事〜。生命力を使った量に応じて体が赤ちゃんになっちゃうの〜。……小さいボクらはめちゃんこ可愛いよ☆ 犯罪級だよ☆」
でしょうね!
……ではなく!
「なによそれ! 若返るって事⁉︎ そんなのあり⁉︎ アンタたち本当になんなの⁉︎」
「だ〜か〜ら〜、半神半人の父上と幻獣ケルベロス族の母上との間に生まれたハーフ〜。半神半獣半人って感じの生き物〜」
「って感じの生き物……」
「まあ、他の説明が難しいよねー。人科ではないって感じー?」
……ひ、人科ではない感じー……って……。
「……、あ、あの、では魔人とはなんなのでしょうか?」
手を挙げるエリナ姫。
私もさっき聞いたが、聞いたのによく分からない。
魔人……。
人型の魔物や、魔物の力を得た人間。
半人半魔、と言っていたけれど……。
「ああ、さっきの子が言ってたねー」
「は、はい。ナナリーとは違うのでしょうか? 人寄りの姿ではありましたが、それを言うとナナリーも魔人だったのかと……」
「いや、アレは完全に魔物化していたね〜」
「違いが分かるのかね?」
「そりゃ分かるよ〜。ボクら人じゃないもの〜。曖昧なものの判断は難しいけど、違いは感覚的に分かるの〜」
…………。
……ん? 曖昧なものの判断は難しいけど違いは分かる……えーと、つまり、難しいけど分かるという事だよな?
「僕は魔物化した子に会ってないから分かんない。説明はクリスに丸投げー」
「え〜とね〜、魂の表面に邪悪な魔力がこびり付いて肉体が変化したのが魔物化した人間で、肉体に魔物が融合したのが魔人じゃない? この世界の場合」
「……魂? ええと、それではキニスンは……」
「あの子の魂は綺麗だったよ。肉体に魔物の遺伝子が混ざって変化してはいたみたいだけど、精神や魂に影響はないみたい。普通多少の影響はあるものだけど〜……多分聖剣の影響でそっちには魔物の影響が現れなかったか、影響が少なかったか、融合した魔物がそれを望んでいなかったか……」
「……ねえ、よく分かんないんだけどね……魔物と融合するってどういう事なの? そんな事あるものなの? 初めて聞いたんだけど」
と、腕を組みながら難しい顔をするリリス様。
確かに……魔物化した人間の話はよく聞くが、融合した、というのは初めて聞いた。
違いも正直いまいちよく分からない。
「簡単に言うと外的な要因で魔物の力を得たのが魔人化。邪悪な魔力を注がれて内部も外部も歪んでしまったのが魔物化、かな〜。この世界の場合、だけど」
「他の世界は違いますの?」
「僕らの世界には魔獣化って言う現象はあるけど、度合いに応じて浄化可能なんだー。進行が進むと助けられなくなるけど、あんまり助けられない事はないかなー」
「す、救えるのですか⁉︎」
「ボクらの世界は
「……勇者? で、では私たちの力で魔物になった人たちを救う事が――!」
「いや、無理」
無理⁉︎
そんなあっさりと⁉︎
ク、クリス様、本当顔に似合わず辛辣!
「オルガ、あまり過信してはダメだよー。『勇者』は本来特別な称号だものー。僕らの国にもその称号を与えられた者が何人かいるけれど……全員“僕らよりも強い”」
「…………っ⁉︎」
「この世界では“レベルの判別”すら不可能かもね〜。……ボクら、ボクらの世界では『レベル200』なの。でも『勇者』の称号を与えられた人たちは『400』は超えてる〜。意味分かる〜? 総合レベルがもう、根本的にボクらの世界とこの世界では違うんだよね〜」
……レベル200?
いや、その時点でアーノルス様よりも強い、が、それはクリス様たちの世界でのレベル換算……。
私たちの世界ではお二人は『レベル1000』超えとそれに近いレベル。
……ならお二人よりも強い者たちがこの世界に来たら…………。
馬鹿な!
勇者とは本来それ程……⁉︎
「魔物化した人間は魂が穢されているのー。それを浄化するのには別にレベルがどうとか関係ないけどー……」
「え? 関係ないのかい? この流れで?」
「レベルは関係ないけどー、レベルじゃないところは関係あるかなー。僕らの世界で『浄化の力』は誰でも望めば与えられるし、学び、伝える事が出来る力……。でも、それは技術であると同時に心でもあるのー」
「心?」
「魔獣化した人たちは悩みを抱え込んでしまったり、悪い考えや感情に支配されてしまったり、恐怖や悲しみに負けてしまった人たち〜。そういった人の心を感じて、それに応じた“優しさ”みたいなものを与えるの〜。人の心に寄り添えない者にはどうやったって使えないんだって〜。でもね、騎士や勇士や傭兵は『浄化の力』をみ〜んな使えるよ。……誰でも使えるけど〜……」
「当たり前の力ではないー……僕らの世界の『聖剣』みた良いなものー」
「だからオルガたち、この世界の『勇者』がボクらの世界の『勇者』の称号を持つ人たちみたいになるのは簡単じゃないと思う〜」
「魔獣化と『魔物化』は別物だからー」
「『魔物化』の方が魂と邪悪な魔力の癒着が強いの〜」
「!」
アレク様たちの世界の『浄化の力』と、この世界の『聖剣』は似て非なるもの……。
そして、『魔獣化』というものと『魔物化』もまた別なもの。
だから、この世界の勇者である私たちに『魔物化』した人々を元に戻す事は不可能……という事、なのか?
っ、そんな……。
……というか、説明が回りくどいです!
「だから多分、今のオルガたちでは無理ー」
「…………。……え? ……“今の”……?」
「レベルは関係ないけど〜、レベルじゃないところは関係あるかな〜。多分だけど〜、さっきのあの子の聖剣、見たでしょ〜? 覚えてるでしょ〜? 剣がどこからともなく出て来たり〜、大きくなったり〜」
「! は、はい……あんな事が出来るなんて……」
「ああ、私も五年間聖剣と共にあるが、あんな事は出来た事がない」
「だからレベルは関係ないの。レベルではないところ……聖剣の持つ『本来の能力』の引き出し方だと思うー。オルガたちの聖剣の鍔に付いてる石を見てー」
アーノルス様と顔を見合わせて、聖剣を引き抜く。
鍔部分には中央に大きなオレンジの石。
その横に、二つずつ小さな石が添えるように付いている。
中央の大きめの石は穏やかに光り、輝きを放っているのだが……そういえばキニスンの聖剣は――。
「キニスンの持っていた聖剣は、ここの小さな石が光っていました!」
「そう。多分そういうデザインとかではなく、その横の四つの石も『リミッター』なんじゃないかなぁー……。まあ、僕ら聖剣なんて生まれて初めて目にしたからただの推測だけどー」
「! ……ではまさか、この四つの石も中央の石のように光るのかね⁉︎ そして、これらの石が輝けば聖剣は強くなる⁉︎」
「強くなるかど〜かは分かんないけど〜、まあ、なんか起きるんじゃな〜い?」
「なんかってクリスちゃん……」
て、適当な……。
「しかし、それならば……聖剣の力を扱えるようになれば『魔物化』した人々を元に戻す事が出来るようになるかもしれない……? その可能性がある、という事じゃないか⁉︎ ローグス! やはり彼女に話を聞かねばならない!」
「む、う、うむ……、確かにそういう事なら……い、いやしかし……」
「でもなんでそんなに回りくどいのかしら? 最初から使えればいいのに……」
「聖剣の力が弱いからじゃな〜い? 『勇者の資質』によって聖剣の力も変わるはずだもの〜」
「……そういえば前にアレクちゃんがそんなような事言ってたわね……」
「そうだねー…………、……まるで試練みたいだね……」
「え? なんですか? アレク様」
「ううんー、なんでもなーい。それよりも、上に進む? それとも帰るー?」
アーノルス様と顔を見合わせて、頷き合う。
「勿論!」
「進みましょう!」
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