第2話 3月のディーハルト
「おい、あれって」
「ああ間違いない」
「あのディーハルトの令嬢だ」
一部の新入生たち視線を集める銀髪の少女。新入生たちと同じ制服を着ているにもかかわらず、その整った容姿と溢れ出る気品の高さから彼女が高貴な出の人間だということは一目で判断がつく。
しかし新入生たちが彼女に注目したのは何もその整った容姿と溢れる気品の高さからではない。もちろん中には彼女の優れた容姿の虜になった者もいたが、彼らは総じて銀髪の少女について何も知らない一般の人間たちだ。
彼女の持つ過去の事情を知っている貴族たちは他の意味で銀髪の少女に注目していた。
「まさかこの学園に入学してきたとは」
「いや、むしろこの学園だからこそ入学したんじゃ?」
「確かにそうですわね。この学園の掲げる理念の前では家柄は無意味ですから」
「でもだからといってあの過去が消えるわけはない」
銀髪の少女と同じく高貴なオーラを纏う貴族の新入生たちが口々に少女について語る。けれども少女は気にするそぶりを見せずに真っ直ぐ講堂へと向かう。そして少女の後につき従う黒髪の少年は貴族の新入生たちに軽く会釈をしてその場を後にした。
その光景を見た貴族の新入生たちが再び口を開く。
「あれは付き人か?」
「まさか。ディーハルト家は七年前に滅んだはずだ。まだつき従う人間がいるとは思えない」
「でもあれは紛れもない付き人だぞ」
「大方、そこらの農民を雇ったんだろ」
「そうですわね。没落したにもかかわらず、まだ名声に縋るその姿勢だけは評価に値しますわ。ラファミル・ディーハルト」
「見苦しいったら仕方ないですね」
講堂へ歩みを進める銀髪の少女ラファミルに対してあまり良い印象を持っていない貴族の新入生たち。特に最後の少女の言葉はラファミルの耳に届くほどの声量で口にされていたが、ラファミルは一切の反応を見せない。
ラファミルがいくら揶揄されようとも無視を決めているということは明白だった。だからその態度がまた他の貴族たちの神経を逆なでする。
「ふん、所詮はあの日、精霊に屈した没落貴族」
「俺たち貴族相手じゃ何もできないみたいだ」
普段から貴族の地位を理由に他者へ威張り散らしている彼らにとって無視されるということは経験したことのない屈辱だ。だから挑発してなんとかラファミルに反論させようと試みるも、やはりラファミルは彼らのことを気にしている様子はない。
ラファミルのそんな態度に痺れを切らした貴族たちの中で手癖の悪い者がラファミル目掛けて地面に転がっていた石ころを投げつける。
石ころといってもその硬さは確かなもので、もしラファミルに直撃などしたら大怪我まではいかないまでも、かすり傷は免れないだろう。人に石を投げつけたらどうなるのか、実行しなくても結果はわかるはずだ。
石を投げつけた者はそれを承知でラファミルに石を投げつけたのだ。
ラファミル目掛けて投げつけられた石は講堂に向かって歩く彼女の後頭部目掛けて飛んでいく。自らに向かって投げられた石の存在に気づいていないラファミル。このままでは危険だと思った他の新入生がとっさに叫ぶ。
「危ない!」
誰もがその石がラファミルに当たると思ったその時だった。ラファミル目掛けて投げつけられたその石は空中で静止し、次の瞬間には砕け散ってしまったのだ。
思いもよらない光景に言葉を失う一同。投げつけられた石が弾かれたり、撃ち落されたりしたのならまだわかる。だが目の前で起きたのは投げつけたはずの石が空中で静止し、その場で砕け散って地面へ落下した。
それは偶然起きるにはあり得ない光景だ。その場にいた者たちは、すぐに誰かが魔術でラファミルのことを守ったのだろうと察する。しかし一体誰が彼女のことを守ったのだろうか。
少なくとも今の事象には投げられた石を空中で静止させる魔術と、静止した石を砕き割った二つの魔術が作用したことになる。だが彼らの周りで魔術が行使されたような兆候は一切感じられなかった。
仮に彼らの中に誰にも気づかれず、それも詠唱もせずに魔術を行使する魔術師がいたとするならば、その魔術師は到底新入生のレベルではない。
ラファミルを守った魔術師が分からないこの状況でこれ以上の危害を加えることは危険だ。下手をすれば反撃をされるかもしれない。それも魔術の発動兆候さえ掴ましてもらえずに。
そんな恐怖心から彼らは言葉の挑発だけにとどめておく。
「あ、あいつも両親と同じようにあの日に潔く精霊に殺されておけばよかったんだ」
「没落貴族の分際でお高く留まりやがって!」
「あんな領主の子供だ。結局自分だけ良ければいい人間なんだよ!」
彼らが口々に語るあの人は今からちょうど七年前のこと。この国のとある地方で起きた一つの出来事のことを指している。
それは七年前の三月の暮れのことだった。当時この国の西方で領地は少ないながらも確実な経営で繁栄していた地域があった。そこの領主の名前はファニル・ディーハルト。銀髪の少女ラファミル・ディーハルトの父親である。
ファニルは確かな土地経営と領地でとれる名産品をうまく利用することで周辺地域の領主たちとは一線を画す存在だった。そんなファニルのことを周りの領主たちはよく思っていなかったのだが、国王がファニルのことを高く評価していたために、彼らがファニルの領地や領民に対して何かをするということはなかった。
領民もまた地域にあった確実な経営を行っているファニルを慕い、彼の家族にも好意的な印象を持っていた。けれども平和な時代は時に領民の危機管理能力を奪ってしまう。
長年に渡って名領主として知られてきたディーハルト家。だがその名声が一夜にして地の底に落ちてしまう出来事があったのだ。それが俗に『三月のディーハルト』呼ばれていると呼ばれている出来事だ。
七年前の三月、国王からも高く評価され、他の地域の領主から評判だったディーハルト家の領地に所属不明の精霊族の集団が突如として現れた。人族と交流を持ち、人族に対して好意的な態度をとっている精霊族に対して領主ファニル・ディーハルトはじめ、領民たちは快く迎え入れようとした。
けれどもその精霊族は歓迎を受け入れるどころか、最初に話しかけてきた領民を有無も言わせず一太刀で両断したのだ。それだけではない。その場にいた人族を次々と切り殺し、魔法で焼き尽くし、ディーハルト領を一瞬にして火の海に変えたのだ。
普段から戦いの「た」の字も知らない領民たちは突然の出来事に為す術なく、次々と精霊族によって蹂躙されてしまう。その老若男女問わない殺戮を食い止めようと領主ファニル・ディーハルトは精霊族の前に立ちはだかる。
そこで精霊族は領主ファニル・ディーハルト一家の首を、つまり妻と娘、さらには家の者の首を、ファニル自らの手で持ってくれば、その時点で殺戮をやめると宣言した。それも条件が領民全員に聞こえるように。
当然ながら領民は領主ファニルに決断を求めた。自分たちを救ってほしいと。
しかし、領民のために自らの家族を手に掛けられなかったファニルは目の前で領民が精霊族によって殺戮されていく様をただ眺めることしかできなかった。領民は自分たちを救ってくれなかった領主ファニル・ディーハルト恨みながら死んでいった。
結局この日、精霊族は領民の全員を殺戮した後に領主ファニル・ディーハルトとその妻の首をとり、ディーハルト領を滅ぼした。そして自分たちは慈悲を与えたが、領主ファニル・ディーハルトは何も決断することができずにすべてを滅ぼしたという知らせを周辺領主たちに流し、一週間もしないうちにファニル・ディーハルトは国中から殺されたにもかかわらず、非難される存在となった。
特に周辺貴族がファニルのことをより悪く吹聴したために、国中でファニルは悪名高い貴族となってしまったのだ。またファニルが領主を務めていた地域は他の貴族が引き継ぎ、ディーハルト家は事実上の壊滅状態に陥る。
ただ後になって分かったのだが、事件当夜ファニルの娘のラファミルは小旅行で他の地域にいたため『三月のディーハルト』に巻き込まれずに済んだのだ。けれどもディーハルトの名は一夜にして失墜したため、娘であるラファミル・ディーハルトは没落貴族の烙印を押されて姿を消した。
これが銀髪の少女ラファミルの持つ過去である。
しかし当の本人であるラファミルはそのことを特に気にしている様子はなく、周りから向けられる視線を完全に無視している。だからか彼女に話しかけようとする者は皆無だった。一人を除いては。
「ラファミル様、もう少し周りに好意的になってはいかがでしょうか?」
「無理に決まってるわ。先ほどのあの人たちの態度を見たでしょ」
自分につき従う黒髪の少年の意見に否定的な答えを返したラファミル。彼女の口調から察するに、どうやらラファミルは周りと馴れ合う気がないようだ。そのことを黒髪の少年が嘆息する。
「ラファミル様、今までもそうやって周りを拒絶する態度だから友人ができないのです」
「なら逆に問うけど、あの人たちと仲良くできると? 父様を侮辱する輩よ」
「確かに彼らの言動は許せません。侮辱どころか、直接危害を加えようとしたのですから。ですがこのままではラファミル様は枯れた人生を送ることになってしまいます」
「まるで自分が枯れた人生を送ったみたいな口調ね、レオルベン」
レオルベンと呼ばれた黒髪の少年が困った表情を浮かべた。
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