第20話 交わる剣

 週明けの早朝、まだ朝日が差し込んだばかりの新入生寮の前の広場には二人の人影があった。一人は剣を片手にもう一人に向かって必死に斬りかかっており、襲われている方は自分の剣で相手の攻撃を躱している。


 影だけ見ても襲われている方には余裕がうかがえた。


 早朝から剣をぶつけ合っているのは新入生のレオルベンと同じく新入生のルイ。騎士科一年首席のジョセフを相手に苦杯をなめたルイは、そのジョセフを圧倒的な力で打ち負かしたレオルベンに弟子入りを志願し、怪我が完治した週明けからこうして稽古に勤しんでいいたのだ。


 二人が使っているのは木製の剣だが、剣を握るルイの表情は真剣そのもの。先ほどから何度もレオルベンに挑むも、汚れ一つつけることができない始末だ。


 「くそ、もう一回だ」


 ルイが剣を握る右手に力を入れてレオルベンに襲い掛かるも、その攻撃をレオルベンはいとも簡単に受け流し、そのままルイの重心をずらしてつまずかせる。


 もう何回転んだかわからないルイの服は泥まみれだ。ちなみに二人が来ているのは制服ではなく、動きやすい運動着だ。


 王立カルロデワ学園の制服は戦闘を想定されて動きやすいように設計されているが、それは同時に防御時のことも考慮されて頑丈に作られている。しかし防御力の必要ないこの稽古では制服を身に着けるのは非効率なので運動着を身に着けているという訳である。


 「ルイさん、あなたの攻撃は単調すぎる。攻撃そのものの質はいいのですが、その組み合わせが単調である故に容易に動きを予測出来てしまう」

 「なるほど……」


 レオルベンに指摘されたルイは思わず自分の攻撃を思い返す。確かにこれまでの攻撃には自信があったが、どれも技同士の互換性を加味して攻撃パターンを組み立てていたがために攻撃が単調になってしまった節がある。


 技同士の互換性が良いということは動きをスムーズにできる反面、相手からも予測がしやすくなってしまう。それがルイのもっともの課題だった。


 「どうすれば単調でなくなると思う?」


 指摘されたことは理解できたものの、その解決策がわからないルイ。攻撃を単調にしないためには互換性の低い技同士を組み合わせればいいのだが、それでは動きにムラが多すぎてラグが生じてしまう。結果的にレベルの低い攻撃になってしまうので本末転倒だ。


 「戦いは駆け引きです。どうすればいいかは自分で考えてください」


 ここでレオルベンが答えを教えることは簡単だ。けれどもそれではルイのためにならないし、わざわざ早起きして教えている意味もない。だからレオルベンはそう簡単には答えを教えない。


 「ですがヒントはお教えしましょう」

 「本当か?」

 「ええ。ただ、そうなるとこちらも少々本気を出さざるを得ないので、先にこれを渡しておきます」


 そう言ってレオルベンがルイに渡したのは緑色の小さな水晶。


 「これは?」

 「この間、街で購入した魔術具です。なんでも危機的状況で砕けば幸運が訪れるとか」


 それは週末にレオルベンが路地裏のアクセサリーショップで買った代物だ。店主の老人に勧められて買ってみたものの、魔術的な力を感知できなかったのでおそらく紛い物か何かなのだろう。


 レオルベンが持っていても意味がないので、ルイに渡したのだ。それはこれからの攻防でもしかしたら怪我を負わせてしまうかもしれないため、先にお詫びの印として渡したのだ。


 ルイの総合的な実力はレオルベンに遠く及ばないが、剣銃には光るものがある。もし彼の才能が突然開花したならレオルベンも急には対処できず、つい力加減を間違えてしまうことがあるかもしれない。そういう場合を考慮してのお詫びの品という訳である。


 「では、今から私なりの答えをお見せしましょう」

 「頼む」

 「ルイさんは私の攻撃を耐え抜いてください」

 「わかった」


 次の瞬間、レオルベンの纏う空気が一変した。それまで守りに徹していたレオルベンには戦意の類は全く感じられなかったのだが、今のレオルベンからはルイに対する確かな戦意が感じられた。ただそれが殺気ではないだけまだマシであろう。


 レオルベンの変化に気づいたルイが剣を構えると、レオルベンが仕掛ける。


 最初はなんでもない突きをルイに向かって繰り出すレオルベン。ルイはその攻撃を身体をねじることで回避するとそのままレオルベンに向かって斬りかかろうとした。しかしすぐに自分が再び単調な攻撃を行おうとしていることに気づき、慌ててレオルベンから距離をとる。


 しかしその隙を逃すようなレオルベンではない。レオルベンは後方に距離をとろうとしたルイに向かって右足を踏み出すと、腰を回転させて突いた剣を横に薙ぎ払った。


 自分に迫ってくるレオルベンの剣をルイは己で剣で何とか防ぐことに成功する。


 横薙ぎにした剣を防がれたレオルベンは今度は一歩下がることでルイとわずかに距離をとる。そしてその動きの中で突きの構えに移行し、再びルイに向かって剣を突き出す。


 わずかに反応が遅れたルイはその攻撃を左腹部に受けてしまった。真剣ではないため出血はないく、レオルベンの攻撃には体重が乗っかっていないので大怪我とまではいかないが、それでも軽いあざになるのは避けられないだろう。


 苦痛に顔をゆがめるルイ。けれどもレオルベンの攻撃は止まらなかった。


 突き出した剣を再び引き戻すと、レオルベンはそこから流れるようにしてルイの顔面目掛けて剣を振り上げた。レオルベンの攻撃をなんとか防ごうと剣を構えたルイだが、完全に構え切る前に攻撃を受けてしまったために後方の方へと吹き飛ばされてしまう。


 背中から地面に落ちたルイは大の字になって倒れ込むと大きく気を吐いた。


 「やっぱりお前は強いな」


 改めて感じる実力差に打ちひしがれたくなるルイ。自らの剣の腕に自信を持っていたルイが初めて味わう絶望的なまでの挫折感は彼から剣の自信を奪っていく。


 「俺って才能なのかな」

 「才能の有無で言えば、ルイさんは才能あると思いますよ」

 「ここでお世辞を言うか?」

 「お世辞ではありません。ルイさんの剣の才能は私が保証します」

 「でもここまで一方的だと悔しさも湧いてこないぜ」


 いくら才能があると言われても、あおのように手も足も出ないで負けてしまうと自信を失いそうになってしまう。


 「今の攻防は私の作戦勝ちですよ。技術ではありません」

 「やっぱりかー」


 レオルベンの指摘に思い当たる節があるルイが今度は悔しそうに言った。


 「全部単調な攻撃だったよな」

 「ええ。単調な攻撃だったがゆえに攻撃と攻撃の間に無駄な動きは生じませんでした」

 「くそ~、警戒しすぎたー」


 先ほどの一戦でレオルベンの使った技はどれも互換性の高い技であり、言うなれば組み合わせるのに相性のいい技同士だった。そのおかげで無駄な動きが生じることなく次の攻撃に移ることができた。


 だが逆にその攻撃は単調で予測しやすいものでもあった。ならなぜルイが対応しきれなかったのかというと、それは二人の攻防が始まる前に答えがある。


 「お前がヒントなんて言うからてっきりトリッキーな技が来ると思って警戒しちまったよ」


 つまりルイはレオルベンの次の動きを予測する際に様々なパターンを考え出し、どれにでも対応できるように試みた。それが結果的にルイの判断に迷いを生ませ、最も単調で、最も速いレオルベンの攻撃に後れをとったのだ。


 「これもまた戦術です。確かに単調な技は相手が方にも予測されやすい危険なものですが、逆に相手の裏を突くには最も優れた技なのです」

 「つまり少しでもトリッキーな技を見せた後に使えば有効的と?」

 「そういうことになります」


 ルイのように馬鹿正直に単調な攻撃を繰り返しても脅威にはなりにくいが、レオルベンのようにトリッキーな技があるかもと思わせた後に単調な攻撃を繰り返すと途端に脅威になる。


 これがレオルベンの伝えたかったことである。


 「はぁ、やっぱりお前は凄いや」

 「世の中にはもっとすごい剣士がいますよ」


 ルイの言葉にレオルベンは謙遜するのであった。

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