第19話 お手洗いは路地裏に
ラファミルたちから離れたレオルベンの姿は街の路地裏にあった。大通りは出店で賑わいを見せているが、一つ裏に入ればそこは閑散とした住宅街となる。
建物一つ隔てただけでまるで別世界のようなこの場所をレオルベンがなぜ訪れたのかというと、それはこの路地裏にある一つのお店が目当てだったからだ。エマの両親を探す最中に大通りでたまたま看板を見つけたレオルベンはその店に興味を持った。
そこはただのアクセサリー屋の看板を掲げているが、場末にある分、どこか不思議な感じがするお店である。
レオルベンがその店の扉分けると、カランコロンと鈴の音が店内に響いた。そして奥にいた店主であろう老人が目で挨拶をする。
その店にはレオルベンの他に客の姿はなく、とても繁盛しているようには見えない。けれどもレオルベンは構わずに店内を見て回る。
店内にはネックレスや指輪、他にもイヤリングやピアスなど様々なアクセサリーが陳列してあり、デザインも悪いというほどのモノではない。仮に大通りで店を開いたならば、それなりに繁盛できるのではないだろうかとレオルベンは思う。
「お前さん、見ない顔だね」
店内を見て回るレオルベンに店主の老人が話しかけるが、その態度はあまり友好的とは言えなかった。どちらかというと一見さんお断りみたいな雰囲気がある。
「はい、最近こちらに来まして」
「その制服、あの学園の生徒か」
「はい。新入生のレオルベンと申します」
「そうか」
レオルベンの自己紹介を興味なさげに聞き流した老人は懐からモノクルを取り出すと、それを右目に掛けた。まるで時計技師のような見た目にレオルベンもどう反応していいかわからない。
「今日は何をしに?」
「大切な人に贈り物をしようかと思いまして」
「恋人か?」
「いえ、主です」
その答えを聞いた瞬間、その老人はわずかに驚いた様子を見せる。そしてモノクルを二回ほど小突くと、まじまじとレオルベンのことを見つめる。
「お前さんは人の下についているのか?」
「ええ、まあ」
「信じられん。お前さんのような人間が誰かにつき従うとは、その主とやらは一体どれほどの大物なのだ」
「それはどういう……」
老人に対してレオルベンはわずかに警戒を強める。
「儂には人の実を見る力がある。そしてお前さんからはこれまで見たことないほどの覇者の風格を感じられた。これは紛れもなく人の上に立つ者の器じゃ」
老人の言葉にレオルベンは少なからず驚きを隠せない。この老人は適当なことを言っている様子もなければ、かまをかけている素振りもない。
本当にレオルベンのことを見てそう言ったのだ。
かつて勇者として魔王から世界を救い、その後は王にまで上り詰めた勇者レオ。そして次の世界では魔王として勇者を討ち、その後は世界を手に入れて滅ぼした魔王ルベン。
仮にこの老人が言う覇者の風格がこの二つのことを指しているなら、この老人の人の実を見る力は紛れもない本物である。だが老人の口ぶりからするに、その詳細まではわかっていないためレオルベンは特段気にする必要はないと判断する。
「私の主は素晴らしい御方です。そしてその御方に贈り物をと考えています。何か見繕ってはもらえませんか?」
「ふむ、そう来たか……」
レオルベンの言葉に頭を悩ます老人。
「お前さんの主は魔王か何かなのか?」
「どうしてそうお思いに?」
「お前さんほどの器の従えるのじゃから、魔王でなくて何じゃという」
「そうかもしれませんね」
元魔王をつき従える魔王というのもおかしいが、ここで変に弁明して話をややこしくするのも面倒だ。もしラファミルが聞いていたならば、「誰が魔王よ」とでも言っただろうが、レオルベンは気にせず話を進める。
「それでお願いしても?」
「わかった。少し待っておれ」
そういって老人は見せの奥に姿を消した。
レオルベンが買い物をしていたころ、ラファミルたちの姿は大通りの広場にあるカフェにあった。噴水の前に設置されたテーブルの一つを利用しているラファミルたちの前には色とりどりのフルーツジュースが置かれている。
そこはオティヌスカル一押しの見せであり、ティルハニアも悔しいことに味を認めざるを得ないほどの名店だった。事実、広場の席だけでなく、店内の席もほとんど満席のことからその店の人気がうかがえる。
「それでラファミル嬢はレオのことどう思っているわけよ?」
「急にどうしたのかしら?」
フルーツジュースに口をつけたティルハニアがまるで酔っ払いの用に話しかけるが、別にティルハニアは酔っぱらっているわけではない。
「レオのいない今がチャンスだと思ってよ」
「どういう意味よ、それ」
ティルハニアの意味の分からない説明に呆れた表情のラファミル。だがティルハニアの方は至ってまじめだった。
彼女は前世でレオが世界を救ったように、この世界でもレオルベンが世界を救えると信じて疑わない。そして彼女の目的はこの世界でもレオルベンを勇者にすること。だからレオルベンが固執しているラファミルに対し、いつかレオルベンのことを聞きたいと思っていた。
一方のラファミルは突然のレオルベンのことを聞かれてもどう答えていいかわからない。レオルベンは昔からラファミルに仕えている従者であり、それ以上でもそれ以外でもないのだ。
真剣な眼差しを向けるティルハニアにラファミルは困惑しながら答える。
「レオルベンは私の従者だわ。それ以上でも、それ以下でもない」
「本当にか?」
「本当よ」
なぜティルハニアがここまで攻めた質問をしてくるのか分からないラファミルは先ほどから困惑しっぱなしだ。そしてオティヌスカルはラファミルの答えを隣で静かに聞いている。
「なら、もし世界がレオを求めた時、ラファミル嬢はレオを解き放つことができるか?」
「さっきから何を言っているの? そもそもレオルベンが世界を救う英雄だとも?」
確かにレオルベンは英雄になれるかもしれない実力を持っている。でもそれはあくまで可能性であって、確実ではない。しかしティルハニアはまるで英雄がレオルベンだと確信しているかの口ぶりだ。一体彼女はレオルベンの何を知っているのか、そんな疑問がラファミルの頭に浮かぶ。
「そこまでにしておけ、偽勇者。これ以上は魔王様の迷惑になる」
「だがここではっきりとしておかないことには」
「わかっている。だが物には言い方というものがある」
「じゃあどうしろと?」
ティルハニアの言い方に呆れたオティヌスカルがラファミルに対していい直す。
「ラファミル様。私やこの偽勇者は魔王様がこの世界を救えると信じて疑いません」
「あなたたちはどうしてそこまでレオルベンに?」
ラファミルの前にいる二人は世間で今最も英雄に近い存在と言われている二人だ。そんな二人がレオルベンこそが英雄だと信じて疑わない。一体何が彼らをここまで駆り立てているのかわからないラファミルは困惑するしかなかった。
「魔王様……いえ、レオルベン様が私たちよりも強いからです」
その言葉が何を意味しているのかわからないオティヌスカルでもなければ、ラファミルでもない。英雄に近い者たちよりもさらに強者が英雄だ。だからラファミルは黙り込んでしまう。
「ラファミル様、これだけは覚えておいてください。もし世界がレオルベン様を求めたなら、どうかその時はレオルベン様を解放してください。お願いします」
「…………わかったわ」
別にラファミルはレオルベンを束縛しているつもりはない。これまでも何度もレオルベンのことを突き離そうとしたが、そのたびにレオルベンが着いてきた。だからもしオティヌスカルの言うような状況になっても自分は躊躇いなくレオルベンを送り出せる。
ラファミルはそう思っていた。
そしてこの後、レオルベンと合流したラファミルたちは再び街の散策を行い、夕方には学園の寮に戻るのであった。
その日の夜、レオルベンはラファミルの部屋を訪れていた。
「それでレオルベン、用って一体なにかしら?」
「ラファミル様、こちらをどうぞ」
「これは?」
ラファミルに差し出されたのはプレゼント用に包装された長方形の小さな箱。
「遅れましたが、成人の祝いと入学祝いです」
「どうしたのよ、急に」
「よく考えれば、まだ祝っていなかったので」
「別に祝ってほしいと言わなかったからね」
この国では十五歳を迎えた男女は成人と見なされ、家族から祝福される。しかし家族のいないラファミルにはその機会がなかったのだ。そこでレオルベンは入学祝いと合わせてラファミルにプレゼントを送ろうと考えた。
「開けてもいいの?」
「もちろん」
レオルベンの許可を得たラファミルは包装をきれいに剥がすと、長方形の箱のふたを開ける。すると中には小さな赤色の鉱石あしらったネックレスが入っていた。
それはあの店で店主の老人が「魔王にはこれがお似合いだ」といって店の奥から持ってきた逸品である。確かに魔王にふさわしく、とてもきれいな鉱石だ。
「お気に召しましたか?」
「ええ、とても気に入ったわ」
「それは良かったです」
ラファミルはネックレスを箱から取り出すと、レオルベンの方に差し出す。
「つけてもらっていいかしら?」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
レオルベンはラファミルの背後に回り込むと、そっとネックレスをつける。そして鏡を取ってくると、ラファミルに差し出した。
その赤い鉱石はラファミルの紅い瞳と同様に銀色の髪と白い肌の中で映えており、とても似合っている。まるでラファミルのために作られたかのようなネックレスだ。
自分の首元に輝くネックレスを見たラファミルは自然と笑みをこぼす。ネックレスをつけるのは全てを失ったあの日のこと以来であり、懐かしい感覚につい嬉しくなってしまったのだ。
「ねえ、レオルベン」
「なんでしょうか?」
「ありがとね。私、このネックレスを一生大切にするわ」
「お気に召していただけたようで、何よりです」
「ありがと、レオルベン」
その夜、レオルベンのオリジナルブレンドの紅茶を飲みながらラファミルの意識は闇に落ちた。しかしその首元には確かに赤いネックレスが輝くのであった。
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