第3話 従者レオルベン
王立カルロデワ学園の入学式が行われる講堂までの道を歩く銀髪の少女ラファミルとその付き人レオルベン。しかし彼らの間に流れる空気は入学式にしてはやや険悪だった。
「まるで自分が枯れた人生を送ったみたいな口調ね、レオルベン」
「私は一般論に即して忠言しているのです、ラファミル様」
「あなたも私と同じ十五歳でしょ。その一般論が通じるかなんてわからないじゃない」
主人であるラファミルの人生を案じて忠言したレオルベンだったが、同い年のレオルベンに人生を案じられることが面白くないラファミル。確かに自分と同い年の付き人にあたかも人生とは何かを知ったような口ぶりで説教されたら面白くないと思うのは仕方ないだろう。
「確かに私もまだ十五歳の若輩者です。ですがラファミル様よりは友好的な性格をしていると思います」
「その友好的な性格をしていても私以外の友人がいないのはどうしてでしょうね、レオルベン」
やや皮肉交じりに返されたレオルベンだが、ここで引き下がるような性格ならラファミルの付き人なんて務まらない。レオルベンが続けて答える。
「それはこれまでに会ってきた方たちが皆ラファミル様をはじめ、ディーハルト家のことを良く思っていなかったからです。ラファミル様に仕えるこのレオルベン、そのような不届き者のと友好的になれるはずがありません」
「相変わらず忠誠心だけは立派ね、レオルベン」
「はい。たとえ世界中がラファミル様の敵になったとしても、私はラファミル様の傍で御身を守らせていただきます」
ラファミルに向かって膝立ちになり忠誠心を誓うポーズをとるレオルベン。周りの新入生たちは何事かと二人の方を振り向くが、レオルベンは一切気にしない。
「その忠誠心があれば他の家でも十分やっていけると思うわ」
「ラファミル様、なぜそのような悲しいことを言われるのですか。このレオルベン、一生ラファミル様に仕えたいというのが本望です」
実を言うと七年前のあの日、ディーハルト家の名が失墜したあの日からラファミルに仕える者はレオルベン一人となっている。それは失墜したディーハルトの名を忌避してラファミルの前から姿を消した者たちもいたが、それ以上にラファミルが他者を拒絶したからだ。
ディーハルトの名に関係なく、一人の少女ラファミルを哀れに思った者たちも一定数存在したのは事実だ。けれどもラファミルは彼らの手を拒み、自らで生きていく道を選んだ。
それは没落貴族の烙印を押されたディーハルト家の令嬢としてではなく、一人の人間ラファミル・ディーハルトとして生きていくことを彼女なりに決心した結果だった。だというのに、レオルベンはずっとラファミルの傍にいた。
例えラファミルから拒絶されようとも、レオルベンは絶対にラファミルの傍を離れなかった。それがレオルベンの意志であり、彼の使命だったから。
自らに向かって忠誠を誓うポーズをとるレオルベンを見てラファミルはため息をつきながら言う。
「わかったわ。だからその格好はやめてくれないかしら? 入学早々悪目立ちすぎよ、レオルベン。これだけ目立ってしまったら友人も簡単にできないでしょうね」
遠回しに友人を作れないのはレオルベンのせいだと言いたげなラファミル。しかしレオルベンの言動に関係なく、ラファミルはこの学園で友人を作ることは難しいと考えていた。
先ほどまでの視線を見ればわかる通り、貴族の中でラファミルの評価は最悪だ。『三月のディーハルト』以降、ディーハルト家の名前は各貴族から卑下される蔑視の対象となり、誰もディーハルトと進んで関わろうとするものはいない。
特に家柄を重視する高位の貴族になればその姿勢は顕著だった。それに高位でなくても、貴族なら誰もが悪名として知っているディーハルトに近づく貴族がいないのも当然だろう。
そのことを重々承知しているラファミルの表情は少しだけ浮かなかった。その表情を見てレオルベンが謝罪する。
「申し訳ございません、ラファミル様」
「別にいいわ。慣れていることだし」
端から友人作りを諦めているラファミル。だがレオルベンは諦めていなかった。
「ですがラファミル様、ここはあの王立カルロデワ学園です」
「それがどうしたというの?」
「ここには貴族だけでなく、平民の方々も数多く在籍しています。ですからこれを機に友人を作ることはそれほど難しくないかと」
レオルベンの言う通り、この王立カルロデワ学園は貴族から平民までが在籍する階級無視の学園だ。そして平民の間では『三月のディーハルト』があまり知られていないのは本当の話である。
現に先ほどからラファミルに注目している者の中で、単純にラファミルの優れた容姿と気品の高さにひかれている者たちは少なくない。彼らはラファミルのことをディーハルトの令嬢として見ているのではなく、一人の可憐な少女として見ていたのだ。
つまり彼らはラファミルのことを忌避していない。だから友人関係になれるというのがレオルベンの主張だった。
「確かにそうかもしれないわね」
「ですのであまり気になさらなくともよいかと」
「そう……ね……」
何かを考えながら答えるラファミル。そこでふと思ってしまったのだ。
「ならレオルベンが私に仕える必要もないのではないかしら?」
「なにを……」
それは単純な理屈だ。この王立カルロデワ学園は良くも悪くも階級や身分によって評価されない平等な教育機関。ならば主人と付き人という関係もこの王立カルロデワ学園においては無効になってもおかしくはない。
「だってそうでしょう、レオルベン。この学園において身分や階級での上下関係は認められていない。だからあなたは私に平民と仲良くするように提案した。ならばそれが私たちに適応されないは不自然なことじゃないかしら?」
「ら、ラファミル様はこの私が不要と仰るのですか……? 不肖このレオルベン、ラファミル様に仕えられないならば生きる価値はありません。私はこの身をラファミル様に捧げると決めたあの日から、ラファミル様の付き人以外の道を失ったのです」
まるでこの世の終わりのように絶望に見た表情をうかべるレオルベン。その様子に周りに者たちは驚き、一斉に距離をとる。そして歩みを止めて彼らの行く末を見守り始める。
「す、すげぇー」
「あれが本物の貴族か」
「いいなーあんなかっこいい人が傍にいて」
「でもあっちの人も高貴なオーラが凄いわよ」
まるで水族館のアシカショーのように注目を集めてしまった二人だが、レオルベンは周りのことをまったく気にしていない。彼にしてみればその他の有象無象より世界に一つだけのラファミルだけだから。
「ラファミル様。私レオルベンは例え世界が滅亡の危機に瀕していたとしても、ラファミル様の下に駆け付けます。ですからこのレオルベンをラファミル様のお傍に置くことをお許しください」
目の前で繰り広げられるこれまで自分とは関わりのなかった世界の出来事に息を飲む一同。先ほどからレオルベンたちの一挙手一投足に注目している彼らはレオルベンとラファミルの行く末がどうなるのか見守る。
さすがにこれほど注目されては居心地の悪さを感じてしまうラファミルはこの場を治めることにした。
「わかったわ。これからもよろしく頼むわ」
「ありがたき幸せ。このレオルベン、ラファミル様のために今後も精進いたします」
笑顔で返事をするレオルベン。その光景を見た一同はなぜか一斉に歓声を上げる。こうして入学初日にしてレオルベンとラファミルは新入生たちの間で知らぬ者はいないほどの有名人となってしまうのであった。
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